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10話 木漏れ日の歪み

 滅びの始まりは宇宙からやってきた。

 地球に巨大隕石が落下して、人間の支配する時代は終わりを告げる。

 巨大隕石の落下による衝撃は、地球に大破壊をもたらした。

 その影響は、かつて恐竜を滅亡に追い込んだとされるチクシュルーブ隕石と同じく、落下による破壊のみに留まらなかった。

 それは単に、巻き上げられた土砂によって太陽光が遮られ、地上に光が届かなくなっただけではない――新たな災害、人類に敵対的な生物――CEMとの戦争の始まりだった。

 人類は愚かだった。ゆえに協調よりも自国の利益を優先してしまった。

 人類は弱かった。ゆえに生物としての格の違いをCEMに見せつけられる。

 人類は甘かった。ゆえに自分たちが築いた世界が勝つはずだと過信していた。

 そんな人類が積み上げた結果の総括――巨大隕石の落下から10年が経過した世界では、未だCEMとの戦いは終わっておらず、人類は建造されたコロニーやシェルターを守るため、いや――人類という種の存亡をかけた戦いという名の延命を――続けているのだ。


 「ふぅ……これが歴史書、実物の本か。紙の本なんて誰も読まないのかな。げほっ」

 読み終わった分厚い本を閉じると、ぱたんという音を鳴らして埃を吐き出す。

 書庫の奥から引っ張り出してきた本は誰にも読まれず埃が積もっていた。歴史を語る本はそれを不満に思い、溜まった汚れを世界に吐き出したのだ。

 その汚れは人類の醜い歴史そのものだと、私は子供ながらの純粋さで感じていた。

 この本が書かれたのは隕石の落下から10年の時間が経過した年のことだが、現在に照らし合わせれば、すでに100年弱の年月が経過していることになる。

 この歴史書の内容が事実だとしたら、本当に人類は滅亡してしまうのだろうか。

 そんなのはいやだ。


 僕はお姉さんとずっといたい、失いたくない。

 僕はお姉さんを失うことが怖い、それを考えるだけで胸が痛くなる。

 僕はお姉さんの魅力に浸っていたい、それはこの先も、ずっと。


 だったら――――――どうする?


 私はこの頃、どうすれば人類が勝利できるのかを子供なりに真剣に考えていた。

 現状、人類は完全に敗北したわけではない。

 いまもどこかの戦場では、人類が武器を手にCEMと戦っているはずだ。

 つまり人類にはCEMに抵抗する手段が存在するのだ。


 だったら僕は――――――お姉さんを守るために、戦う軍人になる。


 お姉さんを守るため、お姉さんの生きる世界を守るため、強い軍人になるんだ。

 だから今やれることを、まずは体を鍛えて技術を身につけ、同時に学問を学ぼう。

 人類はCEMから確実に追い詰められている――時間は多く残されてはいない。

 私は子供ながらに世界を憂いて、そのようなことを考えていた。

 だから他の子供たちのように無邪気に遊ぶことなどできなかった。久しぶりに与えられたおやつに目を輝かせることもなければ、夜に暗闇を恐れて夢の中に逃避することもない。

 そればかりか、僕はみんなのあまりに楽観的すぎる振る舞いに憤りすら覚えていた。

 でもそのことをわざわざ言葉にして伝え、指摘しようとは思わない。

 未成熟な子供の小さなコミュニティの中でさえ、いや――だからこそ、場の雰囲気にそぐわない意見は理解されないと知っていたからだ。

 それはもう経験したから、知っている。

 そもそも子供らしさから逸脱しているのは自分の方だと――僕は気づいていた。

 無駄なことは省略して、次に進もう。

 僕――私には、人類には時間がない。

 私は雫お姉さんのことが好きだ。

 それは他の子供たちと変わらない。

 でも、私からお姉さんに向けられる感情は歪んでいた。

 なぜなら雫お姉さんだけが私を理解してくれた、信じてくれて、馬鹿にしなかった。

 神が救いの手を差し伸べない世界で、私に救いを与えてくれたのはお姉さんだけだった。

 ゆえに、神への敬愛に等しい私の愛は大きく歪に膨らんでいった。

 雫お姉さんに相応しい男になるのだと意気込んで、日々研鑽を重ねる。

 みんなよりも早く起きて身体を鍛え、みんなと遊ばずに本を読み、みんなよりも勉強して遅く寝た。

 お姉さん、お姉さん、お姉さん、お姉さん、お姉さん、お姉さん、お姉さん。


 しかしそのような私の努力も虚しく、雫お姉さんの与える愛は昔と変わらず平等だった。

 それはただ、彼女にとっての私が特別ではなかったというだけの話。

 だがその事実は、私をひどく痛めつけた。

 悔しくて、悲しかった。憤り、苦しんだ。

 なぜ、私だけに愛を注いでくれないのか。

 私はあなたの役にたつのに、あなたの特別になりたくてこれだけがんばっているのに。

 あなたのためならば、なんだってできるのに――――――。

 そこで私は天啓を得たというように、気づいた。

 そうか――まだだ。

 まだ、足りないのだ。

 お姉さんに振り向いてもらうには努力が足りない。

 いや、努力なんてものはただの自己満足に過ぎないものだ。

 なにか客観的に理解できる形で、私がお姉さんに相応しい存在だと証明しなくては。

 私は旧時代の分厚い本を抱えて、弾かれるように書庫から飛び出した。

 その瞳は決意に溢れ、目標に向かって邁進する歪んだ輝きを秘めていた。



 朝。懐かしい夢を見た。

 あれほど昔の夢を見るのは久しぶりだ。

 それは昨日、自分の身に起きた体験が原因なのは間違いない。

 そしてあの頃の自分は、ちょうど目の前の医療ポッドの中で眠る少女たちくらいの年齢だった。

 あの時、孤児の私は愛に飢えていた。

 そしてそれを与えてくれる存在がいた。

 では――実験体の彼女たちは、何を求めるだろう。

 「いや、考えても仕方ない。まずは早急にやるべきことを終わらせよう」

 医療ポッド内のデータを収集する準備が整った。

 ここで私は今一度、定められた目標を確認する。

 私が軍上層部に課せられたのは、少女たちをアイリス研究所で行われていた実験に耐えられる状態まで改良改善することだ。

 実験に耐える状態というのは、私の目の前で失敗に終わった実験を成功させるということであり、少女をCEM幼体に適合――合体させるということだ。

 レオから共有されたデータによると、これにはまずCEM幼体に対して肉体の拒絶反応を抑えることが大きな課題となっているらしい。

 「CEM幼体は宿主の細胞を自分の細胞に同化させ取り込む特性がある……か」

 この特性に対して問題となるのが生物に備えられた免疫という機能だろう。

 これは体内に侵入した異物を攻撃して排除しようとする人体の機能で、人間に生来より備えられたシステムのことだ。

 つまり体内に侵入したCEM幼体が異物として免疫反応の対象になることはもちろん、同化された細胞にも免疫反応が出てしまうことになる。

 「ここまでならば、がん細胞への対処と同じく免疫機能を低下させればいいという話になるが、それではCEM幼体に体を完全に乗っ取られて暴走するという結果を招く……か。パッと思いつくような手段はすでに検証済みというわけだ」

 よって実験の成功に必要なのは、侵入してきたCEM幼体を同化される細胞ごと自分の体の一部として母体に認識させ、完全に支配してコントロールすること。

 「私に求められているのはカラーギアに用いたカラーを応用する方法だ。よし、まずは少女たちのカラーを確認していこう」


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