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忘れられた童話たちは、まだ終わっていない  作者: 水月 りか
第四章:鏡の向こうの真実
33/35

第7話「最初の出会い」

 偶然の出会いが

 運命の糸を結びつけるとき

 物語は新たな流れを生み出す。

 異なる道から来た旅人たちが

 初めて手を取り合う瞬間を

 わたしは記録する。


 ーーーーーーーーーーーーーーーー


 霧が私たちの周りを包み込んでいた。はじめは薄かったものの、山を登るにつれてどんどん濃くなり、今では数メートル先さえ見通せない状態だった。私とラプンツェルはマーカスの後に続き、彼の背中を目印に進んでいた。


「この霧、普通じゃない」

 ラプンツェルが小声で言った。彼女の長く編んだ髪が湿気を含み、重そうに揺れている。

「魔法のようだわ」


 私も同じことを感じていた。この霧には意思があるようで、まるで私たちを迷わせようとしているかのようだ。


「気をつけて」


マーカスが前から声をかけてきた。

「足元が見えないから」


 彼の言葉通り、足元の岩場は滑りやすく、霧で濡れて危険だった。私は一歩一歩慎重に進み、時々立ち止まっては方向を確かめた。


「白雪姫……」


 風のような囁きが聞こえた気がして、私は振り返った。しかし、霧の中には何も見えない。


「何かしら?」

 ラプンツェルが私の表情の変化に気づいて尋ねた。


「声が聞こえたような……」

 私は周囲を見回した。

「でも気のせいかもしれない」


 再び前を向いて歩き始めようとした時、愕然とした。マーカスの姿が見えない。


「マーカス?」

 私は呼びかけた。

「どこ?」


 返事はなかった。


「まさか……」

 ラプンツェルが不安そうな声を上げた。

「はぐれてしまったの?」


「マーカス!」

 私は大きな声で呼んだが、霧に吸い込まれるだけだった。


 私たちは立ち止まり、状況を把握しようとした。霧の中で方向感覚を失い、どちらへ進むべきか分からなくなっていた。


「リボンを使ってみましょう」

 ラプンツェルが提案した。


 私たちは二人でリボンを取り出した。最初は何も起こらなかったが、しばらくするとリボンが微かに光り始め、ある方向を指し示しているように見えた。


「あっちね」

 ラプンツェルが言った。


 リボンの導きに従って歩き始めた私たちだが、足元の道はますます険しくなっていった。急な斜面を登り、時に小さな崖を迂回しながら進む。


「エラたちはどうしているかしら」

 私は心配になった。


「大丈夫よ」

 ラプンツェルは励ますように言った。

「彼女も王子も強いわ」


 さらに進むと、霧の中から奇妙な物音が聞こえてきた。何かが岩にぶつかる音、そして低いうなり声。


「誰かいるわ」

 私はラプンツェルの腕をつかんだ。


 二人で身を潜め、音の方向をうかがった。霧の向こうに人影が見える。一人ではなく、複数の人が何かの周りを取り囲んでいるようだった。


「影の書き手たちかしら?」

 ラプンツェルがささやいた。


 近づいて確かめるべきか迷っていると、突然大きな衝突音と共に叫び声が響いた。


「何なんだお前たちは!」


 それは少年の声だった。


 私とラプンツェルは顔を見合わせ、すぐに行動した。リュックから小人たちがくれた宝石箱を取り出し、赤い宝石—オコリの宝石を握りしめた。


「勇気を貸して」と祈ると、宝石が熱くなり、私の体に力が満ちてくるのを感じた。


 ラプンツェルも自分の髪を解き、武器のように構えた。彼女の髪は不思議な力を持っているようで、意思を持って動くことができるらしい。


 二人で霧の中へと踏み込んだ。


 近づいていくと、状況が見えてきた。灰色の服を着た少年が岩場の端に追い詰められ、黒い影のような人影に囲まれていた。少年は小さなナイフで身を守ろうとしていたが、明らかに不利な状況だった。


