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14話 少女たちの成長と喪失2

 キーボードを叩いて画面の中の戦場を作り上げる――冷たい声の少女がいた。

 「戦略目標の破壊を確認。これでミッションクリアです」

 眼鏡越しの冷たい瞳がシミュレーターのリザルト画面を見つめる。

 ヘイは少女たちの中で知能が一番高く、兵の運用や指揮に長けている。

 そのため私は軍用の戦略シミュレーターで彼女の能力を試していた。

 「無駄のない指揮だな。ヘイには司令塔としての才能がある」

 「指揮は無駄な要素を排除して確実性をとるものです。それにカラーを使うときのような全身が沸騰する感覚もありません。指揮に必要なのは常に冷静であることだと考えます」

 彼女の指揮は冷静で無駄がない。

 普通に考えれば無駄がないことは利点である。

 しかし――ヘイの指揮は、あまりに冷徹で、無駄がなさすぎた。

 「確かに戦場で使えるリソースは無駄なく活用することが大事だ。しかし現実の戦場において、このリソースには兵士の生命が含まれていることを忘れてはいけない」

 ヘイの指揮には欠落しているものがあった。

 それは兵士の生存率である。

 彼女の指揮の元では兵士の帰還が考慮されておらず、こと戦略目標を目の前にしたときなどは自爆突攻すら平然と行われる始末だ。

 かつてこの日本という国家が世界大戦の折にカミカゼという単語を世界に知らしめたことは私も知っている。

 それでも犠牲の上に成り立つ勝利は長続きしない。

 「自軍の勝利のために多少の犠牲はやむを得ないと割り切っています。最低限の犠牲を許容した上で完璧な勝利を目指すことが重要と考えます。私の考えは間違っているのでしょうか……」

 ヘイは自分の考えを主張しながらも、私から少し視線を逸らして伏し目がちに返事を待っている。

 おそらく彼女は己の経験を伴わない知識から得た考えに自信がもてないのだ。

 彼女たちは肉体と精神ともに成長してきているが、未だ自分というものの核を確立できていない。

 彼女たちが自分という個――色を確立するまでは、私が導いてやることが必要だ。

 「いいかヘイ。戦いに完璧を求めすぎてはいけない。そして絶対に負けてはいけないという考えも改めなさい。お前は仲間の犠牲を減らし、命を繋ぐ戦いをするんだ」

 「それは、どういう意味でしょうか。いくら指揮官のお考えでも――すいません」

 一瞬だけヘイの瞳に鋭さが戻るが、指揮官の私には逆らえないために己の言葉を飲み込んだようだ。

 ヘイ、それでいいんだ。

 お前はもっと感情的になっていい。

 「確かに勝つことは大事だ。しかし戦いはこの先も続いていく。一つの戦いで全てが決着することは少ない。私が言いたいのは負けるにしても負け方があるということだ。明日の勝利のために敗北を許容することを覚えろ。そうすれば戦略の幅も広がるはずだ」

