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ゼミ仲間のNo.1風俗嬢を1億で買った日

 冷たい秋風がキャンパスを吹き抜ける夕方。向井千太は、いつものように中央大学の講義室で、ノートに数式を書き殴っていた。


 経済学部3年の彼は、統計学のゼミに所属している。


 今回のテーマは「ビッグデータの社会経済的影響」。


 教授が熱弁する中、千太の視線は自然と隣の席に座る風峰涼かざみねりょうへと流れていた。


 風峰さんは長い黒髪を耳にかけ、無表情で教科書に目を落としている。


 彼女の整った顔立ちと、モデル並みのスタイルは、ゼミの誰が見ても目を引くものだった。

本来であれば、彼女の周りには男女共に集まるのが世の常。


 しかし、彼女を囲む空気はどこかよそよそしく、誰も近づこうとしない。


 そんな雰囲気に千太の胸が、ちくりと痛んだ。

風峰さんの噂は、1年の頃のゼミが始まって間もない頃に耳に入っていた。


「風峰さんは夜の仕事をやってるらしい。それもお店でNo.1だとか」


 そんな噂が広まり、彼女はゼミの仲間から距離を置かれていた。


 実際それは事実らしく、その店を特定して、彼女を指名する奴もいたりした。


 けど、千太は何となくわかっていた。

何らかの事情があってそういうことをしているのだろうと。

ただ、お金が欲しいとかそういうことではない。

だから、それを「セックス大好き女」とか、「守銭奴」とか揶揄ったりする人たちが嫌いだった。


 千太自身、人見知りな性格で、彼女に話しかける勇気はほとんどなかった。

一度だけ、勇気を振り絞って、彼女と2人きりの時に話しかけるも、そもそも女子と何を話していいかとわからず、結局盛り上がることもなく終わってしまった。


 千太の過去も、決して華やかなものではない。


 地方の小さな町で生まれ、父は早くに亡くなり、母はパートで家計を支えていた。


 大学進学の資金は奨学金とバイトで賄い、いつも金欠だった。


 それでも、周りの友達には恵まれていた。

優しく、どこか頼りない性格が、逆に周囲を惹きつけていたのかもしれない。


「向井、今日のゼミ終わったら、いつもの店で飲もうぜ!」


 隣の席の佐藤健太の声が講義室に響く。

健太は経済学部の同級生で、陽気で騒がしい性格の持ち主だ。


「いや、マジで金ないって。飲みはきつい。お昼のラーメンくらいなら付き合うよ。奢ってくれるなら」


 千太は苦笑しながら振り返った。


「えー、奢りかー。 あっ、そういや、この前ノリで買ったロト7、結果出たらしいぞ。チェックした?」


 健太はスマホをいじりながら言う。

すると、同じゼミの山本彩花が会話に割り込んできた。


「ロト7? あんたたち、またそんなのに無駄金使ったの? 貧乏学生の分際でさ〜」


 彩花はサバサバした性格で、気軽に話せる仲だった。


「無駄じゃないって! 夢を買ったんだよ、夢!」と、健太が目をキラキラさせながら言う。


 千太は肩をすくめ、スマホを取り出した。「あれ今日当選だったのか。まあ、どうせ外れてるだろ」


 画面に映る当選番号を、半信半疑で確認する。すると――。


「…」


 番号が、一つ、また一つと一致していく。

千太の心臓が早鐘を打つ。


 隣では「あー!めっちゃ惜しい!」とか叫んでボケている健太の声が耳には届くが脳にまで届かない。


 結果、全ての数字が一致しており、1等に当選していたのである。

しかも通常の6億だけでなく、14億のキャリーオーバー込みで20億当たっていた。


 健太がスマホをのぞき込んでくる。


 思わず、さっと携帯を隠す。


「とーだったー?」

「あ、当たるわけないだろ?」

「ま、そうだよなー!」


 心臓のバクバクが止まらない。

まじか…当たったちゃったよ…。


 見えないところで手が震え、スマホを落としそうになった。


 20億。

奨学金も、母の苦労も、全部解決できる金額。だが、頭に浮かんだのは、風峰さんの顔だった。



 ◇


 その夜、千太はボロアパートのベッドに寝転がり、天井のシミを見つめていた。


 20億という金額は、貧乏学生の彼には現実味がなかった。

だが、胸の奥で燻っていた思いが、熱を帯び始めていた。


 風峰涼。


 最近、健太と飲んでいる時に酔った勢いでこんな話をしてきた。


「風峰さん、夜の仕事やってるだろ〜?あれ、親の借金がヤバいかららしいぜ〜?」

「…そうなんだ」

「風峰さんの高校の同級生と飲んだ時に聞いた〜。じゃないとおかしいよな〜。あんな可愛い子がそんなお店で好きで働いてるわけないしさー」


 やっぱりそうだったんだ。


 風峰さんの無表情な顔の裏に、どんな思いが隠れているのか。

彼女を助けたい、と思った。

でも、バイト代すらままならない自分に何ができる?…そう思っていた。


「でも、今なら…」


 千太は勢いよく起き上がり、スマホで検索を始めた。


