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忘れられた童話たちは、まだ終わっていない  作者: 水月 りか
第四章:鏡の向こうの真実
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第5話「物語の交差点へ」

 物語と物語が交わるとき

 運命の糸は絡み合い

 新たな可能性が生まれる。

 異なる世界から来た者たちが

 同じ道を歩み始める瞬間を

 わたしは記録する。


 ーーーーーーーーーーーーーーーー


 草原を歩き始めて数時間が過ぎた。迷いの森の暗さとは対照的に、ここは明るく開けており、風が心地よく頬を撫でる。私はリュックから水筒を取り出し、一口飲んだ。


 丘を登りきると、遠くに小さな村らしきものが見えた。煙突から立ち上る煙、石造りの家々、そして村の中心にそびえる塔。標識にあった「物語の交差点」とはこの村のことだろうか。


「誰か住んでいるのね」


 安堵と同時に警戒心も感じた。この世界では何が起きているのか、まだよく分からない。影の書き手たちの罠かもしれない。慎重に近づこうと決め、丘を下り、村へと続く道を歩き始めた。


 道の両側には野花が咲き乱れ、蝶が舞っていた。まるで絵本の中の風景のようだ。しかし、美しさの中にも何か違和感があった。花の色が少し鮮やかすぎる。空の青さが不自然なほど完璧だ。


「ここは……現実の世界ではないのね」


 村に近づくにつれ、違和感はさらに強まった。建物は絵本から抜け出したかのように整然と並び、煙突からの煙も完璧な曲線を描いて立ち上っている。


 村の入口には大きな木の門があり、その上には「物語の交差点」と彫られていた。門は開いており、誰も見張りはいないようだ。


 恐る恐る門をくぐると、目の前に不思議な光景が広がった。村の通りには様々な服装の人々が行き交い、彼らの姿はどこか見覚えがある。童話や昔話の登場人物たちだ。


 赤い頭巾を被った少女、藁で作った家を運ぶ子豚、長い髪を持つ女性……。彼らは皆、どこか表情が虚ろで、まるでただそこにいることを義務付けられているかのようだった。


「これは物語が交わる場所……」


 私は人々に気づかれないよう、通りの端を歩いた。村の中心には大きな広場があり、その中央に不思議な噴水が立っていた。噴水からは水ではなく、キラキラと輝く金色の粒子が湧き出ていた。


 広場の周りにはいくつかの店があり、その一つに「旅人の宿」という看板が掛かっていた。小人たちの話では、他のリボンの持ち主たちもこの村を通ったはず。もしかしたら、彼らについて何か情報が得られるかもしれない。