「グレイ!」

 ラプンツェルが叫んだ。


 少年—グレイが振り返った。彼の顔に安堵の表情が浮かんだ。


「ラプンツェル!」


 私たちの姿に気づいた黒い影たちが一斉にこちらを向いた。彼らには顔がなく、ただ黒い霧のような形をしていた。影の書き手たちの手下に違いない。


「勇気を出して!」

 私はオコリの宝石を掲げた。宝石から赤い光が放たれ、黒い影のいくつかが後退した。


 ラプンツェルは髪を振るい、まるでムチのように黒い影に向かって伸ばした。彼女の金色の髪が影に触れると、影はその場で消えてしまった。


 混乱に乗じて、グレイは岩場を飛び越え、私たちの方へと走ってきた。


「早く!」

 彼は叫んだ。

「洞窟に隠れよう!」


 彼の指す方向に小さな洞窟の入り口が見えた。三人で駆け込むと、グレイは素早く洞窟の入り口に何かの粉を撒いた。


「結界の粉だ」

 彼は説明した。

「影は入ってこられない」


 確かに、黒い影たちは洞窟の入り口で立ち止まり、中に入ろうとしなかった。しばらくうろつくようにして、やがて霧の中に消えていった。


「危なかった……グレイも無事でよかったわ。」

「けれど、他のみんなは……?」

 ラプンツェルはため息をつきながらグレイに尋ねた。


「影の書き手に連れ去られた……」

 グレイはうつむきながら言った。


 ラプンツェルにそう告げてから、私に視線を向けた。

「君は……白雪姫?」


「ええ」

 私は頷いた。

「リボンの持ち主の一人よ」


 彼は灰色のリボンを胸ポケットから取り出した。「僕もだ」


 三つのリボンが一度に反応し、洞窟内に明るい光を放った。私の赤、ラプンツェルの金、そしてグレイの灰色。それぞれが光を放ち、互いに呼応している。


「三つのリボンが揃った」

 グレイは感嘆の声を上げた。

「あと一つだけだ」


「眠れるもりのお姫様のリボンね」

 私は言った。


 「お姫様はどこにいるんだろう?」


「わからない」

 私は正直に答えた。

「でも彼女のリボンが必要なのは確かよ」


 彼は少し考え込み、それから頷いた。

「そうだね。五つのリボンがなければ、図書館には入れない」


 洞窟は幸いなことに奥まで続いておらず、暖かく乾いていた。三人は一息つき、これまでの経緯を話し合った。


 グレイは自分の物語について語ってくれた。本来、彼は赤ずきんの物語で赤ずきんを食べてしまう狼だったはずだが、影の書き手たちが物語を書き換え、彼の物語から赤ずきんがいなくなってしまった。しかし、彼の生存は物語のバランスを崩し、彼は「物語のない存在」となってしまった。


