犬を拾えば王子も落ちる!
イナイバー国の王位継承は産まれの早さや性別ではなく、実力と実績によって決まります。
現在、武力に秀でたドーベル王子と、知力に秀でたコリー王女が、正々堂々、継承レースの真っ最中。
私の実家エンタール子爵家は、代々軍人を輩出している家系ということもありドーベル王子の派閥です。
と言ってもウチの家格はあまり高くないので、直接王子にお会いできる機会も、彼が王位継承できた時の旨みも少ないんですけどね。
そんなドーベル王子についてですが、最近良いニュースと悪いニュースがありました。
まず良いニュース。
先日十字軍として遠征した王子、なんと大悪魔ハゴンを討伐したそうです。これは、即王位継承が決まる程の偉業でした。
続いて悪いニュース。
そのドーベル王子が行方不明になりました。
部下達が悪魔の配下を抑えている間に、王子が大悪魔と一騎打ち。
後に大悪魔ハゴンの死体は見つかったものの、ドーベル王子の姿は見つからなかったそうです。
「もう二月も消息不明……ドーベル王子、ご無事だといいんですが。ねえベル」
「ワン!」
王子の身を案じながら話しかけます。
腕の中で元気よく返事をした白い毛玉の名前はベル。
先日、朝のジョギング中に道端で弱っていた所をみつけて保護した小型犬です。野良かはたまた捨てられのたか、汚れて怪我もしていて、なんだかほっておけなかったんですよね。
でも、トイレも芸もすぐに覚えたとっても賢い子なんですよ。メイド長からも全幅の信頼を得て、今は首輪だけつけた状態で放し飼いになっています。
まあ、水は怖いのかお風呂をすっごく嫌がって、私が洗ってあげる間はずっと目を瞑っていたりするんですがそんな所も可愛い。
モコモコした小型犬なのに、眉毛だけドーベル様みたいにキリッとしているところもチャーミング。
「リリィ、大切な話がある」
「どうなさいましたかお父様」
「ドーベル王子についてと、我が家の今後の身の振り方についてだ」
お父様の話によると、ドーベル王子の捜索はこのまま続けるものの、半年見つからなければ死亡扱いとなることが本日王宮にて決まったそうです。
それで、早めにドーベル王子の生存可能性を見限ってコリー王女派閥に乗り換える貴族も多く出てくるだろう事と、私はどうしたいか意見を聞きたいという話でした。
「そんなの、ドーベル王子派閥のままが良いに決まっているじゃないですか!」
「いいのか、いっちゃあなんだがドーベル王子が戻ってくる可能性は低く、コリー王女が継承した場合ウチの立場は悪くなるぞ。」
「はい、でも命を賭して武功を立てたドーベル様を裏切るようなことを私は絶対にしたくありません」
「よく言った。流石は我がエンタール家の娘だ!貴族の立ち回りとしては不正解かも知れないが、私も同じ意見だよ。」
話しながら腕の中のベルをちらり見ると、空気を読んだのか彼もきりりと真剣そうな顔。
でも、しっぽはブンブン振られていてそのギャップも可愛らしいですね。
ねえベル、さっきお父様にはああ言いましたが、私、ドーベル様はきっと、元気に生きて戻って来るんだろうなぁって思っているんですよ。
何故かって?
