8.魔女の工房(2)
「しばらく待っても店主がどこに行ったのか見当たらないんです。ちょっと長く待たされるかもしれませんよ。」
「ふむ……」
せっかく親切に教えてあげたのに、
無言で私を上から下までじろじろ見てくる女。
負けじと、私も彼女を隅々まで観察した。
年齢は20代前半?
ゆったりとしたマントを羽織っていて、
外を歩いている魔族のように、何か感じ取れるものはなかった。
どこかの使いで来たのだろう。
お茶一杯飲む時間が過ぎても微動だにしないので、
私は彼女の横をすり抜けて出口に向かった。
ドアノブに手をかけて開けようとした、そのとき。
「ちょっと待っておくれ。」
さっきまで何も言わなかった彼女が、私を呼び止めた。
私は顔を向けて彼女を見た。
「背負ってる袋、中身を売りに来たんじゃないのかい?」
「そうですけど?」
「私がこの店の主だよ。」
「!!」
まったくそうは見えなかった。
現代なら大学に通う学生にしか見えないけど……
私が中途半端な姿勢で立っていると、
椅子に座って話そうと、彼女は私を店の中へと導いた。
「お茶?それともコーヒー?」
「コーヒーでお願いします。」
飲み物をくれるなら断る理由もない。
今でもコーヒーはあるけど、庶民には夢のような贅沢品になってしまった。
飲めるときに飲んでおかないと。
「私はイザベルって言うんだ。」
聞き覚えのある名前。
友達が最後に残した言葉だったので、はっきりと覚えている。
「私はソン・ユジンです。」
「ふぅん、聞いたことない名前ね……」
イザベルが小さなガラス瓶に入ったコーヒーを取り出した。
途中で何かしていたけど、久しぶりに漂う香ばしい匂いに、コーヒーを飲むのが楽しみになった。
「他の人の紹介で来ました。」
「誰かしら?」
「ミノってご存じないかと……」
イザベルがコーヒーをいれながら眉間にしわを寄せたが、
少し経ってから思い出したように小さな声を漏らした。
「ああ、昔よく来てた子ね。もちろん覚えてるとも。ある日から来なくなったと思ったら、友達を紹介してくれたのね。」
「……」
見た目以上に年齢が上なのか?
あるいは人間じゃないのかもしれない。
「できたよ。さあ、飲んでごらん。」
「いただきます。」
イザベルが差し出したコーヒーを両手で受け取った。
湯気が立ちのぼり、香ばしく濃厚な香りが鼻をくすぐる。
私はコーヒーを飲もうとカップを口元に近づけた。
「初めて飲むなら口に合わないかもしれないから、少しずつ飲んでみるといいよ。」
初めてならそうかもしれない。
でも私は前世でコーヒーを常に飲んでいた人間だ。
「ズズ……コーヒーをいれる腕、並じゃないですね。」
「褒めてくれて嬉しいよ。」
私たちはまるで長年の知り合いのように、しばらく無言でコーヒーをすする。
カップが半分ほど空いた頃、ようやく本題を切り出した。
「持ってきた袋の中身を売りたいんです。」
「普段はこういう買い取りはしていないけど、興味を惹かれるものなら受け取っているんだよ。ユジンが持ってきたのはどんな品かな?」
「それが……」
言ってもいいものか。
売るつもりで持ってきたものだけど、
いざ言おうとすると迷いが生まれた。
でもイザベルの醸し出す雰囲気からして、信じてもよさそうだった。
私は慎重に口を開いた。
「ドラゴンの鱗です。」
「まあ、今日の占いで“特別なお客が来る”って出てたんだけど、ほんとだったのね。」
私の話を聞いたイザベルが、手を合わせて喜んだ。
その反応が、持ってきた品に対してではなく、
占いが当たったことに対する喜びなのが拍子抜けだったけど、
何事も順調に進んでいるなら、それでいいか。
「ちょっと見せてもらってもいいかな。」
「どうぞ。」
イザベルが鱗を一枚取り出して観察すると、材料として申し分ない品だという。
店主がそう言うなら、きっと良い値段になるだろう。
「だけど、今お店に材料を仕入れたばかりで、現金があまりないんだ。お金での支払いは難しいかもしれない。
もしかして、現金じゃないとダメかな?」
お金で受け取るのが一番だけど、
無理ならあとで現金化できる物でもいい。
「他のものでも大丈夫です。」
「ふむ……じゃあ、私が提供できるのは情報か品物だから、それに見合うものを渡さなきゃね。何がいいかしら……そうね、それがいいわ。」
考えるたびに表情が豊かに変わるので、見ているだけでも楽しかったが、
渡すものが決まったようだった。
その瞬間、体をなでるような気配を感じた。
私は椅子から飛び上がり、声を張り上げた。
「何するんですか!」
以前なら気づかずに過ぎていたかもしれないけど、
今の私はイザベルが何をしたか分かる。
「境地を確かめようとしたら、つい無意識に……気分を害したならごめんね。」
素直に認めるその姿勢に、怒っていた自分がちょっと恥ずかしくなった。
倒れた椅子を起こして、再び座った。
「次からは気をつけてください。それで、“境地”って何ですか?」
「覚醒して、種が発芽したみたいだったからね。それに見合う装備を作ってあげようと思ってたんだよ。」