イクメン
「えっ…」
「ごめんなぁ、実は話聞こえてて。
嫌な九州男児に当たってたけん、印象悪くなってないかなぁって。」
ビールジョッキを片手に笑顔を向けて来るサラリーマン。
一緒に来ている人も後ろでうんうんと首を頷いていた。
「そうやそうや!
今時男の風上にも置いておけん奴もおったもんや!
安心しとって、俺らはそげんことせんけどな!」
ガハガハと大口で笑いながら乾杯を求められる。
そのままの流れで同じテーブルで飲むことになった。
「いやぁでも、急に話し掛けてしまってすんません。
我慢出来んくてつい。」
「いいえ、ちょっとびっくりしちゃいましたけど。
誰かに話聞いてもらいたかったので、有難いです。」
改めて彼らの全体を見てみる。
セミオーダーっぽい仕事のスーツ、腕時計はスマートウォッチ、話し掛けてくるコミュ力と体格の良さから恐らく元運動部。
この時期に本州に来るってことは、営業の研修か何かだろうか。
携帯は最新機種。この酒の肴より金銭的に安定はしていそう。
これで金銭感覚がどんな感じかってところだけど…
ぼーっとしていると思われたのか、またもや貼り付けた笑顔で話してくる。
「…やっぱり九州の男、嫌いになった?」
「え?!いやぁ、たまたま相性が悪かった人が九州出身の方ってだけかなって思ってます。」
「そっか、なら良かった。」
その言葉を後にまだ半分以上残っていた手元のお酒を飲み干し、店員さんに注文していた。
恐らく既に結構飲んでいたらしく、この一杯が決め手で急速に酔いが回ったのだろう。
ぼろぼろと本音が零して来た。
「俺はねぇ!子供最低3人は欲しくてさ~
最終的には地元帰って自然の中で暮らしたいわけ!」
「その為にも俺ら、こっちにおる間に嫁候補見つけんとな!!
俺の両親と仲良くしてくれて、子供産む若さと元気があって、後地元に着いて来てくれる様な子!」
傲然とした彼らのこの会話を聞かされ、私と加奈子は絶句していた。
今時本当にそんなこと言う奴いるんだ…
そんな人間を求めて来るなら、お前の給料はいくらだよって話。
アイコンタクトですっかり酔いも醒めてしまったことを確認し、帰ることにした。
このままこいつらと時間過ごしたくないし。
「すいません~!明日早いんでそろそろ私達帰ります。」
「お話聞いてくれてありがとうございました。」
自分の荷物を持って立ち上がろうとすると、手首を掴まれた。
「いやいや、まだ大丈夫っしょ。まだいけるって。
もう少し一緒にいよ?ね?」
初対面の人間にいきなり身体に触れられ、身の毛がよだつ思いをした。
しかも顔がドストライクな人だったらまだしも、全然タイプじゃない同年代かも怪しい年上の人間にまだ一緒に居ようと言われて誰が喜ぶと思ってるのか。
余りのことに固まっていると、加奈子が相手の手首に力強くチョップをして引き剝がしてくれた。
「ってぇな!!
なんばすっとやお前!!ちっとわけぇけんって調子乗るんじゃなか!!!!」
「は?これ以上お宅らと一緒に居たくないって優しく言ってあげてるのがまだ分かんねぇの?
ナンパだか何だか知んないけど、酒まずくなんだわ。
だから帰んの。別に自分達が飲み食いした分は自分達で払うし。」
酒気が無くなった加奈子は冷静に言葉を並べて男達を諭していた。
それが気に食わなかったのだろうか、わざとらしく頭を抱え込んで下向きながら深い溜息をした後店に響き渡るような声量で反抗して来た。
「っっっっはぁ~~~~~
こげん可愛げのない女、久し振りや。可哀そうに、生涯独身やあんた、残念。
男を立てるってことを出来ん、可愛げもないそりゃモテんわ。」
「っな?!」
「俺の地元の嫁さんなんか、み~んな家事完璧やのに。
旦那が家に帰ったら出来立てのご飯と、お風呂の支度して。
集まりの時なんかず~っと料理運んだりお酌したり子供の面倒見たり。
そんな気遣いも何も出来んあんたは今世では子なし独身や!!!」
腹の底を全部言えて気分爽快になったのか、連れと一緒に肩を組んで何やら叫んでいる。
激昂している加奈子の肩に手を置き、落ち着かせて私も反撃することにした。
「ねぇ、自己紹介でもしてんの?今世では子なし独身さん。」
「………………あ?」
殆んど横ばいの線しか見当たらない小さい目で必死に私を睨んでくるジャガイモ小僧。
私はひるまず続けた。
「だから、今世では子なし独身さんって自己紹介?って聞いてるんだけど。
その昭和世代から一切アップグレードされていない脳内に身体迄浸食されて、耳までおかしくなっちゃった?
可哀そう~!まだ40代で現役世代なのに!」
「俺らはまだ30代じゃ!!目ん玉腐っとんのかこんクソアマ!!」
「え~!意外!見た目と考え方的にそれくらいかと思ってました!
だってじゃないと、そんな考え方に育たないと思うし~」
わなわなと拳を震わせ、怒りを全身に露わにしている2人組。
向こうが言いたいことを全部ぶちまけてきたなら、こちらだってそれなりの対応で返すまでだ。
「それに~地元のお嫁さん、ほんっっっとに可哀想~
そんなのただの奴隷契約じゃないですか~
こんな不景気の中、専業主婦出来る訳ないし~働きながら子育てもしてでっかい赤ちゃんの世話もして~
いやぁ~本当に私達はそんな選択してなくて良かったです~
こんな立てる価値もないおっさんにどうこう言われなくて済むんで。」
レジの方に目線をやると、加奈子がお会計を済ませて○を作って入り口に立っていた。
「このボケカスが!!!」
手を出しそうになる一人を慌てて止めるもう一人、にカメラを向ける周囲を横目に私は外に走って行った。
加奈子と大笑いしながら電灯を頼りに駅まで走った。
アルコールはとっくに抜けているのに、顔は真っ赤で、千鳥足。
何だかとても懐かしくなるような感覚に陥りながら暗闇と共にした。
「あ~あ、本当に寄って来る奴にロクなの居ないね。
あたしらただ真剣に出会いを探してるだけなのにな~!!」
「ほんとそれ。
でも知ってた?寄って来る人って自分と釣り合ってるらしいよ。」
「えぇ~?!嘘だよ!私が証明する!」
電車を待つ間にも二人でくだらない話をして笑い合っていた。
こんなことが出来る異性を見つけるのってそんなに難しいのかな……