 「勝つために負ける……ですか。戦略的撤退、むむ」

 私の言葉を受けたヘイは額に手を当てて思案を始める。

 それでいい。よく考え、悩んで、思考を続けろ。

 別の考えを自分の中に取り込むには時間がかかる。

 特にそれが自分の考え方の対極にあるようなものならなおさらだ。

 だが、その経験はお前を強くする。

 その考えて考えて考え抜いた先にあるのが、ヘイという個が出した答えなのだから。

 「少し、考えてみます。指揮官の仰る――命を尊重する戦い方を身につけられるように」

 人は失敗する生き物だ。成功のためにはひたすら失敗を重ねるしかない。

 そして失敗を重ねる際に思考したこと、経験したことが人間を強くする。

 人間は欠陥を補うために学び、反省し、それを活かして戦うことができる生き物なのだ。

 それをヘイに学んでほしいと私は思った。

 それは――最後に命を捨てる私には出来ない選択だから。

 「ああ、命はなにより大事なものだ。特におまえたちには与えられた時間が少ない。だからせめて生きている間は、その命を大事にする生き方をしてほしいと思っている」

 「指揮官……」

 私がいつもより感傷的に多くを喋ったせいか、ヘイが目を丸くして驚いていた。

 命をゴミのように扱う実験に加担しながら、口からはスルスルと綺麗事が出てくる。

 でもそれは決して嘘でも偽りでもなく自分の中にあるものだと、お姉さんから与えられて自分の中に染み込んだ――慈愛なのだと私は信じていたかった。

 ヘイの司令塔としての才能を伸ばしていければ多くの命を救えると信じて。


 そして私は、『カラー係数評価』の最大評価がつけられたヘイの項目をそっと閉じた。




 訓練場で大きな盾を持って攻撃から身を守る――おどおどした声の少女がいた。

 「はわ、はわわわわ、わっ、わわっ、も、もうっ、私には、できな、いいっ」

 「どうしたミドリ、もっと踏ん張れ! おまえの我慢強さを活かせば盾でも戦える! 相手の隙をついて押し込み、攻撃のスペースを潰してやれ!」

 アストレアパレス内の訓練場には金属のぶつかる音が響いていた。

 私は小型化して短刀になったカラーブレードを振るい、ミドリを攻め立てていた。

 対するミドリは自分の体をすっぽり覆ってしまうほどの大盾を両手で持ち、私の斬撃を凌いでみせる。

 大人が体重を乗せて放つ一太刀を一歩も引かずに防いでいるのは見事だ。

 しかし実際の戦場において敵の攻撃が一度防いだ程度で止まるはずはない。

 私は実戦での盾の戦いを想定して動き、ミドリに対して執拗に斬り込んでいく。

 長らく防戦一方のミドリ、守るだけでは勝つことはできない。

 それが戦いというものだ。

 「うー。うぅ……うううっ」

 「どうした。それで威嚇したつもりか。もっと積極的になってみろ」

 ミドリは少女たちの中で一番精神的な負荷に対する耐性が高い。

 いま私がミドリに教えているのは盾格闘というものだが、どうにも引っ込み思案な性格が災いしてか、攻撃を防ぎはするものの自分から積極的に攻撃へ転じようとしない。

 守るための盾で攻撃するとはどういうことか。

 それは盾による突撃で相手の間合いを詰めてしまうというものだ。

 人間は可動域のある腕と足を持っているからこそ自在に動けるわけで、その可動域を封じてしまえば、人間はほとんど無力化されたに等しい状態となる。

 「盾で相手の動きを封じてしまえば我慢する必要もなくなる。仲間を守れるどころか相手を制圧できて、一石二鳥どころか三鳥くらいはあるぞ」

 「我慢しなくていい……みんなを守れる……うぅ……やって、やってみ、ます!」

 私の言葉にミドリはやる気を出し、盾を突き出しながら勢いよく突撃してきた。

 この突撃自体を回避するのは容易い。

 しかし私が回避のために移動した先でも大きな盾が執拗に張り付いてきていた。

これは攻める側からすればかなり厄介な動きになる。

 視界が盾で遮られて周りが見えず、腕の可動域が狭まることで全力の振りが放てない。

 「いいぞミドリ、その調子だ。それじゃあこれはどうやって防ぐ!」

 逃げることを放棄した私はカラーブレードを使ってミドリの盾を逆に押し込む。

 戦場において相手の力のほうが上という状況はいくらでも起こりうる。

 小さな体躯のミドリは、この状況を解決しなければ盾本来の役割すら果たせない。

 「みんな、守、る。守る! うー! うぅ……ううー!」

 「なっ」

 その時、ミドリの持つ盾から緑色の光が溢れた。

 これはミドリが生み出したカラーだと私は直感する。

 それはこの色がミドリの優しさを内包していたからだ。

 やがて盾から発せられた緑色の光は木々へと変化し、訓練室を埋め尽くす。

 ミドリの盾に圧力をかけていた私は、光に飲み込まれるようにして弾き飛ばされていた。

 「うぅ……う……う、ふぅ……。うぁ……う? え――ええっ!?」

 訓練場を樹海に作り変えたミドリ本人でさえ何が起こったのかと驚き、困惑している。

 どうやらこの木々は、ミドリが出したくて出したというわけではなさそうだ。

 それでも、これは……。

 「カラー、だな。ああ、これは、紛れもなく……カラーの、カラードの、力だっ!」

 少女たちは私とマンツーマンで訓練の日々を送ってきた。

 自らを鍛え、学び、着実に自分という個を確立してきた。

 そして今日。

 皆を守りたいという想いを強く意識したことで、ミドリはカラーを発現させた。

 この力は――この力の源泉は。

 「からぁー……? うぅ……あ、れ」

 がらん、と広い室内に金属の音が響いた。

 状況を整理しようとする私の前でミドリが盾を取り落としていた。そのままミドリは糸が切れたようにその体を傾ける。

 「ミドリっ」

 私は木々を斬り裂いて飛びつき、間一髪のところでミドリの小さな体を抱きとめる。

 「よくやったミドリ。お前の想いが、努力が実ったぞ。おまえはやったんだ」

 「う……?」

 とろんとした瞳のミドリは自分が何を行ったのか、いまだに気づいていない様子だった。

 彼女の顔には状況の整理をしようとする意思よりも、疲労の色が濃く出ている。

 力の加減を知らずにカラーを行使したことは、おそらく体への負荷も相当大きいはずだ。

 「よし。今日の訓練はここまでにしよう」

 「し、きかん。わたし……うまく、できた?」

 ミドリが微睡の中、ふにゃりとした声で問う。

 「ああ、よくやった。だからゆっくりお休み」

 「う、ん……」

 ミドリはすやすやと気持ちよさそうに寝息を立てて、私の腕の中で眠った。


 今日この日、少女たちを育成する過程で一つの成果が生まれた。

 私はこの手に掴んだ未来への希望に喜びと震えが止まらない。

 ミドリをカラードとして完成させることができれば、他の少女たちのカラーの発現、さらなる安定および強化も夢ではない。

 口元は自然と綻び、体は歓喜で震え続けている。

 端的に言えば、私は浮かれていた。

 自分の考えは正しかったと、自分の手で世界は変えられると、もう自分の無力さを疑う必要はないのだと。

 だから愚かな私は、世界の非情さに気づけない。

 この世界は残酷で、不幸を好む黒き神様が支配していることを。

 ――私は知らなかった。


 「くそっ。なんでこんな……こんな、こんなことが、うああああああああああああああ」


 叫ぶ。自分の不甲斐なさに。

 憤る。自分の未熟さに。

 抱きしめる。自分の部下だったものを。


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