13話 少女たちの成長と喪失1
訓練室で大剣を振るう――ゆったりとした声の少女がいた。
「ふっ、はっ、やあっ――せいっ」
アオイは少女たちの中で一番力が強く、大人と比べても遜色ない体格を有している。
その長身と体格のよさを活かして大剣を持たせること一ヶ月。
最初は持ち上げることすらできなかった大剣を、今では振り回せるようになっていた。
「とおっ――ああっ、いけない!」
私は突如飛来した凶器に対して、首を横にずらし紙一重で回避する。
「確かに振り回せてはいるが『自在に』、とまではいかないか」
私の首の横には、重い金属音を響かせた大剣がしっかりと壁に突き刺さっていた。
「ごめんなさい。指揮官様、お仕置きでしょうか……」
おっとりとした部分はアオイらしいというか非常に可愛い部分だし、振り回せるようになったことは引きずっていただけの頃に比べれば大きな前進だろう。
だが、これは戦うための訓練という手前修正していくことが必要となる。
この程度の熟練度では、お世辞にも実戦で通用するとは言えないからだ。
まだまだ習熟度と認識において改善点は多いが、まずは――
「アオイ、お仕置きはないよ。ここは君たちが育った施設ではないからね。そして大剣を振る際の話だが、体幹と筋肉を意識して振ってみなさい。重い武器を振るうときは、その重心がどこにあるのかを考えて、重さを移動させるように振るうといい」
私はかつての訓練校時代を思い出しながら、自分で掴んだ感覚を、教官に教えを請うた内容を、自分の言葉でアオイへとその心得を伝えていった。
本来は気づきを得るまで自由にやらせてやるのがベストなのだが……。
しかし実験の期日を控えていることもあり、悠長なことは言っていられなかった。
私は最短最速で彼女たちを仕上げなくてはならない。
「お仕置き……あ、はっ、はいっ――わかりましたっ。やってみます!」
お仕置きがないことに安堵するかと思ったが、アオイはなぜだか寂しいような口惜しいといったような表情を見せた。
思っていた反応と違うのは教育の難しさというべきか。
「あとアオイ、さっき大剣を投げたのは仮想敵を斬ることを躊躇したからだな。こっちに関してはお仕置きだ。敵を斬らなければ死ぬのは自分もしくは味方だ。わかったな?」
「はっはぃっ。お仕置きありがとう、うへっございましゅ!」
遺伝子改良と成長促進の薬の効果によって、その体は急激に大人に近づいたとしても、人間の心の成長には時間が必要だ。
私は教育の難しさに頭を抱えながら、アオイの指導を続けるのだった。
訓練室で多彩な武器を振るう――明るい声の少女がいた。
「あーまた負けたっ、もうちょっとだったのに〜くやしいー、くやしいくやしい!」
私と一対一の訓練で地面に倒れ伏したアカリが、何度目かの自己嫌悪モードに入る。
確かに私のカウンターを受けて投げ飛ばされたことは事実だが、彼女はうまく受け身をとれているので体へのダメージは少ないはずだ。
アカリの体は武器を覚え、上手く扱うために着実に成長している。
問題になっているのはその思考にある迷い――判断能力のほうだ。
「各種武器の扱いは上達してきているし、体も武器に合わせて成長している。それにしっかりと受け身もとれていた。あとは冷静な状況判断と連携だな。相手が互角以上、格上の場合は一瞬の取捨選択が命取りになる。これができなければ実戦には出せない」
負けず嫌いで努力家のアカリには銃火器の扱いと近接格闘を身に付けさせていた。
アカリは私が睨んだ通り武器の扱いを覚えるのが早かった。
彼女は勝利への執着心で努力を重ねて成長できる。
挙げられる課題としては、銃撃戦から近接格闘への切り替えのような戦闘の最中で最適解を選び取る能力が不足している点だ。
一瞬の判断の遅れは致命的な隙を生み、実際の戦場で隙を見せることは死ぬことに他ならない。
いくら武器が扱えて様々な局面に対応できるアカリでも、攻撃の切り替えに隙を見せているようでは半人前以下と評せざるを得ない。
戦場は一芸に秀でているだけで生き残れる場所ではないのだ。
