表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/5

当選金、受け取ります

 夜の街を歩きながら、頭の中はぐちゃぐちゃだった。


 風峰さん…改め涼さんと連絡先を交換し、互いのことを少し話してから、特に何をするわけでもなくお店を後にした。


 けど、初めて見たあの無防備な笑顔が、頭から離れない。


 そうして、深夜、母さんを起こさないよう、こっそりアパートに帰り着き、ベッドにダイブする。


 時刻は深夜1時を回っていた。

スマホが震え、画面を見ると涼からのメッセージだった。


『仮病使って早退した〜。しばらくはお店休むけど、あんまり休むと何されるか分からないから、申し訳ないけどお金を早めにいただけると助かります』


 急いで返信を打つ。


『早めに準備します』


 ここだけ見るとどうみてもこれから夫婦になる人の会話というより、パパ活とかそっちが連想されるよな…。


 そして、送信ボタンを押した瞬間、胸が締め付けられた。


 …20億が当たったこと…そして、涼さんと結婚する。


 いまだに実感が湧かないまま、ベッドに顔を埋める。


 そして、スマホを放り投げ、天井のシミを見つめる。


「俺…マジで涼さんと結婚するんだよな」


 少し前に流行った「0日婚」みたいなものか。

そもそも彼女がいたこともない俺が結婚生活なんてうまくいくのか?


 童貞の自分に、あんな美人で経験豊富な涼さんとやっていける自信は正直ない。

ぎこちないレディーファーストと、ぎこちない挙動を笑われるかもしれないな。


 まぁ、それでも…そばに居てくれたらそれでいいかな。

もちろん、他の誰かを好きになってしまったと言われたら、その時はちゃんと送り出そう。


 そんなことを考えながら残りのお金の使い道を考える。

ひとまず、母さんにはパートを辞めてもらって…やりたいことやってもらおう。

あとは奨学金を借りるのを辞めて…それから…。



 ◇


「起きなさいよー!」


 母の声で目が覚めた。

目を擦りながら、寝ぼけた頭で母の顔を見る。


 そして、頭を掻きながら、いつも通り小さなテーブルで菓子パンを頬張る。


 その後、パートに出かける母を見送った。


「行ってきまーす!」

「はーい」


 ドアが閉まる音を聞きながら、スマホを手に取る。


 本当は全て夢だったのではないか?と思ったが、涼さんからのメッセージが、昨夜の出来事が夢じゃなかったことを教えてくれた。


 一安心すると同時に、焦りが湧いてくる。


「…マジで夢じゃなかったのか。てか、早くお金貰わないと。てか、母さんに言うの忘れてた」


 ロト7の当選金、20億円を受け取る手続きを急がねばならない。


 ネットで調べると、大きな当たりは直接銀行で手続きが必要らしい。


 さっそく、当選金を受け取れる近くの銀行の支店に連絡を入れる。


「あの…すみません」


 ◇


 朝イチで銀行の支店に向かった。ネットで調べた情報によると、ロト7の当選金、特に1等のような高額当選は、抽選日から12か月以内に銀行で受け取る必要があるとか。


 緊張の面持ちで銀行に到着し、窓口で「高額当選の受け取りたい」と伝えると、奥の個室に案内された。


 受付の女性は落ち着いた口調で手続きを説明してくれた。


「当選券と身分証明書、印鑑をご用意ください。1億円を超える金額の場合、振込手続きに2営業日ほどかかります。また、税務に関するご案内もさせていただきます」


 身分証明書として運転免許証を提示し、少し震えた手で当選券を手渡す。


 係員が券を慎重に確認し、機械でスキャンする。


「向井様、1等当選、20億円で間違いございません。振込先の口座情報をこちらでご記入ください」


 渡された書類に、自分の銀行口座を記入する。


 ネットの書き込みによると、高額当選者は一時的に口座を分けるか、プライベートバンキングを利用する人もいるらしいが、貧乏学生の自分にはそんな知識はなかったので、受付のお姉さんの言う通りに新しい銀行口座を作り、そこにお金を入れることにした。


「日本では宝くじの当選金は非課税です。ただし、贈与する場合は110万円以上の金額に贈与税がかかりますので、ご注意ください」


 そうか…。そりゃタダで渡せるわけないよな。


 涼さん1億円を渡すことを考えると、贈与税の話は頭に入れておかなければならない。


「あの…1億円渡した場合…贈与税はいくらくらいですか?」

「渡す方の所得によって変動はございますが、大体5000万円ほどは納める必要がございます。なので、もし渡す場合には確定申告の時などに半分ほどを納める必要がある旨をあらかじめお伝えいただいた方がよろしいかと」


