9.お金の悪魔
少し前まで、こういった方面とは縁がなかったからよく分からないけれど、イサベルが言っていた「覚醒」というのが、心臓に根を下ろした芽のことだというのは分かる。
『情報も取り扱ってるって言ってたしな』
機会があれば、自分に起きたことについて聞いてみようと心に決めた。
「少し前に、種から芽が出ました。でも、装備を作ってくださるって?」
そう言うと、イサベルはテーブルの上に置かれた鱗を人差し指で「コツン」と叩いて話し始めた。
「これで、あなたに合った装備を作るのよ。なかなか手に入らない素材だから、きっと良いものができるはず。それでなんだけど、普段の戦い方を教えてくれるかしら?」
先ほどの件があったからか、彼女は慎重に尋ねてきた。
その態度に、つい本音が口をついて出た。
「特に武器にこだわりはありません」
ドラゴンの副産物で作ったアイテム? そんなの、我慢できるはずがない。
武器に詳しいわけじゃないけど、せっかくだし剣がいいんじゃないか?
「何か作るなら、剣がいいです」
「ふーん……初めて見たとき、魔法を習ってるのかと思ったけど、そうでもないのね。私もユジンの希望通りに作ってあげたいけど、鱗では剣を作るのは難しいと思うの」
実質、断られた。
興奮してろくに考えずに言ってしまったから、あまり落胆はしなかった。
肋骨でもあれば作れたのかな? せめて骨の粉でも集めておくべきだった?
「じゃあ、何を作るのが良いでしょうか?」
「個人的には、身体を守るアイテムがいいと思うわ。防具は持ってるの?」
「……防具ですか?」
「そう、防具。武器も大事だけど、境地が低いうちは、防具も同じくらい重要なのよ」
弱いなら、まずは安全を確保しなさいってことを、優雅に言ってくる。
彼女の言葉を理解した私は、ドラゴンの副産物で作られた鎧を身にまとう姿を想像してみた。
『悪くないかも』
「分かりました。イサベルの言うとおり、鎧にしましょう。ただし、ノースリーブみたいに動きやすいものだと嬉しいです」
「ノースリーブのように動きやすい鎧か……難しいけど、分かったわ。作ってあげる」
剣の代わりに、鎧を作ることに決まった。
イサベルが空中に手を振ると、二つの袋が私たちのそばに飛んできた。
すると、結んであった紐が自然と解けて、中から鱗がまるでソーセージのようにズラズラと出てきた。
「これは、あなたが着る鎧に使う素材と、私の取り分――つまり手数料ね。最初だし、このくらいで受け取っておくわ」
「……」
少ししか持っていかないような口ぶりだったけど、目測では8割がイサベルの取り分に見えた。
「鎧を作るのに、そんなにたくさん必要なんですか?」
不満をにじませて聞くと、彼女はにっこりと笑いながら詳しく説明してくれた。
「それもあるけど、このクラスの素材を扱える人はそう多くないのよ。オーダーメイドで、腕のいい職人に鋳型を頼んで、私が後処理する。それを考えれば、これは安い方なのよ。さあ、サイズを測りましょう。立ってちょうだい」
サイズを測ると言われて、彼女の手に身体を預けた。
両腕を広げて寸法を取るとき、鼻先がくすぐったくなるような感覚があって、気をそらすために先ほどの話について尋ねた。
「その……種とか発芽とか言ってましたけど、それってどういう意味なんですか?」
手を止めて私を見上げるイサベル。
少しの間そうしていたが、再び手を動かしながら答えた。
「魔法でも錬金術でも鍛冶でも、職業に関係なく才能があると“覚醒”が起こって“超越”の一歩を踏み出せるの。そして大まかにその境地を分けるとね――最初は“種”、次が“発芽”、それから“根を張る”、“枝を伸ばす”、“成長期”、“成熟期”、“開花”、“実を結ぶ”、そして“結実”に至れば完全者となるのよ。ユジンは、2段階目の発芽の境地にいるのね」
私は、まだ歩き始めたばかりの状態なんだな。
たまに魔族が話している「覚醒」とか「超越」とか、ようやく意味が分かった。
街で感じていた気配からすると、魔族といってもみんなが超越の道を歩んでいるわけではないらしい。
力がすべてをねじ伏せる魔界で、彼女の話を聞くと、なんだか自分も境地を高めたくなる。
それに、私は「発芽」の段階。努力さえすれば、あの時感じた“魂が新たに生まれるような恍惚”を、また味わえるかもしれないと思った。
「じゃあ、種を持ってる人は“超越者”って呼ばれるんですか?」
「何も分かってない人たちはそう呼ぶけれど、正確には7段階目、“開花”を成し遂げた存在を“超越者”と呼ぶの。境地が上がるほど、それまでとは比べ物にならないくらいの差が出てくるのよ。もし超越者に出会ったら、聞くことも話すこともしない方がいいわ」
「……それは、どうしてですか?」
「超越者が正気なわけ、ないでしょ?」
「……」
その一言に込められた感情が、私にも伝わってきた。
まだ聞きたいことはあったけど、今の雰囲気でそれを聞くのは良くない気がして、口を閉ざした。
サク、サクサク。
それからしばらくして、イサベルは手を止めた。
「できたわ。一週間後に取りに来れば、渡せるようにしておくわ」
「よろしくお願いします」
「任せて! さ、これを」
ふわり。
残っていた袋が空中に浮かび、私のもとにやってきた。
途中、鱗が一枚ふわっとこぼれ落ちたのを見て、私がきょとんとしていると、イサベルが笑って言った。
「情報料よ」
「……」
「残りの分はどうする? そのくらいなら買い取れると思うけど…」
そのとき私は気づいた。
もし“金の悪魔”という存在がいるなら、それは目の前にいるこの人だ、と。