 彼女の連絡先は知らない。

噂で聞いた店を頼りに、繁華街へと向かった。


 ネオンの光が眩しい繁華街。

千太は緊張で汗ばむ手を握りしめ、噂の店に足を踏み入れた。


 もちろん、そんなお店に来たことがない千太は目が回りそうなピンクな雰囲気に圧倒されていた。


 当たり前だが、千太は童貞である。


 店内は薄暗く、甘い香水の匂いが漂う。

受付で確認し、彼女を指定した。


 もちろん、本日出勤していることと、予約等が入っていないことも確認していた。


 金額は…3万円に指名料で1万…4万円。

うちの家賃より高い…。


 そのまま受付の男に促され、ソファに座り、30分ほど経ってから彼女が現れた。


 普段の無口で無表情な姿とは違い、彼女は柔らかな微笑みを浮かべていた。

ドレッシーな衣装に身を包んだ姿は、息をのむほど美しかった。


「…いらっしゃいませ。向井くん」


 彼女の声は、意外なほど優しく、穏やかだった。

普段は無口な彼女がこんな風に話すなんて、想像もしていなかった。


「…風峰さん」


 そうして、彼女に手を引かれて、部屋に連れて行かれた。


 彼女は手慣れた手つきで準備を始め、千太はただ座って待っていた。


「けど、流石にびっくりした。向井くん、こういうお店に興味あったんだ。まぁ、男の子なら誰でもそうか」

「…興味というか…その…」

「初めてでしょ?というか、お金は大丈夫?とりあえず、お風呂行こうか」と言われたところで、千太は喉が詰まりそうになりながら、言葉を絞り出した。


「あの…!…風峰さんは…いくらで、買えますか?」


 風峰さんの動きが止まった。

微笑みが一瞬消え、彼女の瞳に戸惑いが浮かぶ。


「…え? 何…?買えるかって…。今私を買ってここにいるんじゃないの?」


 彼女の声は小さく、どこか儚げだった。


「そうじゃなくて…!その…借金とかあって…この仕事してるんですよね。だから、どうしたらこの仕事を辞められるのか…俺は本気です。本気で…」


 千太は目を逸らさず、続けた。


「だから…教えて欲しいです。…いくらあれば…いいか」


 風峰さんは千太をじっと見つめ、ふっと小さく笑った。

まるで冗談をかわすように、軽い口調で言った。


「…んー、じゃあ1億…とか?」と、冗談混じりな声でそう言った。


 その言葉に、千太は即座に答えた。


「分かりました。じゃあ…1億で、買います」


 風峰さんの目が見開かれた。

微笑みが消え、少し彼女の素の表情が現れる。


「…向井…くん。ふざけてる?…1億なんて払えないでしょ。いつも学食を払うお金すらなくて、コンビニのおにぎりを食べてるくらいお金に困ってるのに」と、茶化してると思って眉間に皺を寄せながら少し怒りながらそう言った。


 俺は急いでスマホを操作して、ロト7の当選画面と購入したロト7の紙を見せる。


「…20億当たった…。まだ誰にも言ってない…」


 紙と画面を交互に見て、目をぱちくりさせる。


「これ…本当に…?」

「はい…。本当ですし…本気です。だから…風峰さんをここから連れ出したいんです」

「…一生…あなたの奴隷になれと?」

「…いえ…嫌だったら…逃げ出しても構いません。それでもいいって…俺は思ってます。ただ、風峰さんが自由になれるなら…。それでいいんです」

「何で私なんかのためにそこまで…」

「す、好きだから!…初めて…好きになった人…だから…」


 その場の空気が凍りついた。

彼女は言葉を失い、ただ見つめていた。

瞳に、初めて見る揺らぎがあった。


「…本気なんだよね」

「…うん」

「じゃあ…私も覚悟を決める。1億円くれたら…この仕事は辞めるし、向井くんと結婚する」

「…けっ…こん。でも…俺のこと…」

「別に好きじゃない。それでも…1億円もらうっていうのはそういうことでしょ。好きになるように努力する。好きになれなくても…一生そばにいる」


 その目は本気の目だった。



 ◇


 翌日、当選した宝くじを持って銀行に行き、その2日後、無事にお金が振り込まれた。


 銀行で1億円を現金で受け取り、アタッシュケースを持って彼女の家に行く。


 時刻は午前11時、土曜日。


 家に行くとボサボサの頭を掻きながら、出てくる風峰さん。


「…時間ぴったり…律儀だね」

「…そうですね」


 No.1風俗嬢とは思えないほど、ボロボロなアパートに住んでいた。

改めて、あの噂はきっと本当なんだろうなとそう思った。


 そして、部屋に入り、アタッシュケースから1億円を出し、彼女に手渡す。


 すると、交換するように彼女は婚姻届を俺は渡してきた。


「…本当にいいの?…1億円だよ?」

「ちゃんと考えて出した答えだから。後悔はしないです」

「…そう」


 そして、俺はゼミ仲間であり、風俗嬢である彼女を購入したのだった。

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