第8話「五人の目の持ち主」
美しさには力がある。
それは心を動かし、
時に運命さえも変える。
眠りの中の美しさは
最も純粋で、最も危険。
忘れられた美しさを
わたしは記録する。
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金色の道は山を下り、森の中へと続いていた。高い樹木が密集し、陽の光が緑のフィルターを通して地面に落ちる。道の両側には野生の花々が咲き誇り、まるで私たちの旅を祝福しているかのようだった。
「とっても美しいわ……」
私はため息をついた。
継母は少し離れて歩いていた。彼女は皆から警戒されていることを理解しているようで、距離を置いていた。しかし、その表情には以前見たことのない柔らかさがあった。
「いばらの城まであとどれくらい?」
エラが尋ねた。
「遠くはないはずよ」
継母が答えた。
「リボンが私たちを導いている」
確かに、私たちが持つ四つのリボンは微かに輝き、金色の道を照らし続けていた。赤、青、金、灰色のリボンがそれぞれ異なる輝きを放ち、しかし調和して一つの光となっている。
森の奥へ進むにつれ、周囲の雰囲気が変わってきた。最初は気づかなかったが、鳥のさえずりが聞こえなくなり、風の音さえ止んだようだった。そして、徐々に視界の端が茨で覆われ始めた。
「ここから先がいばらの森ね」
ラプンツェルが言った。
道の両側には今や花々の代わりに茨が生え、その棘は鋭く、見るだけで痛みを感じるほどだった。しかし不思議なことに、金色の道だけは茨に覆われず、私たちの通り道を確保してくれていた。
「眠れる森の物語では、王女が眠りについた城全体が茨に覆われたのよね」
私は思い出しながら言った。
「そう」
継母が頷いた。
「百年の眠りとともに、城と周囲の森は茨の壁に守られた」
「でも、百年はとっくに過ぎているはず」
エラが疑問を呈した。
「時間は物語の中では異なる流れ方をするのよ」
継母は説明した。
「特に、影の書き手たちが物語を書き換えたことで、時間の流れ自体が歪んでしまった」
私たちが話している間も、茨はどんどん高く、密集してきていた。金色の道だけが唯一の通路となり、私たちは一列になって進んだ。そして、木々の隙間から、ついに城の姿が見えてきた。
それは荘厳で美しい城だった。白い石造りの壁に無数の塔、そして青い屋根が空に向かって伸びている。しかし、その全体が茨に絡み取られ、まるで巨大な茨の檻の中にあるかのようだった。
「とっても美しいお城ね……」
私たちは思わず同じ言葉を口にした。
城の周りを一周するように金色の道は続き、最終的に正面の大門へと通じていた。門の前で私たちは立ち止まった。巨大な木の扉は閉ざされ、その表面には複雑な模様が彫られていた。
「どうやって入るの?」
ラプンツェルが尋ねた。
グレイが前に出て、扉を調べた。
「鍵穴がある」
確かに、扉の中央には小さな鍵穴があった。しかし、誰も鍵は持っていなかった。
「リボンを試してみましょう」
エラが提案した。
私たちは四つのリボンを一つにまとめ、鍵穴に近づけた。するとリボンから放たれた光が鍵穴に流れ込み、内側から扉が開き始めた。古い蝶番がきしむ音と共に、重い扉がゆっくりと内側に開いていった。
私たちは息を呑んで中を覗き込んだ。
城の中は驚くほど保存状態が良く、埃一つなく、まるで時間が止まったかのようだった。大理石の床、豪華な家具、そして壁を飾るタペストリー。すべてが美しく、そして静寂に包まれていた。
「まるで昨日まで誰かが住んでいたようね」
ラプンツェルが驚きの声を上げた。
「これも物語の力よ」
継母が説明した。
「物語の主人公が眠っている限り、城も眠りの中にある」
私たちはゆっくりと大広間を進み、階段を上り、様々な部屋を通り抜けた。どの部屋も美しく装飾され、しかし人の気配はなかった。
「王女はどこにいるの?」
私は尋ねた。
「物語によれば、最も高い塔の一室で眠っているはずよ」
継母が答えた。
私たちは中央の大きな塔へと向かった。螺旋階段を上り、何度も立ち止まっては息を整えながら、塔の頂上を目指す。
そして、最後の扉の前で私たちは立ち止まった。小さな木の扉、装飾もなく、しかし確かな存在感がある。
「彼女はこの中に……」
グレイがささやいた。
私は深呼吸し、扉に手をかけた。ゆっくりと扉を開くと、小さな円形の部屋の中央に、一つの寝台があった。そして、その上に横たわる美しい少女。
彼女は若く、16歳ほどに見えた。長い金色の髪が枕の上に広がり、白い肌に薄紅色の頬。まつげの長い瞼は閉じられ、その唇は微かに開いていた。彼女は白と青の美しいドレスを着ており、その胸の上で手を組んでいた。