「存在自体が曖昧になっていく」

 彼は静かに言った。

「だから僕は図書館へ行かなければならない。本来の物語を取り戻すために」


「でも、それは……」

 私は言葉を詰まらせた。

「本来の物語では、あなたは……」


「死ぬことになる」

 グレイは平静に言った。

「知っているよ。でも、それが正しい結末なら」


 彼の覚悟に、私は言葉を失った。自分の死を受け入れてまで、物語の正しい形を取り戻そうとする彼の勇気。


「エラはどこ?」

 ラプンツェルが話題を変えた。


「別の道を調べているわ」


 私は説明した。

「王子と護衛たちと一緒に」


「王子?」

 グレイは驚いた様子で尋ねた。


「シャル王子よ」

 ラプンツェルが答えた。

「エラの物語の王子様」


 グレイは何か考え込むような表情をした。

「物語の主要人物たちが集まっているんだね」


「そうね」


 私は頷いた。

「でも、私の王子様はまだ見つかっていないわ」


「私の王子も別の物語にいるわ」

 ラプンツェルは少し寂しげに言った。


「きっと見つかるよ」


 グレイは二人を励ました。

「物語が正しい形に戻れば」


 洞窟の外では霧が少し薄れてきたようだった。安全を確認してから、三人は洞窟を出て、山頂を目指すことにした。


「エラたちとはどこで合流するの?」

 ラプンツェルが尋ねた。


「山頂で」


 私は答えた。

「そこで待ち合わせているの」


 グレイが前を行き、私とラプンツェルがその後に続いた。彼は森や山の道に慣れているようで、安全な道を選んで進んでいく。


「影の書き手たちに追われていたのね」

 私はグレイに尋ねた。


「ああ」

 彼は頷いた。

「僕のリボンを奪おうとしていたんだ。彼らは五つのリボンが揃うのを恐れている」


「なぜ?」


「図書館が開かれると、彼らの力が弱まるから」

 グレイは説明した。

「図書館には全ての物語の原本がある。その力は彼らの書き換えよりも強い」


「あなたは何か聞こえなかった?」

 私は突然立ち止まった。

「風のような声」


 グレイも足を止めた。

「聞こえるね……でもこれは……」


 遠くから叫び声が響いてきた。複数の人の声だった。


「エラたち!」

 白雪姫が声を上げた。


 三人は声の方向へと走り出した。険しい山道を登り、岩場を越えていく。声はどんどん近づいてきた。


 やがて小さな峡谷に出ると、そこで衝撃的な光景を目にした。エラと王子、そして一人の護衛が黒い影たちに囲まれていた。他の護衛の姿は見えない。


 エラは青いリボンを高く掲げ、何とか影たちを寄せ付けないようにしていたが、疲れた様子だった。王子は剣で影たちを払いのけようとしていたが、剣が影を通り抜けてしまうようだった。


「助けに行くわ!」

 私は叫んだ。


 グレイが私の腕をつかんだ。

「待って。作戦を立てよう」


 彼は素早く周囲を見回し、計画を立てた。私は再びオコリの宝石を使い、ラプンツェルは髪を武器に、グレイは特殊な粉を使って影たちを惑わせることになった。


「せーの!」

 グレイの合図で、三人は一斉に動いた。


 私はオコリの宝石を掲げ、赤い光で影たちの注意を引きつけた。ラプンツェルは峡谷の上から髪を伸ばし、エラたちの近くにいる影を払いのけた。グレイは霧のような粉を撒き散らし、影たちの動きを鈍らせた。


