6.迷惑な訪問者(2)
そういえば、体はまだ具合が悪いのに、なぜかスッキリしている。
数日が経っていたと認識すると、急に腹が減ってきた。
「家賃、もう二日も遅れてるって?」
「そうだ。」
「…ちっ、体調が悪くてそんなに日が経ったとは思わなかった。すぐに払うよ。」
素直に非を認めると、さっきまで怒り狂っていたミノも、少し落ち着いた様子を見せた。
彼はごつごつした棍棒で俺を指しながら言った。
「騒ぎも起こさず真面目に払ってきたから、今回は見逃してやる。次はないぞ。」
「わかった。わざわざ起こしてくれてありがとな。シャワー浴びたらすぐに払いに行くから、もう出てってくれ。」
ミノは鼻で笑いながら棍棒を下ろした。
他のやつらなら、その血まみれの棍棒で頭を砕かれてただろうに…。
「お前ら、なに見てんだ。また叩かれたいのか? さっさと消えろ!」
「ひぃっ!」
「無知なクズどもが!」
ミノが棍棒で威嚇しながら怒鳴ると、集まっていた野次馬たちは慌てて逃げていった。
『普段どれだけ殴り倒してるんだよ…』
おかげでこのワンルームは他より事件が少ないから、棍棒が俺に向けられない限り悪い話ではない。
ミノが出ていったらシャワーを浴びようと思っていたが、
彼が途中で足を止め、部屋の隅に置いてあった袋を見つけてこう聞いてきた。
「…仕事中に持って帰ってきただけだ。大したもんじゃない。」
『頼むからそのまま帰ってくれ…』
心の中で叫んでも無駄だった。ミノは袋を軽く叩きながら言った。
「以前、あるやつがワンルームに爆弾を持ち込んだことがあったな。もちろん、お前の言う通り大したものじゃないかもしれんが、一応確認させてもらう。」
俺の住んでる建物に爆弾を?
知らないうちにあの世行きになるとこだったのか?
いや、それより今はミノを止めないと。
「待て!」
「…?」
「今すぐ片づける!」
「そうしろ。俺も他人の持ち物を勝手に漁る趣味はないからな。」
話の通じるやつでよかった…そう思ったその瞬間、
ミノは肩を震わせながら笑い、袋の上に置かれた服をどけて中を覗き込んだ。
「人間族のくせに、やけに清廉潔白だと思ったら、何を隠していやがる。死体か? 爆弾か? それとも…はっ!!」
袋の中身を見たミノが仰天した。
目の見えない人間でもドラゴンの鱗を見れば目を覚ますだろう。
金に目がないこの男に見つかったのは最悪だった。
『いや、元々は有名な傭兵だったって言ってたっけ?』
そうだ、せっかくバレたんだ。ミノの人脈を利用して鱗を処分できるかもしれない。
多少分け前をやってもその方が得かもしれない。
ぼんやりしているミノに俺は話しかけた。
「見ての通り、ただの品物じゃない。」
「ん? ああ…確かにそう見えるな。どのモンスターの素材だ?」
「ドラゴンの鱗だ。都市の領主が宴で使ったってやつ。」
「ドラゴンの鱗だと?」
ガタン。
彼はその中の一枚を吸い寄せられるように手に取り、
あちこち眺めながら感嘆の声を漏らしていた。
これはチャンスだと思った俺は、そっと話を切り出した。
「そろそろ処分しようと思っててさ、いいルートがあったら紹介してくれ。紹介料は弾むよ。」
「確かに、こういうのは下手に売るとゴミが群がってくるからな。ふむ…信頼できるところを知ってる。傭兵時代にたまに通ってた場所だ。」
思った以上に好反応だった。
断られたらどうしようかと不安だったが、無用なトラブルは避けられた。
「これほどの代物なら、安く売れるものじゃない。」
「8:2でどうだ? もちろん俺が8だ。」
「そのくらいで十分だ。」
家賃を取りに来たはずが、思わぬ小遣いを得ることになったのが嬉しいのか、
ミノは満面の笑みを浮かべて言った。
「よく聞けよ。そこはな……イザベル工房って場所だ!」
少し間をおいて場所を口にしたその瞬間――
鍋の蓋ほどもある手で、いきなり俺の首を鷲掴みにした。
「ぐっ!」
足が床から離れる。
ミノは片手で俺を持ち上げた。
その手に首を絞められているのに、息苦しさを感じない…?
ミノはその圧倒的な力から、住人たちには治安維持隊でもあり恐怖の象徴だった。
だが、なぜか今回は相手になるかもしれないと感じた。
「教えてやったからには、あの品は俺がもらう。ああいう物は、知る者が少ない方がいい。」
俺の物を奪うどころか、俺の命まで奪おうとするとは。
「おいコラ! 他のやつら、お前が俺の家に入ってくの見てたぞ!」
「うふふ…死んだ人間の話なんて誰も聞かねえよ。ユジン、お前はいい借主だったが、爆弾を持ち込んだのが惜しかったな。」
さっきまで一緒にいたところを見ていた人が大勢いるのに、
自分の建物で俺を殺そうとするとは…やはり世間の評判など信用できない。
「じゃあな!」
ミノが俺の頭を狙って棍棒を振り下ろしてきたその時、
怒りを超えて、頭と胸が冷たくなるような奇妙な感覚が広がった。
いや、本当に手に霜が浮かび上がっていた。
異常に気づいたミノの目に一瞬の動揺が浮かんだが、行動を止めることはなかった。
俺は左手でミノの手首を、右手で自分の頭を狙っていた棍棒を受け止めた。
ガキィン。
「な、なんだと? どうしてお前が…?」
ユジンが棍棒を止めたことに、ミノは戸惑いを隠せなかった。
その戸惑いはすぐに「人間に侮られた」という怒りへと変わった。
――運のいいやつか、覚醒しようとしているようだが、無駄だ!
――宝を運んできた手柄を思えば、一撃で終わらせてやろうと思ったのによ!
「うおおおおおおおおおおおおお!!」
怒声とともに、首を締める力がさらに強くなった。
俺は棍棒を掴んでいるとはいえ、力では到底敵わないと分かっていた。
棍棒を放して首を自由にすれば、再び頭を狙われるだろう。
八方塞がりな状況の中で――男としてやってはいけないことだが、
俺は目をぎゅっと閉じ、ミノの股間を思いきり蹴り上げた。
ゴンッ。
信じられない音が鳴った。
まるで鉄板を蹴ったような音だ。
牛獣人の股間って金属製なのか?
渾身の一撃が通じなかったことに、俺は悔しさで唇を噛んだ。
そんな俺を見て、ミノは黄色い歯をむき出しにして笑った。
「ふふっ、俺のパンツは頑丈だからな。」
『どうすりゃいいんだよ…』
このままだとやられる…そう思ったその時、
まだ手の中に残る冷たい霜の気配に気がついた。
本能が囁いた。
この状況を打破する唯一の方法は、目の前にあると――
ミノに首を絞められながらも、
俺は冷静さを保ち、両手に全神経を集中させた。
バチバチッ。
世界が――凍りついた。