2.ドラゴンハートを拾った。(2)
『特に変わったものはないな。』
宝石のように見えるが、黒い染みがついていたので、浄化を使ったところ元の色に戻った。
サイズも小さいし、
こっそり持ち帰れば分け前を渡さなくても済むだろう。
宝石をポケットに入れ、
二人が何をしているか見に、彼らの元へと向かった。
胴体を回り込んで近づくほど、
貝をこじ開けるような音が大きくなっていった。
やはりというか、スライムをすべて処理したのだろう。
ハンスが短剣でドラゴンの鱗を剥ぎ取っていた。
ジョッシュはどこにいるかと周囲を見渡すと、
壁際に腕をだらりと垂らし、もたれかかっている姿が目に入った。
「ジョッシュ、どうした?」
「あいつ、浄化筒をひとつしか持ってきてなかったらしい。」
ハンスが不満そうに言いながらも、
鱗を一枚でも多く剥ぎ取るために手を動かしていた。
近づいて様子を見ると、まだ息はあるが、揺すっても意識を取り戻さなかった。
状態を見るに、このままでは危険だった。
すでに手遅れかもしれない。
治療も受けられずに死なせるわけにはいかず、俺は急いで外へ連れ出す準備を始めた。
それを見ていたハンスが言った。
「何してんだ?時間内に出るなら、ひとつでも多く持っていくべきだろ。」
「ジョッシュを連れて出るべきだ。放っておけば死ぬぞ。」
「……今じゃなきゃダメか?」
「今だ。持ち出してる物はまた取りに来ればいい。」
「外にインプがいるだろ。出たらもう戻れないかもしれないぞ。」
防毒マスク越しに響いてくる冷ややかな声。
「俺たちは同類かと思ってたけど、見当違いだったみたいだな。」
短剣を握る彼の手が荒く動いた。
長く一緒にいたし、少しは打ち解けたと思っていたが、
殺気を帯びたその姿に、口の中が一気に乾いた。
ぴた。
鱗を剥いでいた手を止めたハンスが言った。
「もっと持って行きたかったけど、この辺が限界か。」
そう言うと、くるりと振り返り、
手にしていた短剣を投げつけた。
ヒュッ─
グサッ。
「ぐっ…!」
ハンスの手を離れた短剣が、ジョッシュの胸に深く突き刺さった。
血を吐き出すジョッシュを見ながら、ハンスが冷たい声で言い放つ。
「ユジン、冷静に考えろよ。連れて帰ったところで治療代もないだろ?仲間の俺たちが楽にしてやった方がいい。」
彼は死体から短剣を引き抜きながら続けた。
「予備の浄化筒を持ってこなかったあいつが悪い。死んだ奴のことは気にせず、俺たちはこれからのことを考えるべきだろ?さて、もう出ないとギリギリだな。」
何事もなかったかのように袋を開け、鱗を詰め込む。
放っておいても死んだだろうが、これは俺への警告だ。
余計なことは考えるな、という――
事の成り行きに、自然とため息が漏れた。
ここで事を荒立てても意味がない。
俺もハンスと同じように袋を手に取り、鱗を詰め込んだ。
「大丈夫か?」
「何が?」
「ジョッシュのことさ。」
「今日初めて会った奴だぞ。ひとり死んだくらいで泣くような俺か?助けられないなら金でも稼がないとな。」
「やっと俺の知ってるユジンに戻ったな。歓迎するよ。」
タノス・ヘブンは死が日常の世界。
俺もここで生まれ育った魔界の住人。
ここでハンスと衝突するのは得策ではないことくらい、わかっている。
鱗を袋いっぱいに詰めた俺たちは、それをそれぞれ背負い、来た道を戻り始めた。
黙って歩いていると、やがて入り口にたどり着いた。
だが、そこには誰の姿もなかった。
『義理もくそもないな。』
「他の奴らは先に出たみたいだな。」
「だな。…で、ジョッシュの件、大丈夫だよな?」
俺が外で何か言うんじゃないかと不安なのか、再び念を押してきた。
「何かあったか?」
ニヤリ。
俺は入り口に近づいて、インプを呼んだ。
ドンドン。
「俺だ。開けてくれ。」
「なんだ、遅いじゃねぇか。ククッ、他の奴らは先に出してやったけどな。」
「俺の行ったところは変異スライムが多かった。」
「頑張ったなら、少しは休まなきゃな。」
……何だ?
普段なら言わないような優しい言葉?
「そのつもりだ。」
「一緒に行った奴らは?」
「ここに一人いる。」
「ほぅ…ククク…」
陰気な笑い声が中にまで響いてきた。
「こっちから開けないと開かないの、知ってるよな?前に忠告したろ?」
「…インプってやつは冗談も怖いんだな。」
「ククク…次に来た時まで、生きていられるかどうか…」
その言葉を聞いた瞬間、
ただの冗談ではないと悟った。
最初から喧嘩を売っていたのも、伏線だったのだ。
俺はドアをぶち壊す勢いで叩いた。
ドン!ドン!
「おいコラッ!俺が戻らなかったら、所長が黙ってないぞ!」
「知ったことか。人間が一人死んだだけだ。もう一人いるだろ?そいつを殺せば、外に出してやる。」
外から聞こえるインプの言葉に、
俺は背負っていた荷物を放り出し、ドアから距離を取った。
ハンスの顔はこれまでになく冷えていた。
「まさか…あいつの言葉、信じてるわけじゃないよな?」
「お前の言う通り、信用できない相手だよ。」
ハンスが袋を下ろした。
短剣をいじりながら近づいてくるその姿に、俺はじりじりと後退した。
だが、後退した分だけ、彼との距離はすぐに縮まっていく。
「もう少し待てば開けてくれるかもしれない。少し様子を見ようぜ。」
「俺もそうしたいところだけど、これを見ろよ。」
服をめくり、シートを見せてきた。真っ黒だ。
予備の浄化筒を交換したにもかかわらず黒いのなら、すでに限界ということだ。
「バカなジョッシュのせいで一人で働いたからな。もう限界だ。誰か一人は生き残らなきゃ。」
その言葉が合図だったかのように、ハンスが襲いかかってきた。
俺は唯一の武器である電気棒を構え、前に突き出した。
戦い慣れはしていないが、武器のリーチを考えれば勝機はある。
バチバチバチ。
棒の先から火花が散り、心が少し引き締まる。
「今までの情を思えば、楽に殺してやるよ。」
間合いを測りながら、突っ込んできたハンスに向けて棒を突いた。
だが、彼はそれをかわし、懐に潜り込んできた。
ドンッ!
「ぐっ…!」
俺は短剣を握った彼の腕を掴んだが、
ぶつかってきた衝撃で手から武器を落としてしまった。
俺が倒れた隙に、ハンスが上にのしかかり、
足で俺の上半身をがっちりと固定してきた。
すべては一瞬の出来事。
体をよじっても抜け出せない。
「おい!待てって!お前一人で出ても、あれ全部持って帰れると思ってんのかよ!?」
「じゃあな。」
力が抜けるたび、短剣の刃先が顔に近づいてくる。
このままでは何もできず、殺されてしまう――
その時、頭の中に声が響いた。
『私はカル・アイリアン。力が必要か?』