10.ともだち
「この家はいかがでしょうか?」
「いいですね。セキュリティはどうですか?」
「言うまでもありません。この家はもちろんのこと、タノス・ヘブンでも十指に入る安全な地域です。」
「この家にします。」
いつまでもホテルに住むわけにもいかず、適当な家を探して契約した。当然、賃貸だ。
イサベルに渡した後に残ったドラゴンの鱗を売って、かなりのお金は手に入れたが、思ったほど人生逆転できるほどではなかった。
家を買えばすぐに仕事をしなきゃいけなくなるし。
節約すればそこまで困ることはないが。
例えるなら、前世でロトの1等に当たったくらいがちょうどいいだろう。
新たな住処を見つけた俺は、イサベルが言っていた時間に再び工房を訪れた。
「合ってるか、着てみてちょうだい。」
彼女が渡してきた鎧を受け取って手に持った。
まず、軽くて手触りがひんやりしていた。
俺は鎧を着て腕を上げたり、座ったり立ったりしながらあちこち動いてみた。
「着てるのを忘れそうです。」
しかも、その上から脱いでいた服をもう一度羽織ると、全く目立たないので日常でも問題なさそうだった。
「動きやすくしてって言ってたでしょ? その部分は特に気を使ったんだよ。体温維持の回路も刻んであるから、激しく動いても一定の体温を保ってくれるよ。」
いいね。これからはこれを着て出歩こう。
俺はよくできた装備に満足した。
満足げに俺の様子を見ていたイサベルに、親指を立てて見せた。
彼女にすすめられてコーヒーを飲みながら、前に聞けなかったことをいくつか聞いたところ、境地の上げ方にはいくつか方法があるそうだ。
伝承として受け継がれてきた特別な修行を受けたり、霊薬を摂取したり、ある系統の訓練をしたり――
しかし最も簡単で現実的なのは「戦場での経験」だという。
戦いでカルマを得て、
魂と精神を次の境地に合うように鍛えるのが基本だ。
「でも、あまりおすすめはしないよ。ほとんどの人は上を目指して潰れちゃって、二度と立ち上がれなくなるからね。今のままで満足して生きるのも、一つの選択なんだよ。」
「まだどうするか決めたわけじゃないけど、覚えておきます。」
それとイサベルから、汎用性の高い共用修練法を教わった。
魔族だけでなく、人間も修行可能な方法で、効率は低いが安定性が高いらしい。
当然のことながら、彼女の助言と教えにはかなりのお金がかかった。
***
楽な姿勢で修行していいと言われたので、
「じゃあ寝たままでもいいの?」と聞いたら、
「可能だよ」と言われ、ベッドで修行することになった。
もちろん、武侠映画みたいに座禅を組んでみたりもしたけど、あれは人間のする姿勢じゃなかった。
目を閉じて、工房でイサベルが導いてくれた方法に従い、呼吸を通して取り入れた気の中からマナだけを選んで集める。
ひと掴みしても小指の爪ほどしか残らず、それもすぐに散ってしまったが。
続けていればマナの容量が増えて、心象にある「芽」に良い影響があるということで、これからも続けようと思った。
教えてもらった技術に多額の金を使ったからじゃない。決して。
そんなふうにベッドに寝転がってしばらく修行していたら、玄関のチャイムの音でうたた寝から目が覚めた。
ピンポーン。
ピンポンピンポン。
「帰れよ…」
訪ねてくる人もいないし、
無視していれば帰ると思ったが、
逆に壊れる勢いで押し続けている。
「チッ…」
誰か確認しようと思って修行を止め、立ち上がった。
俺はチェーンロックをしたままドアを少し開けた。
「ユジン! 俺だよ俺。急ぎだから開けてくれ!」
「カイル?」
「そう、俺だ!」
ドアの隙間からカイルのやつれた顔が見えた。
見た目はボロボロ、ここをどうやって探したんだ?
「入れよ。」
俺はチェーンを外して彼を中に入れた。
家に入ったカイルは真っ先に冷蔵庫を開けて食べ物を取り出し、がっつき始めた。
「モグモグッ」
聞きたいことは山ほどあったが、
無我夢中で食ってる姿を見ていると、
俺まで喉が詰まる気がして水を注いでやった。
「誰も追ってこないから、水も飲みながら食えよ。」
「ありがっ…ヒックヒック…ゴクン。」
泣きながらよく食うな、こいつ。
元気だったやつがなんでこんなことになってるんだ?
カイルとの話は、だいぶ経ってからようやく聞けた。
「仲間が捕まったんだ。ユジン、助けてくれ。」
「捕まったって、どこに?」
「ノースト・ファミリーの連中に! 早く行かなきゃ。遅れたら、仲間がどうなるか…」
興奮して唾を飛ばしながら話す姿に、
まずは落ち着かせる必要がありそうだった。
「落ち着いて話せ、何言ってるか分からない。そもそもなんで捕まったんだ?」
「ご、ごめん。焦って自分のことばかり考えてた。あのさ、実は――」
俺はカイルの話をじっと聞いた。
事件の経緯はこうだった。
カイル、ロス、スカの3人が、事業拡大のために別の区域でこっそりクリスタルの商売を始めたのだが、運悪くその場を押さえられて、ノースト・ファミリーに捕まり、命の代償として大金を要求され、彼だけがその取引に応じて逃げ出してきたという。
それを聞いて、頭が痛くなってきた。
「それで、金を払うつもりなのか?」
「心では払いたいけど、事業拡大で借金をしてて…」
つまり、金で解決するのは難しいということだ。
「いい場所に住んでるし、金稼いでるっぽいからさ、もしかしてお前…」
「俺も金ない。」
カイルの寝言に、ピシャリと返した。
共用修練法を学ぶのに多くを使ったし、あっても渡すつもりはない。
だからといって、親友を見殺しにするわけにもいかないし、よりによってクリスタルに手を出すとは…
クリスタルは名前に反して宝石ではなくて、
葉っぱの一種で、獣人たちが好む特殊な成分を含み、
匂いを嗅ぐと幸福感と快楽を感じるらしい。
「つまり、キャットニップみたいなもんだな。」
もう一つ、違う使い方がある。
魔族がクリスタルを精製した錠剤を飲むと、一時的に身体が強化されるという。
供給よりも需要が多いということだ。
今のままでも十分にやっていけたはずなのに、なんでそんなに欲を出したんだか。
「で、俺がここにいるってどうやって知ったんだ?」
「お前、有名だから探すの簡単だったよ。」
「俺が?」
俺が有名になるようなこと、あったか?