女の勘です。根拠はありません。
◇
しかし、ドーベル様は見つからないまま。
もう5ヶ月が過ぎようとしています。
女の勘、外れちゃいましたかねぇ。
最近ストレスで睡眠不足気味だったので、今日はベッドの上でベルを抱きつつ話かけます。
拾ってきた来た頃は人間不信もあったのか、抱かれたり撫でられたりを嫌がっていたベルですが今はもうされるがまま。彼をモフモフするのは私の精神衛生上とても良いです。
「皆様、お家のためという気持ちは分かりますがなんだか寂しいですね」
「クゥーン」
ドーベル王子陣営だったお家は、我が家以外全部コリー王女側に寝返ってしまいました。
合理的な判断だとは思うのですが、今まで一緒に「ドーベル様を支えます」って言っていた人たちが「やっぱりコリー様こそ王に相応しい」って言うのを聞くのは、なかなか辛いものですね。
「それに今では『エンタールは現実が見えず損切りが出来なかったんだ』『欲張って逆張りして愚かだ』なんて陰口も言われてるらしいんですよ……」
「ヴー」
「はあ……そんなんじゃないんですけどねぇ。一度決めた主君なら、窮地の時ほど信じて支えるべきだと思うんですよ」
「ワンワン」
「おお、わかってくれますか。」
ありがとうございます。
たまにこの子、人間の言葉がわかっているんじゃないって思う事があります。賢い子です。
そのまましばらくベルをモフっていると、ストレスが解消されてきたからか、眠気がきました。今日はもう、ベルを抱いたまま眠ってしまいましょう。
「流石ベルですね……大好き……ちゅ」
「ワオン?!」
「ねぇベル、貴方はうんと長生きして……ずっと……そばに、いて下さい、ね」
そんなやりとりをしたのに、翌朝目覚めるとベルは部屋にいませんでした。そしてそのまま行方不明。
すぐにでも町を探そうと思ったのですが、お父様から止められてしまいました。なんでも間の悪い事に、昨夜、全裸の変態が出たそうです。
ああ、どこに行ったのベル。
外出した先で事故にでも遭ったのでしょうか。無事だといいんですが……名前入りの首輪はあるので、誰か見つけてくれる事を祈ります。
その後七日程は踏んだり蹴ったりの毎日を過ごしていたんですが、八日目に流れが変わりました。
まず、ドーベル様が戻ってきたとの通達があったのです!
詳細は伏せられていますが、王都からの発表によると、悪魔の最後の力によって呪われ、また遠くにも飛ばされていた結果、解呪と帰還に時間がかかったとのこと。
捜索打ち切りの期限ギリギリでしたが、そこで戻って来られるあたりにドーベル様の天運を感じます。
そしてベルも発見されました。
といいますか、何とベル、国の近くで力尽きそうになっていたドーベル様をみつけて助けを呼んだ勲功者だそうです。
何故そんな事が出来たのかというと、元々ベルはドーベル様の飼い犬で、匂いを覚えていたみたい。
彼は捨て犬だった訳ではなく、主人を探して館を逃げ出していたんですね。大層な忠義、なんと素晴らしい。
「飼い主に似て立派ですねぇ。しかし、こんなに可愛い犬の飼い主がドーベル様だったとは……」
「……恥ずかしいから秘密にしてくれると助かる」
いえいえそんな!
むしろギャップに萌えます。
そしてそして、私は今、なんとドーベル様のお部屋で彼とお話しています。何故かと言うと、婚約者に選ばれるというウルトラCがあったから!
我が家の家格、王妃になるには少々足りていない気がするんですが、ドーベル様不在の間、ずっと支持すると公言し続けていたのが我が家だけだったことが随分と王族の琴線に触れた様です。
「それにしても、この子最近ちょっと顔が変わりましたか?」
「ワン?」
「そ、そうだろうか……?」
今はドーベル様の屋敷に戻ったベル。
いや、本当は違う名前なんですが私の中ではもうベルで固定されてしまっています。
姿形はウチにいた頃とそっくりですが、なんだか前よりも眉毛の凛々しさが足りないような……まあ、きりりとした眉のドーベル様がいるから比較でそう見えるだけですかね?
「ところで、勝手に伴侶に選んでしまった上でこんな事言うのは卑怯かもしれないが、俺との結婚は本当に嫌ではないか?」
「ねえドーベルさま。今だから言いますが、実は私、ずっと昔から個人的にもドーベル様をお慕いしていたんですよ。家格の差もあるし、叶わぬ片思いだと思っていたんですけどね」
「わおん?!」
いやいや、ドーベル様は朴念仁でお気づきになられていなかったようですが、私以外にも、清廉された王族の立ち振る舞いと勇猛さの二面生に参ってしまう令嬢は多かったんですよ?
それにしても何ですか、今のワンちゃんみたいなリアクションは。
こんな一面も見れる婚約者の特権、誰にも譲りたくないですよ。
驚いた様子のドーベル様を見て、うっかり、ちょっとだけ「ベルみたいで可愛い」なんて思ってしまう私なのでした。