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忘れられた童話たちは、まだ終わっていない  作者: 水月 りか
第四章:鏡の向こうの真実
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第6話「エラたちの遭難」

 選ばれなかった道には

 語られなかった物語が眠る。

 運命の分かれ道で迷う者たちの

 知られざる苦難と勇気を

 わたしは記録する。


 ーーーーーーーーーーーーーーーー


 東の山へ向かう道は予想以上に険しかった。平坦だった草原が徐々に起伏を増し、やがて岩だらけの厳しい山道へと変わっていった。私たち一行—私、エラ、シャル王子、そして三人の護衛たち—は黙々と前進していた。


「こんなに険しい道だとは思わなかったわ」


 エラはため息をつき、少し足を引きずっていた。彼女の靴は明らかに山歩きには向いていなかった。


「大丈夫?」

 私は水筒を彼女に差し出した。


「ありがとう」

 エラは感謝の笑みを浮かべながら一口飲んだ。

「ガラスの靴よりはマシね」

 そう言って小さく笑った。


 シャル王子は先頭を歩きながら、絶えず周囲を警戒していた。

「この山には何か……違和感がある」

彼は眉をひそめて言った。

「まるで誰かに見られているようだ」


「影の書き手たちでしょうか?」

 私は声を潜めて尋ねた。


「かもしれないな」

 王子は頷いた。

「あるいは別の何かかも」


 筋肉質の護衛マーカスが立ち止まり、前方を指差した。

「殿下、道が二つに分かれています」


 確かに目の前で山道は左右に分岐していた。どちらも同じように頂上へと続いているように見えた。


「どちらを行くべきかしら?」

 エラは不安そうに周囲を見回した。


 私はリュックから小人たちがくれた光る鉱石を取り出した。

「これが教えてくれるかもしれない」


 鉱石を両方の道に向けてみたが、特に反応はなかった。

「おかしいわ……」


「リボンは?」

 エラが提案した。


 私たちは二人でリボンを取り出したが、やはり特別な反応はなかった。


「困ったな」

 王子は眉間にしわを寄せた。

「グレイたちはどちらを通ったのだろう」


 地面を調べても足跡などの手がかりは見つからなかった。岩場では跡が残りにくいのだ。


「分かれて調べましょう」

 マーカスが提案した。

「私と他の護衛で片方の道を探り、殿下と姫君たちはもう一方へ」


「危険すぎる」

 王子は即座に反対した。

「影の書き手たちがどこで待ち構えているか分からない」


「でも時間がないわ」

 エラは焦りを隠せない様子だった。

「グレイたちに追いつかなければ」


 議論が続く中、私は空を見上げた。夕暮れが近づき、空が紫色に染まり始めていた。

「もうすぐ暗くなるわ」

 私は提案した。

「まずは安全な場所で夜を過ごしましょう」


 全員が同意し、私たちは左の道を少し進んで小さな平地を見つけ、そこにキャンプを設営した。護衛たちが手際よくテントを立て、王子が火を起こした。


 夕食は乾パンと干し肉という質素なものだったが、一日中歩き詰めだった私たちには十分おいしく感じられた。炎を囲んで座り、明日の行動について話し合った。


「地図があればいいのに」

 エラは膝を抱えながらつぶやいた。


「物語の交差点の老人が言っていたわ。山の向こうに図書館があるって」

 私は思い出した。

「でも具体的な道筋は教えてくれなかった」


「私の国の伝説では」

 王子が炎越しに私たちを見た。

「東の山には『記憶の泉』があると言われている。そこに行けば道が示されるとか」


「記憶の泉?」

 私は思わず身を乗り出した。


「すべての物語の記憶が保管される場所だという」

 王子は静かに説明した。

「ただの伝説かもしれないが」


「探してみる価値はあるわ」

 エラは希望を込めて言った。


 会話の途中、遠くから奇妙な音が聞こえてきた。女性の泣き声のようだった。


「聞こえる?」

 私は声をひそめて尋ねた。


 全員が息を殺して耳を澄ました。確かに、風に乗って女性の嗚咽が断続的に届いてくる。


「誰か助けが必要かもしれない」

 エラは立ち上がった。


「罠の可能性も」

 マーカスは警戒心を露わにした。

「影の書き手たちの策略かもしれません」


「でも、本当に誰かが困っていたら?」

 私は言った。


 王子は決断を下した。

「マーカス、私と来てくれ。他の二人はここで姫君たちを守れ」


「私も行きます」

 私は強く主張した。

「小人たちからもらった魔法の宝石があります。何か役に立つかもしれない」


 議論の末、エラは護衛二人と共にキャンプに残り、私と王子とマーカスで泣き声の方向へ向かうことになった。


 夜の山道は暗く、松明の光だけを頼りに慎重に進んだ。泣き声は次第に大きくなり、やがて小さな谷間に出た。そこで私たちは一人の若い女性を見つけた。彼女は岩に座り込み、顔を両手で覆って泣いていた。