それでも私は彼女の将来性に希望を見出していた。
それは彼女の評価すべき点――その精神にある。
アカリの精神の強さはカラーの起点となり、爆発的な力を生み出す可能性を秘めている。
「よーし、もう一回! 指揮官もう一回お願いっ――やらなきゃ! 私がやらなきゃ! 絶対にやってやるんだ! うおおおおおおおおおおお、燃えてきたあっ」
アカリにはこのハングリー精神がある。
彼女は強くなりたいという想いが少女たちの中で一際大きい。
この赤く強い想いを昇華できれば、アカリは課題を克服できるだろう。
ただしそのハングリー精神には少々脅迫観念じみたところがあるのも事実だ。
あまり自分を追い込みすぎて、自暴自棄的な考え方に到らなければいいのだが。
まぁその懸念点は私がサポートすることを前提に前向きな材料として捉えるとしよう。
「よし、いくぞアカリ! さっきの動き、もう一回だ!」
私はアカリを全力で支えると決めて、向かい合う。
「私は強くなる。この胸の燃える想いで、強くなってやる!!!」
熱く燃える想いを糧に少女は戦う。
最後にアカリが振るったナイフには、赤い炎が灯っていた。
森の中でスナイパーライフルを携えた――寄り添う声の少女がいた。
「――、――、――、――、――」
鬱蒼とした森の中を進む。
ゆっくりと、着実に、気配を殺して進む。
「――っ」
獣の声が響いた。
その声にキサラは姿勢を低くして、音の発生源を探る。
「――、――、――、――、――!」
周囲の音に集中していたキサラが右手を上げ、移動を開始した。
キサラの合図を確認した私も、キサラの後に続いて移動を開始する。
私はVRという電子の海に作られた山中をキサラに追従する形で進んでいた。
キサラは少女たちの中で一番五感が鋭い子だ。
そこで持たせる武器はスナイパーライフルに決めた。
私はまずキサラの感覚に経験を伴わせるため、訓練内容は山中での狩りを選択した。
アストレアパレス内の訓練場には射撃場が併設されているが、スナイパーに求められる狩人としての感覚を養うために、あえてVR技術を使用した山中で訓練を行うことにしたのだった。
キサラは気配を殺すのが上手い。
あとはそれをいかにして戦場でのアドバンテージに変換するのか。
それが狩りの課題であり、スナイパーに求められる技術なのだ。
キサラは目標の位置を割り出したところで停止して、狙撃の体勢に入った。
銃を構えてスコープを覗く。
風を読み、呼吸を止める。
「――、――、――、――、」
経過する時間が引き延ばされ、一瞬は永遠となった。
「――、――、――、――っ」
その時間を動かすのは、一発の弾丸。
「ぶるるっ」
キサラが狙いを定めて放った弾丸は目標に命中することなく、隣の木を掠めるだけだ。
音に驚いた獣はその体のバネを駆使して山を駆け、一瞬で視界から消え去ってしまう。
今の狙撃で傷を与えられなかったため、これ以上同じ目標を追跡するのは困難になった。
「キサラ、惜しかったぞ。もう少し狙いを絞る時間が作れればよかったな」
「ごめん指揮官……不出来な生徒で。頑張るから見捨てないで」
キサラは精神的に脆いという兵士として致命的な課題を抱えていた。
そして狙撃兵は孤独な兵科であり、精神力がもっとも必要な兵科でもある。
それでも私はキサラの課題を知った上で、あえて彼女に狙撃兵の訓練をさせていた。
それはキサラに才能があることを私自身が確信しているからだ。
この世には才能を持って生まれても、開花できずに終わる話が掃いて捨てるほどある。
だが、キサラは違った。
「やはり……あいつは天才かもしれんな」
私はライフルの弾丸が最終的に着弾した場所を見て瞠目する。
キサラの放った弾丸は別の木に当たって跳弾し、獲物がいた場所に着弾していたのだ。
彼女は最初からこれを計算した上で狙いをつけていた。
結果的に外したとはいえ、これが驚異的な計算の上に成り立つ精密な狙撃なのは間違いない。
キサラが精神的な弱点を克服したとき、最強の狙撃兵が誕生することを私は予感した。




