関節痛と木下
昼間は平気な顔をして働き、夜になるとやっと息をつける。。
そんな経験は誰にでもあるのではないだろうか。
この物語は、体の弱さを抱えながらも、日々を静かに乗り越える一人の男の小さな楽しみについての記録である。
木下は、生まれつき体が弱かった。医者に通うほどの病気を抱えているわけではない。だが、ときおり関節の奥に重い痛みが走り、鉛を流し込まれたように膝や肘が動かなくなることがある。会社では誰にも話していない。言ったところで気遣われるか、あるいは弱い人間だと陰で囁かれるだけだと思うと、口をつぐむしかなかった。
昼間、デスクに座る木下の顔はいつも無表情だ。痛みをやり過ごすために感情を抑える癖がつき、同僚には「落ち着いている人」と見られている。だが本人の胸の奥では、張りつめた糸のようにストレスが積み重なっていた。
そんな木下の一日の終わりには、ひとつの小さな楽しみがある。家族が寝静まった後、台所の明かりを最小にして、冷蔵庫をそっと開けるのだ。甘い煎餅を数枚、あるいは漬物を小皿に取り出す。誰に見せるわけでもない夜食。だが、その瞬間だけは世界が自分のために止まっているように思える。
一口ごとに味を確かめながら、ゆっくり噛む。煎餅のほのかな甘さや漬物の塩気が、張りつめていた心をほぐしていく。時計の針の音と、自分の咀嚼音だけが台所に響く。その静けさが、昼間には得られない安らぎを運んでくれるのだった。
明日もまた痛みは来るだろう。仕事も変わらないだろう。だが、木下は知っている。夜になれば、この小さな自由が自分を待っていることを。ほんの束の間であっても、そのひとときがある限り、自分は明日に向かって歩き出せる。