 長い金髪と紫の服—どこか見覚えのある姿だった。


「大丈夫ですか?」

 私は静かに声をかけた。


 女性は顔を上げ、涙で濡れた顔で私たちを見上げた。彼女の目は驚きと恐怖で見開かれていた。


「助けて……私の髪が……」

 彼女は震える声で言った。


 近づいてみると、彼女の長い金髪が岩の割れ目に挟まって動けなくなっていた。


「ラプンツェル?」

 思わず名前が口から出た。小人たちが話していたグレイと旅をしているはずの一人、彼女に違いなかった。


 彼女は驚いた表情で私を見つめた。

「なぜ私の名を?」


「私は白雪姫」

 自己紹介すると、彼女の目に認識の光が灯った。


「あなたも……図書館を目指しているのね」


「ええ」

 私は頷いた。

「一緒に行きましょう。でも、まずあなたを助けないと」


 王子とマーカスが協力して、慎重に彼女の髪を岩から解放した。ラプンツェルは安堵のため息をついた。


「ありがとう」

 彼女は心から感謝した。

「何時間もここで身動きできなかったの」


「グレイは?」

 私は周囲を見回した。

「一緒じゃないの?」


 ラプンツェルの表情が曇った。

「はぐれてしまったの」

 彼女は髪を整えながら説明した。

「山を登っている時、突然霧が現れて……気づいたら一人になっていた」


「霧?」

 王子は眉をひそめた。


「ええ、不思議な霧よ」

 ラプンツェルは続けた。

「中から声が聞こえたの。私の過去の声。塔にいた頃の……」


「迷いの森と同じね」

 私は思わず身震いした。

「過去の幻が現れる」


「グレイを探していたら暗くなってしまって」

 ラプンツェルは自分の髪を見た。

「それで髪が岩に挟まって」


「キャンプに戻りましょう」

 私は提案した。

「エラも待っています。彼女もリボンの持ち主よ」


 ラプンツェルは喜んで同意し、私たちは慎重に山道を引き返した。道中、彼女は自分の物語について話してくれた。


 本来、塔に閉じ込められた彼女は王子に救われるはずだった。しかし影の書き手たちが物語を変え、王子は別の塔へと導かれてしまった。


「一人で塔から脱出したの」

 ラプンツェルは静かに語った。

「そして海に出て、人魚姫の物語に迷い込んだわ」


「物語と物語の境界が曖昧になっているのね」

 私は言葉に詰まった。


「影の書き手たちの仕業よ」

 ラプンツェルは強い口調で言った。

「彼らは物語の力を奪い、すべてを書き換えようとしている」


 キャンプに戻ると、エラはラプンツェルを見て歓声を上げた。二人は既に知り合いだったようだ。


「良かった、無事だったのね!」

 エラは彼女を抱きしめた。


「グレイが見つからないの」

 ラプンツェルは心配そうに言った。


「明日、一緒に探しましょう」

 エラは彼女の手を取った。


 夜が更けていく中、私たちは情報を共有し、明日の計画を立てた。四人のリボンの持ち主が揃った今、あとはグレイと眠れるもりのお姫様を見つけるだけだ。


 ラプンツェルは金色のリボンを取り出し、私とエラのリボンと並べた。三つのリボンが反応し、微かな光を放った。

「私のリボンは人魚姫のマリナと対になっているみたい。色は少し違うけど……」


「残り二つが揃えば、図書館への道が開かれるわ」ラプンツェルは静かに言った。