 …半分は税金で持って行かれるのか…。

まぁでも…借金は3500万とか言ってたし、1億あれば…なんとかなるか。


 だが、今はそれよりも、彼女を一刻も早くあの環境から解放したいという思いが強かった。


  手続きが終わり、銀行員から「2営業日後に口座に入金されます」と告げられた。


 思ったよりスムーズで、拍子抜けするほどだった。


 ネットの体験談では、銀行員が丁寧すぎて緊張したとか、当選金を安全に管理するためのアドバイスを受けたという話もあった通りだった。


 そして、高額当選した人が受け取ると言う、「その日から読む本」というのを渡された。


 それから2日後の朝、スマホで口座を確認すると、確かに20億円が振り込まれていた。


 数字の桁が多すぎて、現実感がまるでない。俺は急いですぐに銀行に行き、1億円を現金で引き出す手続きを依頼した。


「1億円の現金引き出しは、事前準備が必要です。現金をアタッシュケースでお渡ししますか?」


 銀行員の提案に頷き、指定された時間に再び支店を訪れる。


 そこで分厚いアタッシュケースを受け取り、ずっしりとした重さに緊張が高まる。


 ネットでは「高額現金の持ち運びは危険だから銀行振込が安全」との声もあったが、振り込みだと限度額もあるし、手渡しの方が色々と手っ取り早い気がした。


 そして、タクシーに乗り、涼さんのアパートへ向かう。


 窓の外を流れる街並みを見ながら、胸が高鳴る。

これで彼女を自由にできる。

この1億円が、彼女の人生を変えられるんだ。

そう思うと嬉しくて仕方なかった。


 涼さんのアパートに着くと、彼女はTシャツにスウェットというラフな姿で迎えてくれた。


「…時間ぴったり。ほんと律儀だね、千太くん。あっ、こんな格好でごめんね。結婚する以上、リアルを知って欲しいからさ」

【挿絵】

https://kakuyomu.jp/users/tanakamatao01/news/16818792436828319725


「いや…うん。可愛いと思う…//」

「顔真っ赤。変わり者だこと。とりあえず、どうぞ。ボロい家だけど」

「…うちと同じくらいだよ」


 涼さんの声は柔らかく、どこか疲れたような響きがあった。


 そして、アタッシュケースをテーブルに置き、開けると、彼女の目が一瞬だけ大きく見開かれた。


「1億、持ってきた」


 短く言うと、涼は小さく息を吐き、テーブルに手を置いた。


「…本当に1億持ってきたんだ。ってか、実際には3500万だからさ。借金の残り。残りは返すよ」


 彼女の言葉に、首を振る。


「いや、1億。約束したから。全部、受け取ってほしい。それに…色々聞いたら1億あげたら半分くらいは贈与税?黙って行かれるらしいしさ」


 涼さんは眉をひそめ、じっとこちらを見つめた。


「…本当馬鹿なの? 3500万で借金は終わる。それで十分。あたし、余分なお金なんかいらないって。何?貢ぎたいの?」

「うん、貢ぎたい。借金を返すだけじゃなくてさ…自分のために使って欲しいんだ。我慢してきたこととかあるでしょ?少なくても俺はある。だから…」

「本当にお人好しだね。私が嘘ついていたらどうするのさ」

「嘘でもいいんだ。それに…嘘ついてる人は残りを返そうとなんてしないよ」


 そういうと、涼さんはしばらく黙り、テーブルの1億円を見つめた。

やがて、彼女は小さく笑った。


「…ほんと、千太くんって、馬鹿でまっすぐだよね」と、その声には、初めて聞くような温かさが混じっていた。


 彼女はアタッシュケースに手を伸ばし、そっと触れた。


「分かった。…受け取るよ。ありがと、千太くん」


 彼女の瞳に、微かな光が宿った気がした。


「でさ、婚姻届、どうする?お金をもらった以上、今日にでも結婚したいんだけど。ケジメとして」と、少し冗談めかした口調ながらも、棚から1枚の紙を取り出して俺に渡す。


 そこには既に彼女に関する情報が全て記入されていた。


「証人はごめん…用意できなかったから、申し訳ないけど千太くんの知り合いにお願いしたい。無理ならこっちでどうにかする」

「…1人は母さんに頼むけど…2人必要なんだもんね。…あっ、そうだ…友達がもう成人してるから…お願いすれば書いてくれるかも」

「…そう。私たちの結婚に賛成してくれるかな」

「…それは…説得する。とりあえず、母さんにも会わせないとだよな」

「とりあえず、書けるところまで書いて」


 そうして、俺は婚姻届に名前を書く。

まさか…こんなことになるなんて…。


「…向井涼…か。慣れるまで少し時間がかかりそう」


 そう言った彼女はどこか楽しそうだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