その姿は信じられないほど美しく、私たちは言葉を失った。
「この人が眠れる森の美女……」
私はようやく声を出した。
彼女の手元に目をやると、そこには紫色のリボンが握られていた。5本目のリボン。
「紫のリボン」
エラが指摘した。
「最後のリボンね」
私はベッドの側に近づき、そっと彼女の手からリボンを取ろうとした。しかし、彼女の指はリボンをしっかりと握りしめており、簡単には離そうとしなかった。
「どうしよう」
私は振り返り、仲間たちに助けを求めた。
「物語では、王子様のキスで目覚めるのよね」
ラプンツェルが言った。
私たちはシャル王子を見た。彼は少し困惑した表情を浮かべていた。
「私は別の物語の王子です」
彼は躊躇いがちに言った。
「彼女の王子ではありません」
「でも、試してみる価値はあるわ」
エラが彼を促した。
王子はゆっくりとベッドに近づき、眠る少女を見下ろした。彼は緊張した様子で、それから決心したように身を屈め、少女の唇に自分の唇を重ねた。
しかし、何も起こらなかった。少女は眠ったままだった。
「やはり、私ではないようです」
王子は残念そうに言った。
「では、彼女の王子様はどこにいるの?」
ラプンツェルが尋ねた。
「物語を書き換えられたことで、彼も別の場所にいるのかもしれない」
グレイが推測した。
私は考え込んだ。このまま彼女を眠らせておくわけにはいかないが、どうすれば目覚めさせることができるのか。
そのとき、一つの考えが浮かんだ。
「四つのリボンを使ってみましょう」
私たちは四つのリボンを取り出し、それぞれが持っていたリボンを一つにまとめた。赤、青、金、灰色のリボンが一つになると、強い光を放ち始めた。私はその光を眠る少女に向けた。
光は少女を包み込み、彼女の体が微かに輝き始めた。そして、彼女の閉じた瞼が震え、ゆっくりと開いていった。
青い瞳が世界を見た。彼女は最初に天井を見つめ、それから私たちに視線を移した。混乱と驚きが彼女の表情に表れたが、それでも優雅さを失わなかった。
「あなたたちは……誰?」
彼女の声は長い眠りを経てなお、美しく響いた。
「私は白雪姫。そしてこちらはエラ、ラプンツェル、グレイ、そして……」
私は継母を指し示すことをためらった。
「私は……かつての鏡の女王よ」
継母が自ら名乗った。
眠れる森の美女はゆっくりと起き上がり、周囲を見回した。
「私はオーロラ。どうして私はここにいるの?長い間眠っていたの?」
「百年以上よ」
ラプンツェルが優しく言った。
オーロラの目が大きく見開いた。
「そんなに!でも、どうして目覚めたの?王子様は……」
「あなたの物語が書き換えられてしまったの」
私は説明した。
「影の書き手たちによって」
彼女の表情が曇った。
「そう……私も感じていた。夢の中で、何かが変わってしまったと」
彼女は手に握っていた紫のリボンを見つめた。
「このリボンが私を守ってくれていたのね」
「五つのリボンの持ち主が揃った」
グレイが言った。
「これで図書館に行けるはず」
オーロラは立ち上がろうとしたが、長い眠りで弱っていた体はすぐには言うことを聞かなかった。エラとラプンツェルが彼女を支え、ゆっくりと歩けるよう手伝った。
「物語を元に戻すためには、図書館に行かなければならないの」
私は説明を続けた。
「そこには全ての物語の原本があるから」
「私の王子様も……そこで見つかるかしら」
オーロラが希望を込めて尋ねた。
「きっとみつかるわ」
私は彼女を励ました。
オーロラは微笑み、そして五つ目のリボンを他のリボンと一緒にした。五つのリボンが一つになると、驚くべき光景が広がった。部屋の中央に光の柱が現れ、それが広がって門のような形になった。
「図書館への入り口だわ」
継母が驚きの声を上げた。
門の向こうには広大な図書館の姿が見えた。無数の本棚、高い天井、そして中央に輝く大きなクリスタルが見える。
「行きましょう」
私は言った。
「物語を取り戻すために」
五人のリボンの持ち主、そして王子と護衛たちは光の門に足を踏み入れた。私たちの旅は新たな段階に入り、そして真の戦いがここから始まるのだと直感していた。
図書館の中で私たちを待っているのは、影の書き手たちなのか、それとも……
オーロラが私の手を握った。彼女の目には決意が宿っていた。
「一緒に戦いましょう」
私は頷いた。五人の目の持ち主が揃った今、私たちには勝算があるはずだ。全ての物語を正しい形に戻すため、私たちは前へと進む。
光の門をくぐり抜け、私たちは物語の中心、すべての始まりの場所へと足を踏み入れた。
(つづく)




