婚約破棄?じゃあ、全部暴いてあげるね。ざまぁ。
「――この、出来損ないが。お前との婚約など、恥でしかなかった」
「貴族の娘でありながら魔力ゼロ?
よくも今まで、俺の隣に立てたものだ」
「これより我が婚約者は、王都一の才女・リリス=エルバートとする。文句はあるまい?」
そう言い放った元婚約者、リオン=ハワードの顔を、私はただ静かに見つめていた。
周囲を囲む貴族たちが、私――クロエ=フェルスタインの反応を窺っている。 誰もが私が取り乱すと思っていたのだろう。泣き叫び、膝をつき、哀れな捨てられ女になることを。
けれど、私はにこりと笑った。
「ええ、わかりました。……ただし、“恥を晒すのはそちら”の方ですよ?」
その瞬間、ざわつく会場に走った戦慄は、誰もが予想し得なかった“反撃”の始まりだった。
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私、クロエ=フェルスタインは、名門フェルスタイン伯爵家の娘でありながら、確かに“魔力ゼロ”だった。
だが、私には――“視える”力があった。
魔法ではなく、“因果の糸”が。
人と人との繋がり、裏切りの芽、隠された野心、未来に潜む崩壊の兆し。
それら全てを、私は視ることができる。
だからこそ知っていた。
リオンが私を裏切り、リリスという女に手を出していたことも。
そのリリスが、他の男とも関係を持ち、王族にまで取り入ろうとしていることも。
けれど私は、じっと、何も言わず待っていた。
全ての“糸”が交差する瞬間を――この“婚約破棄の場”を。
ここでなければ、全員まとめて奈落へと引きずり落とすことはできなかったから。
「リオン様。あなたの“新たな婚約者”であるリリス=エルバートについて、一つだけお伝えしておきましょう」
「な、なんだ。今さらみっともない嫉妬か?」
「いいえ。ただ、“本日”この場で、彼女が王都貴族三名との密会記録を“すべて”残してきたこと。それを知っておいていただきたいだけです」
私が手を上げると、扉が開き、数人の従者が銀の盆に封書を載せて入ってきた。 その全てに、証人の署名と印が押されている。
「ば、馬鹿な……! これは……偽造だ、捏造に決まっている!」
「では、王家に直接調査を依頼しても構いませんね?」
ざわつく貴族たち。困惑する貴族評議会の面々。 そして、蒼白になったのはリオンだけではない。
「リリス=エルバートは本日をもって、貴族籍を剥奪されました。王家より正式通達が出たばかりです。……貴族の婚約破棄を口実に、王族に近づいた“スパイ容疑”でね」
そう、私はこの日に合わせて全てを動かしていた。 リリスの裏切りを、リオンの野心を、全て暴き立てるこの瞬間を。
「リオン様。あなたの立場は、これから“取り調べ対象”というものになります。ご自慢の“功績”も、“婚約者”も、“信用”も、すべて無に帰すのです」
「くっ……き、貴様……ッ!」
「恥を晒したのは、どちらでしょうね?」
私は静かに礼をして、その場を去る。私を見送る誰もが、もう私を“出来損ない”と呼ぶ者はいなかった。
むしろ――恐れていた。
因果の糸を操る“断罪者”としての、私を。
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それから三年。
私は今、王家直属の“法務監察官”として仕えている。あの事件をきっかけに、多くの隠れた闇が白日のもとに晒された。
一方、リオンはというと。
貴族籍を剥奪された後、王都を追放され、どこかの地方で“日雇い”の仕事をしているとか。
つい先日、彼が私の名を出して「復縁を頼みたい」と言ってきたという話を聞いた時は、思わず紅茶を吹き出した。
あれほど私を侮辱し、恥だと罵った男が、今になって戻りたいとは――
「……滑稽ですね、本当に」
私の隣には、今では優しくて誠実な婚約者がいる。
魔力は持たずとも、私の力を信じ、支えてくれる人。
「クロエ、お前が笑ってると、それだけでこの国が平和な気がするよ」
「ふふっ……じゃあ、もっと笑ってあげなきゃですね」
私はもう、“出来損ない”などではない。
私は、“私の力”で、未来を変えていける。
かつての婚約者が、今も泥の中で足掻いているその足元を見下ろすこともなく、
私はただ、前を向いて歩いていくのだ。