 宿に入ると、中は暖かく、暖炉の火が明るく燃えていた。カウンターには白髪の老人が立ち、何やら本を読んでいる。


「あの……」

 私は声をかけた。


 老人はゆっくりと顔を上げ、私を見た。彼の目は深い知恵を湛えているようだった。


「ようこそ、白雪姫」

 老人は微笑んだ。

「待っていたよ」


 私は驚いた。

「どうして私の名前を?」


「ここは物語の交差点」

 老人は静かに言った。

「すべての物語の登場人物を知っている。特に、リボンの持ち主たちはね」


 リボンに手を触れる。

「他のリボンの持ち主たちも、ここに来たのですか?」


「ああ」

 老人はうなずいた。

「灰色の服を着た少年、グレイがここを通ったよ。彼は一人で旅をしているわけではなく、様々な物語の仲間たちと共に図書館を目指している」


「マリアという女性は?」

 私は尋ねた。

「人魚姫の物語の」


「彼女はここには来ていない」

 老人は首を振った。

「海の中で魔女の弟子をしているという噂だ。しかし、リボンを通じてグレイとは連絡を取り合っているらしい」


「そうなのね」

 私は少し考え込んだ。

「彼らはどこへ?」


「東の山へ向かったよ」

 老人は窓の外を指さした。

「図書館を目指してね」


「図書館……」

 私は呟いた。

「私たちはあと二人のリボンの持ち主と合流しなければ」


「そうだね」

 老人は頷いた。

「ガラスノ靴を持つ女性と、眠りの森の姫君だ」


「眠りの森の……」

 私は驚いて尋ねた。

「私の継母、鏡の女王については?」


 老人は少し考え込んだ。

「彼女はリボンの持ち主ではないが、重要な役割を担っている。あなたの物語の対をなす存在だ」


「対?」


「そう」

 老人は説明した。

「グレイ少年が赤ずきんの物語と対になっているように、あなたと鏡の女王も対の関係にある。彼女もまた物語を救うために行動しているようだ」


「継母を信じられるでしょうか?」

 私は迷いを隠せなかった。


 老人はしばらく黙っていた。

「それはあなた自身が決めることだ」

 彼はついに言った。

「ただ、物語は変わりうる。登場人物も同じようにね」


彼の言葉は深い意味を持っているように感じた。


「一晩ここで休みなさい」

 老人は提案した。

「明日、東の山へ向かうと良い。そこでグレイたちと会えるだろう」


 感謝の言葉を述べると、老人は小さな部屋へと案内してくれた。窓からは村の広場が見え、噴水の金色の光が夕暮れの中で輝いていた。


 部屋に荷物を置き、窓辺に座った。これまでの旅を振り返る。棺から目覚め、小人たちと再会し、迷いの森を抜けてここまで来た。長い道のりだったが、まだ先は長い。


「他のリボンの持ち主たち、どんな人たちなのかしら」


 想像を巡らせていると、窓の外で何か動くものが目に入った。広場の隅、建物の影から覗き見る人影。


 目を凝らすと、それは若い女性だった。シンプルな服を着て、髪を一つに結っている。彼女は周囲を警戒するように見回していた。


「あれは……」


 興味を引かれた私は、急いで部屋を出て、広場へと向かった。しかし、広場に着いたときには、彼女の姿はなかった。


「どこへ行ったの?」


 広場を見回すと、一つの小道が目に入った。その先には小さな教会の塔が見える。何かに導かれるように、私はその方向へ歩き出した。


 教会に近づくと、中から静かな話し声が聞こえた。ドアはわずかに開いている。恐る恐るそこから覗くと、中には先ほどの女性とまだ見ぬ若い男性が立っていた。


「王子様、このままでは見つかってしまいます」

 女性は急かしていた。


「でも他の道はない」

 王子と呼ばれた男性は答えた。

「影の書き手たちは私たちの行動を予測している」


 私はここで立ち止まるべきか迷った。彼らの会話を盗み聞きするのは良くない。しかし、もしかしたらリボンの持ち主かもしれない。


 勇気を出して、ドアをノックした。中の会話が即座に止み、緊張が流れた。


「誰?」

 王子の警戒した声。


「白雪姫です」

 私は答えた。

「リボンの持ち主を探しています」


 しばらくの沈黙の後、ドアが開いた。若い女性が立っている。彼女の目には警戒と希望が混ざっていた。


「白雪姫?」

 彼女は信じられないという様子で私を見つめた。

「本当に?」


「はい」

 私はポケットから赤いリボンを取り出した。

「私も図書館を目指しています」


女性の表情が和らぎ、彼女もドレスのポケットから青いリボンを取り出した。二つのリボンは互いに反応し、微かに光を放った。


「本当だわ」

 彼女は笑顔になった。

「私はエラ。シンデレラの物語の」


「エラ」

 私は嬉しさを隠せなかった。

「小人たちから聞いていました。あなたがリボンの持ち主の一人だと」