「でも、眠りの森のお姫様はどこにいるのかしら」

 私は不安を隠せなかった。


 ラプンツェルは優しい目で私を見た。

「でも、五つのリボンが必要なのは確かなこと」


 その夜、寝る前に私は星空を見上げていた。山の輪郭の上で星々が静かに輝いている。どこかでグレイも同じ空を見ているのだろうか。そして継母は……


 目を閉じた瞬間、鮮明な映像が浮かんだ。鏡の向こうの継母の姿。彼女も山のどこかにいた。そして何かから逃げている。恐怖に満ちた表情で……


 私は目を開いた。

「継母が危険に」思わず声に出していた。


 単なる夢だったのか、それとも何か別のもの?リボンを通じた繋がりなのだろうか?


 翌朝、私は皆に夢の内容を話した。


「鏡の女王が山にいるの?」

 ラプンツェルは驚いて尋ねた。


「夢だったかもしれないけど、とても鮮明だったわ」

 私は説明した。

「彼女は何かから逃げていた。怯えた表情で」


「影の書き手たちの罠かもしれません」

 マーカスは疑いの目を向けた。


「でも、本当に助けが必要かもしれない」

 エラは優しく言った。


「今日は二つの課題がある」

 王子は決断を下した。

「グレイを見つけること、そして可能なら鏡の女王についても調べること」


「分かれましょう」

 ラプンツェルが提案した。

「私とエラでグレイを、白雪姫と王子で鏡の女王を」


「危険すぎます」

 マーカスは再び反対した。


 議論の末、私とラプンツェルとマーカスが左の道を、エラと王子と残りの護衛が右の道を調べることになった。山の頂上で合流する約束をした。


「気をつけて」

 別れ際、エラは私の手を強く握った。


「あなたも」

 私は彼女を抱きしめた。


 こうして二つのグループは別々の道へ向かった。私たちの旅はますます危険になっていくようだった。しかし四人のリボンの持ち主が見つかった今、希望も大きくなっていた。


 鉱石とリボンを握りしめ、私は山道を上り始めた。グレイを見つけ、できれば継母にも会う。すべてのリボンが揃ったとき、図書館への道が開かれるはずだ。そして私たちは本当の物語を取り戻せる。


 山の天候は変わりやすく、歩き始めてすぐに雲が頂上を覆い始めた。


「嵐が近づいています」

 マーカスが空を見上げて警告した。

「急いだ方がいいでしょう」


 私たちは足早に登り続けた。ラプンツェルの長い髪が邪魔にならないよう、私は彼女の髪を編んであげた。


「昔、小人たちがこうやって髪を編んでくれたの」

 私は懐かしく思い出した。


「小人たち、会ってみたいわ」

 ラプンツェルは微笑んだ。


「物語が戻れば、きっと会えるわ」

 私はそう願いながら言った。


 山を登りながら、私たちは物語について、過去について、そして希望について語り合った。影の書き手たちが何者なのか、なぜ物語を書き換えるのか—答えは図書館にあるはずだ。


 そして私の心には継母への疑問も残っていた。彼女は本当に変わったのだろうか?私たちを救いたいと心から思っているのだろうか?


 答えはまだ見つかっていなかったが、山頂に近づくにつれて何かが明らかになるという予感があった。次第に濃くなる霧の中、私たちは前進し続けた。


(つづく)

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