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忘れられた童話たちは、まだ終わっていない  作者: 水月 りか
第四章:鏡の向こうの真実
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第8話「五人の目の持ち主」

 美しさには力がある。

 それは心を動かし、

 時に運命さえも変える。

 眠りの中の美しさは

 最も純粋で、最も危険。

 忘れられた美しさを

 わたしは記録する。


 ーーーーーーーーーーーーーーーー


 金色の道は山を下り、森の中へと続いていた。高い樹木が密集し、陽の光が緑のフィルターを通して地面に落ちる。道の両側には野生の花々が咲き誇り、まるで私たちの旅を祝福しているかのようだった。


「とっても美しいわ……」


 私はため息をついた。


 継母は少し離れて歩いていた。彼女は皆から警戒されていることを理解しているようで、距離を置いていた。しかし、その表情には以前見たことのない柔らかさがあった。


「いばらの城まであとどれくらい?」


 エラが尋ねた。


「遠くはないはずよ」


 継母が答えた。


「リボンが私たちを導いている」


 確かに、私たちが持つ四つのリボンは微かに輝き、金色の道を照らし続けていた。赤、青、金、灰色のリボンがそれぞれ異なる輝きを放ち、しかし調和して一つの光となっている。


 森の奥へ進むにつれ、周囲の雰囲気が変わってきた。最初は気づかなかったが、鳥のさえずりが聞こえなくなり、風の音さえ止んだようだった。そして、徐々に視界の端が茨で覆われ始めた。


「ここから先がいばらの森ね」

 ラプンツェルが言った。


 道の両側には今や花々の代わりに茨が生え、その棘は鋭く、見るだけで痛みを感じるほどだった。しかし不思議なことに、金色の道だけは茨に覆われず、私たちの通り道を確保してくれていた。


「眠れる森の物語では、王女が眠りについた城全体が茨に覆われたのよね」

 私は思い出しながら言った。


「そう」

 継母が頷いた。

「百年の眠りとともに、城と周囲の森は茨の壁に守られた」


「でも、百年はとっくに過ぎているはず」


 エラが疑問を呈した。


「時間は物語の中では異なる流れ方をするのよ」


 継母は説明した。


「特に、影の書き手たちが物語を書き換えたことで、時間の流れ自体が歪んでしまった」


 私たちが話している間も、茨はどんどん高く、密集してきていた。金色の道だけが唯一の通路となり、私たちは一列になって進んだ。そして、木々の隙間から、ついに城の姿が見えてきた。


 それは荘厳で美しい城だった。白い石造りの壁に無数の塔、そして青い屋根が空に向かって伸びている。しかし、その全体が茨に絡み取られ、まるで巨大な茨の檻の中にあるかのようだった。


「とっても美しいお城ね……」


 私たちは思わず同じ言葉を口にした。


 城の周りを一周するように金色の道は続き、最終的に正面の大門へと通じていた。門の前で私たちは立ち止まった。巨大な木の扉は閉ざされ、その表面には複雑な模様が彫られていた。


「どうやって入るの?」


 ラプンツェルが尋ねた。


 グレイが前に出て、扉を調べた。


「鍵穴がある」


 確かに、扉の中央には小さな鍵穴があった。しかし、誰も鍵は持っていなかった。


「リボンを試してみましょう」


 エラが提案した。


 私たちは四つのリボンを一つにまとめ、鍵穴に近づけた。するとリボンから放たれた光が鍵穴に流れ込み、内側から扉が開き始めた。古い蝶番がきしむ音と共に、重い扉がゆっくりと内側に開いていった。


 私たちは息を呑んで中を覗き込んだ。


 城の中は驚くほど保存状態が良く、埃一つなく、まるで時間が止まったかのようだった。大理石の床、豪華な家具、そして壁を飾るタペストリー。すべてが美しく、そして静寂に包まれていた。


「まるで昨日まで誰かが住んでいたようね」


 ラプンツェルが驚きの声を上げた。


「これも物語の力よ」


 継母が説明した。


「物語の主人公が眠っている限り、城も眠りの中にある」


 私たちはゆっくりと大広間を進み、階段を上り、様々な部屋を通り抜けた。どの部屋も美しく装飾され、しかし人の気配はなかった。


「王女はどこにいるの?」


 私は尋ねた。


「物語によれば、最も高い塔の一室で眠っているはずよ」


 継母が答えた。


 私たちは中央の大きな塔へと向かった。螺旋階段を上り、何度も立ち止まっては息を整えながら、塔の頂上を目指す。


 そして、最後の扉の前で私たちは立ち止まった。小さな木の扉、装飾もなく、しかし確かな存在感がある。


「彼女はこの中に……」


 グレイがささやいた。


 私は深呼吸し、扉に手をかけた。ゆっくりと扉を開くと、小さな円形の部屋の中央に、一つの寝台があった。そして、その上に横たわる美しい少女。


 彼女は若く、16歳ほどに見えた。長い金色の髪が枕の上に広がり、白い肌に薄紅色の頬。まつげの長い瞼は閉じられ、その唇は微かに開いていた。彼女は白と青の美しいドレスを着ており、その胸の上で手を組んでいた。


