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11話 成長

 早朝のアストレアパレス。

 まだ家具が少なく殺風景な私の執務室内で、向かい合うように少女たちが整列していた。

 「指揮官に敬礼ッ」

 「「「「「ッ!」」」」」

 「よし、揃ったようだな。では敬礼を解き、休めの態勢で聞いてくれ」

 まず、各種データを収集した私が少女たちに対して行ったのは、少女を個体として区別することだった。

 これは天津が少女たちに施した教育から次の段階に進むために必要なことだ。

 天津が少女たちに施した教育の内容は、上官に対する命令への絶対服従および個体の平均化だと、渡された資料の中で言及されていた。

 確かに軍隊という組織において求められる人材とは、飛び抜けたエース級の逸材ではなく、配置された場所で的確に兵器を扱い、作戦が想定する動きを想定通りにこなすことのできる従順な兵士である。

 つまり育成過程で兵士の能力を尖らせるのではなく、安定して平均的な能力の兵士を育成するほうが、現代の戦争に求められる兵士像としては理にかなっているということだ。

 「私は君たちを個々に育成していくことを決めた」

 しかし今回、私に求められているのはカラーを扱う兵士――カラードの育成だ。

 おおよそ人間がカラーを扱う場合、その力の発現は個々のパーソナリティに依存する。

 カラードを育成するということを端的に例えるなら、超能力の兵士を育てる感覚に近いと私は思う。

 それはカラーが個人の意識や精神に強く依存するため、個々に面倒を見ていく必要が発生するからだ。

 「育成計画を練るためにまず、君たちに新たな名前を与える」

 私は少女を区別するために、まずは少女たちに名前を与えることにした。

 自分が名付け親になるということは少女たちへの感情移入に繋がるため、実験対象に行うのはあまり褒められた行為ではない。

 区別するだけならば六桁の英数字で間に合っている。

 だが私はたとえ彼女たちが天津に消費される存在だとしても、そこに意味と価値を見出したいと思った。

 私はかつてのお姉さんのように愛を与えることはできないだろう。

 だがせめて、彼女たちはここにいたのだと、証を残してやることはできる。

 それにこれは自分のためでもあった。

 あえて彼女たちに感情移入することで、少女を物のように扱う自分から逃避しようと考えたのだ。

 お姉さんを助けるために、命を大切にしなさいというお姉さんの教えに背くという二律背反。

 だからこれが罪なのだと理解した上で。

 「そして――私は君たちの人生を預からせてもらう」

 少女たちを一列に並ばせ、その全てを自分の中へと刻み込むように観察する。

 純粋な少女たちの瞳の中は、虚空をそのまま映したかのように何も映ってはいなかった。

 ならば、その虚空に色を宿すためにはどうすればいい。

 この腐った世界の中で自分という個――色を掴み取るためにはどうすればいい。

 だから私は新たな名前――自分という存在の根源を認識するためのきっかけを与える。


 「ヘイ・アルファ。アカリ・アルファ。キサラ・アルファ。ミドリ・アルファ。アオイ・アルファ。今日からこれが君たちの名前だ。君たちは訓練と調整の後に実験を受け、任務を果たすだろう。ようこそ、実験小隊フォビドゥンバレットへ。私が――君たちを導く」


 本格的なデータ収集に取りかかった私だが、結局根本的なところから自力でデータを集めなくてはならず、ここには分野の基礎研究を一人で行うのに等しい労力がかかった。

 この期間、私は研究に没頭し、少女たちには基礎訓練と勉強をさせていた。

 「早く、早く完成させなければ……」

 元々はカラーギアの動力(赤色のカラーによる燃焼作用でエネルギーの増加)、および兵装の効力上昇(鋼色のカラーによる装甲硬度の強化、黄色のカラーが発生させた電気を弾頭に付与して弾速の上昇)に使っていた技術を人間に転用するのは、軍上層部が口で言うほど簡単なことではない。