「こっちよ!」

 私はエラたちに叫んだ。


 エラは王子と護衛を促し、私たちの方へと走ってきた。彼らが安全な場所に到達すると、グレイは再び結界の粉を撒き、影たちを寄せ付けないようにした。


「無事で良かった」

 エラは私たちを抱きしめた。


「他の護衛は?」

 白雪姫が尋ねた。


 王子の表情が曇った。

「影たちに連れ去られた……」


 悲しい沈黙が流れた後、グレイが状況を整理した。「とにかく山頂を目指そう。そこなら安全なはずだ」


 6人で再び山道を登り始めた。四つのリボンが揃ったことで、道は明確になり、霧も薄れていった。リボンたちは互いに呼応し、私たちを正しい方向へと導いてくれる。


「わたしたちが探している鏡の女王、彼女はどこにいるかわかってる?」

グレイが私に尋ねた。


「わからないわ」

 私は答えた。

「でも、夢で見たの。彼女も山にいるみたい」


「夢?」

 グレイは眉をひそめた。


「リボン同士は繋がっているのよ」

 ラプンツェルが説明した。

「だから、白雪姫は彼女の存在を感じたのかもしれない」


 山頂に近づくにつれ、景色が開けてきた。霧は完全に晴れ、青い空が広がっていた。そして遠くに、山の向こう側に何かが見えた。


「あれは……」

 エラが声を上げた。


 巨大な建物の輪郭がかすかに見える。何百もの塔を持ち、広大な敷地を持つそれは、まさに図書館と呼ぶにふさわしい壮大な建物だった。


「図書館だ」

 グレイは声を震わせた。

「あと少しで……」


 しかし、その言葉が終わらないうちに、突然の風が吹き荒れ始めた。激しい突風が山頂から吹き降ろし、私たちの体を押し戻そうとする。


「これは……」

 王子が叫んだ。


 風の中から人影が現れた。黒いドレスを着た美しい女性。私の心臓が高鳴った。


「継母……」


 彼女は風の中に立ち、恐怖に満ちた表情で私たちを見ていた。そして彼女の後ろには、巨大な黒い影が迫っていた。影の書き手のリーダーに違いない。


「助けて……」

 継母の声が風に乗って届いた。

「リボンを……守って……」


 私は迷わず前に踏み出した。

「継母!」


 グレイが私を引き止めようとしたが、私は彼の手を振り払った。四つのリボンを一つにまとめ、高く掲げる。それらは眩い光を放ち、風を切り裂くビームのようになった。


「来て!」

私は継母に向かって叫んだ。


 彼女は一瞬躊躇し、それから決意の表情で黒い影から離れ、私たちの方へと走り出した。黒い影が彼女を追いかける。


「みんな、リボンを!」


 私は仲間たちに呼びかけた。


 四人のリボンの持ち主が一斉にリボンを掲げると、光の壁が生まれ、継母を守るように広がった。彼女はその光の中に駆け込んできた。


「白雪姫……」

 彼女は私の前に立ち、震える手で白雪姫と対になる赤いリボンを差し出した。

「これを……」


 私が手を伸ばそうとした瞬間、突然の爆発が起こり、私たちは吹き飛ばされた。


 目が覚めると、私は山頂の平らな場所に横たわっていた。周りには他のリボンの持ち主たちや王子、護衛たちも倒れていた。そして、私の手の中には四つのリボンがあった。赤、青、金、灰。


「みんな、大丈夫?」

 私は起き上がり、仲間たちを見回した。


 一人ずつが意識を取り戻し、状況を把握し始めた。黒い影は消え、風も止んでいた。


「継母は?」

 私は周囲を見回した。


 彼女は少し離れた場所に横たわっていた。私は急いで彼女の側に駆け寄った。


「継母!」


 彼女はゆっくりと目を開けた。

「白雪姫……」


「大丈夫?」


「ええ」

 彼女は弱々しく微笑んだ。

「リボンは?」


「ここにあるわ」

 私は四つのリボンを見せた。


 継母は安堵の表情を浮かべた。

「良かった……」


 他のリボンの持ち主たちも近づいてきた。彼らは継母を警戒しているようだったが、彼女の弱々しい姿を見て、表情が和らいだ。


「鏡の女王」

 グレイが静かに言った。


「もう、そうではないの」

 継母は答えた。

「私は単なる女王に過ぎない」


 彼女は私に向き直った。

「許して欲しいとは言わないわ。私はあなたに酷いことをした。でも、物語を救いたい。それが私の贖罪の道」


 私は長い間彼女を見つめた。憎しみ、恐怖、そして理解が入り混じる複雑な感情。しかし最終的に、私は彼女の手を取った。


「五つのリボンが必要なの。あなたも含めて」


 継母の目に涙が浮かんだ。


 四つのリボンを一つに束ねると、それらは輝き、まるで一つの大きなリボンになったかのようだった。そして突然、私たちの目の前に金色の道が現れた。山を下り、いばらのお城へ続く道だ。そこにきっと眠れる森のお姫様がいるはず。


「行きましょう」

 私は言った。

「物語を取り戻すために」


 リボンの持ち主四人、そして王子と護衛たちが金色の道を下り始めた。いばらの城はすぐそこだ。私たちの本当の結末、正しい物語が待っている。


 そして、私は密かに思った—果たして本来の結末こそが、本当に望む結末なのだろうか?


(つづく)

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