 その姿は信じられないほど美しく、私たちは言葉を失った。


「この人が眠れる森の美女……」


 私はようやく声を出した。


 彼女の手元に目をやると、そこには紫色のリボンが握られていた。5本目のリボン。


「紫のリボン」


 エラが指摘した。


「最後のリボンね」


 私はベッドの側に近づき、そっと彼女の手からリボンを取ろうとした。しかし、彼女の指はリボンをしっかりと握りしめており、簡単には離そうとしなかった。


「どうしよう」


 私は振り返り、仲間たちに助けを求めた。


「物語では、王子様のキスで目覚めるのよね」


 ラプンツェルが言った。


 私たちはシャル王子を見た。彼は少し困惑した表情を浮かべていた。


「私は別の物語の王子です」


 彼は躊躇いがちに言った。


「彼女の王子ではありません」


「でも、試してみる価値はあるわ」


 エラが彼を促した。


 王子はゆっくりとベッドに近づき、眠る少女を見下ろした。彼は緊張した様子で、それから決心したように身を屈め、少女の唇に自分の唇を重ねた。


 しかし、何も起こらなかった。少女は眠ったままだった。


「やはり、私ではないようです」


 王子は残念そうに言った。


「では、彼女の王子様はどこにいるの?」


 ラプンツェルが尋ねた。


「物語を書き換えられたことで、彼も別の場所にいるのかもしれない」


 グレイが推測した。


 私は考え込んだ。このまま彼女を眠らせておくわけにはいかないが、どうすれば目覚めさせることができるのか。


 そのとき、一つの考えが浮かんだ。


「四つのリボンを使ってみましょう」


 私たちは四つのリボンを取り出し、それぞれが持っていたリボンを一つにまとめた。赤、青、金、灰色のリボンが一つになると、強い光を放ち始めた。私はその光を眠る少女に向けた。


 光は少女を包み込み、彼女の体が微かに輝き始めた。そして、彼女の閉じた瞼が震え、ゆっくりと開いていった。


 青い瞳が世界を見た。彼女は最初に天井を見つめ、それから私たちに視線を移した。混乱と驚きが彼女の表情に表れたが、それでも優雅さを失わなかった。


「あなたたちは……誰?」


 彼女の声は長い眠りを経てなお、美しく響いた。


「私は白雪姫。そしてこちらはエラ、ラプンツェル、グレイ、そして……」


 私は継母を指し示すことをためらった。


「私は……かつての鏡の女王よ」


 継母が自ら名乗った。


 眠れる森の美女はゆっくりと起き上がり、周囲を見回した。


「私はオーロラ。どうして私はここにいるの?長い間眠っていたの?」


「百年以上よ」


 ラプンツェルが優しく言った。


 オーロラの目が大きく見開いた。


「そんなに!でも、どうして目覚めたの?王子様は……」


「あなたの物語が書き換えられてしまったの」


 私は説明した。


「影の書き手たちによって」


 彼女の表情が曇った。


「そう……私も感じていた。夢の中で、何かが変わってしまったと」


 彼女は手に握っていた紫のリボンを見つめた。


「このリボンが私を守ってくれていたのね」


「五つのリボンの持ち主が揃った」


 グレイが言った。


「これで図書館に行けるはず」


 オーロラは立ち上がろうとしたが、長い眠りで弱っていた体はすぐには言うことを聞かなかった。エラとラプンツェルが彼女を支え、ゆっくりと歩けるよう手伝った。


「物語を元に戻すためには、図書館に行かなければならないの」


 私は説明を続けた。


「そこには全ての物語の原本があるから」


「私の王子様も……そこで見つかるかしら」


 オーロラが希望を込めて尋ねた。


「きっとみつかるわ」


 私は彼女を励ました。


 オーロラは微笑み、そして五つ目のリボンを他のリボンと一緒にした。五つのリボンが一つになると、驚くべき光景が広がった。部屋の中央に光の柱が現れ、それが広がって門のような形になった。


「図書館への入り口だわ」


 継母が驚きの声を上げた。


 門の向こうには広大な図書館の姿が見えた。無数の本棚、高い天井、そして中央に輝く大きなクリスタルが見える。


「行きましょう」


 私は言った。


「物語を取り戻すために」


 五人のリボンの持ち主、そして王子と護衛たちは光の門に足を踏み入れた。私たちの旅は新たな段階に入り、そして真の戦いがここから始まるのだと直感していた。


 図書館の中で私たちを待っているのは、影の書き手たちなのか、それとも……


 オーロラが私の手を握った。彼女の目には決意が宿っていた。


「一緒に戦いましょう」


 私は頷いた。五人の目の持ち主が揃った今、私たちには勝算があるはずだ。全ての物語を正しい形に戻すため、私たちは前へと進む。


 光の門をくぐり抜け、私たちは物語の中心、すべての始まりの場所へと足を踏み入れた。


(つづく)

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