 「実験に耐えられるように……カラーの調整を、」

 私は常にカラーと人間、カラーと機械技術の問題と向き合った。

 何度も、何度も行き詰まった。

 その度に私は、少女たちが訓練と勉強に邁進する姿を見て気持ちを奮い立たせる。

 辛いのは少女たちのほうだ。

 そして――殺風景な執務室の机に置かれた女性の写真に目をやる。

 「諦めるな。私がやるんだ。やると決めたんだ」


 慌ただしい研究の日々は嵐のように過ぎ去って――気づけば半年が経過していた。


 だが費やした期間のおかげで、ついにカラーを人体に応用する方法を探り出し、個々人の育成マニュアルの雛形が完成した。

 実験までの期日は一年間。

 つまり下準備だけで半分の時間を消費したことになる。

 だが、成果を上げたのは私だけではない。


 この期間、少女たちは軍人としての肉体や精神を鍛え、見違えるように成長していた。

 ――以下、成長した少女たちの基礎データと課題をまとめる。


 ヘイ・アルファ――冷たい声の少女。ヨーロッパ系とアジア系のハーフ。少女たちの中で一番知能テストの点数が高い。細身の長身に白い陶磁のような肌、黒い瞳と髪、当初より視力が低かったため眼鏡を与えたが訓練後はより知性を伺わせる外見に成長した。知能が高いため武器を持たせるよりも指揮や作戦立案に向いているが、最低限拳銃は使えるようにしておくべきか。また作戦立案に関して命を軽視する傾向にある、この点の意識の改善が課題となる。カラーの素質は高いが強い素質ゆえに扱いは慎重にしなければならない。


 アカリ・アルファ――明るい声の少女。日系とヨーロッパ系のクォーター。少女たちの中で一番運動面の点数が高い。日本人に多く見られる黄色の肌、赤い瞳と髪、中肉中背で好戦的な性格。訓練の中で少し反抗的な部分が垣間見えるが陰で努力を重ねる努力家でもある。武器を扱うセンスに加えてカラーの才能もある。それを活かすために戦闘の取捨選択をさせつつカラーを習得させる。反抗的な部分を上手く薪にできるかが課題となる。


 キサラ・アルファ――寄り添う声の少女。日系。少女たちの中で一番五感の感度が高い。アカリと同じ黄色の肌、黄色の瞳と髪、食事や運動量は皆と変わらないが全体的に肉付きが悪く、虚弱体質の傾向にある。この少女の特筆すべき点は視力、聴力に優れていることにあるため、彼女にはライフルを持たせ、スナイパーとしての育成を試みる。虚弱体質は食事と投薬で制御するが、精神的に脆く依存性が高い部分の改善が課題となる。


 ミドリ・アルファ――おどおどした声の少女。ヨーロッパ系。少女たちの中で一番精神負荷への耐久が高い。雪のような白い肌、緑の瞳と髪、童話の中からそのまま抜け出してきたようなメルヘンチックな印象を受ける。少女たちの中では一番体が小さいが、とても我慢強く、筋肉、骨格、精神と小さな体躯に必要なものが詰め込まれている。耐えることが得意な少女には大盾を持たせて盾格闘を学ばせる。自信をつけさせることが課題となる。


 アオイ・アルファ――ゆったりとした声の少女。中南米系。少女たちの中で一番発育がよく、身長が高い。褐色の肌、青い瞳と長い黒髪、その佇まいはどこか気品を感じさせる。その体格の良さを活かすため、大剣のように大きな武器を持たせる。性格はおっとりしているが、気を緩めているわけではない。しかし自分を強く主張することに抵抗があるようなので、大きな武器を活かすためにも攻めの姿勢を強く意識させることが課題となる。



 私はこの半年間の検査データと訓練の成績等から得られた情報を、完成した訓練マニュアルと照らし合わせることで、彼女たち専用のカリキュラムを組み上げることに成功する。

 そしてこれから実験当日までの半年間、私は少女たちの個性を完成させるために、このアストレアパレスで共同生活を行いながら、付きっきりでサポートを行う。

 ここで少女たちが個性を獲得することに成功して、CEM幼体を支配できるほどのカラーをコントロールできるようになれば、あの過酷な実験にも耐えられると私は考える。


 だから今日、これからは――少女たちと本気で向き合う時間だ。


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