 彼女は私を中に招き入れた。教会の中には王子のほか、数人の男性たちがいた。彼らは王子の護衛のようだった。


「こちらがシャル王子」

 エラは紹介した。

「私の物語の……」

 彼女は言葉を詰まらせた。


「彼女の婚約者だ」

 王子が言った。

「本来の物語ではね」


 私は彼らに会釈した。

「物語が書き換えられたのですね」


「そう」

 エラは悲しげに頷いた。

「舞踏会の夜、彼は誰も選ばなかったの」


「だが、我々は諦めなかった」

 王子は言った。

「エラが本当の運命の相手だと確信していたからね」


「二人は森の守り手に助けられ、リボンを手に入れたのね」私は言った。


「ええ」

 エラは微笑んだ。

「そしていま、図書館を目指しているの。本来の物語を取り戻すために」


「他のリボンの持ち主には会いましたか?グレイとか」


 エラは首を振った。

「まだ誰にも会っていないわ。この村に来る前に老人から話は聞いたけれど」


「グレイという少年は東の山へ向かったそうよ」

 私は老人から聞いた情報を伝えた。

「マリアという女性は海の中にいて、リボンを通じて連絡を取り合っているらしいわ」


「五つのリボンが必要なのよね」

 エラは言った。

「でも残りの一人、眠りの森の姫君はどこにいるのかしら」


「そして私の継母、鏡の女王のことも気になる」

 私は思わず言った。


 エラは驚いた様子で私を見た。

「鏡の女王?彼女はリボンの持ち主ではないの?」


「いいえ」

 私は老人から聞いたことを説明した。

「でも私の物語の対をなす存在だそうよ。私と同じように物語を救おうとしているらしい」


「信じられるの?」

 エラは慎重に尋ねた。

「彼女はあなたを……」


「殺そうとしたわ」

 私は苦笑した。

「でも、小人たちによれば、彼女は百年もの間、私の棺を訪れ、謝罪していたそうなの」


 エラとシャル王子は顔を見合わせた。


「私たちは明日、東の山へ向かうつもりだった」

 王子が言った。

「しかし、影の書き手たちの襲撃で護衛の半数を失ってしまった」


「一緒に行きませんか?」

 私は提案した。

「二人のリボンの持ち主がいれば、影の書き手たちも簡単には近づけないでしょう」


 エラは即座に頷いた。

「ぜひ一緒に行きましょう。東の山でグレイたちと合流して、それから図書館へ」


「そうと決まれば」

 王子は立ち上がった。

「準備をしよう」


 その瞬間、私のリボンが胸ポケットの中で温かくなり、微かに光り始めた。エラのリボンも同様に光っている。


「何かしら?」

 エラは驚いた様子で自分のリボンを取り出した。


 リボンの光が強まり、まるで誰かの声が聞こえるようだった。それは女性の声—知らない声だった。


「リボンの持ち主たちへ……マリアです……影の書き手たちが……東の山に……気をつけて……グレイたちは……」


 声は途切れ途切れで、やがて消えてしまった。リボンの光も弱まっていく。


「マリアね」

 私は驚きを隠せなかった。

「人魚姫の物語の」


「リボンを通じて警告してくれたのね」

 エラも興奮した様子だった。

「これで確かだわ。私たちは正しい道を進んでいる」


「急いで東の山へ向かわなければ」

 私は決意を固めた。

「グレイたちが危険かもしれない」


 全員が同意し、明日の旅の計画を立て始めた。王子の残りの護衛たちは村の周囲を警戒し、私たちは教会で夜を過ごすことになった。


 夜、私とエラは教会の一角で横になり、お互いの物語について語り合った。彼女の悲しい幼少期、継母と義姉たちの仕打ち、そして舞踏会での魔法の夜。どれも私が知っていた「シンデレラ」の物語と似ていたが、結末が違っていた。


「本当は王子様があなたを見つけるはずだったのね」

 私は言った。


「ええ」

 エラはうなずいた。

「でも影の書き手たちが物語を書き換えた。王子は騙されてしまうところだったの」


「それでもあなたを探し出してくれたのね」


「彼は心の中で、私が本当の相手だと知っていたの」

 エラは微笑んだ。

「物語が変わっても、心は変わらなかった」


 その言葉に、私は自分の物語を思い出した。本来の物語では、王子が私を目覚めさせるはずだった。でも、その王子は今どこにいるのだろう?彼もまた、私のことを覚えているだろうか?


「あなたとグレイとマリア、そして眠りの森の姫君…五人のリボンの持ち主が揃えば、図書館への扉が開くのね」

 エラは考え深げに言った。


「ええ」

 私は頷いた。

「そして正しい物語を取り戻せるわ」


 明け方、私たちは旅の準備を整えた。王子の護衛たちのうち二人が村に残り、残りの三人が私たちと共に東の山へ向かうことになった。


 村を出る前、宿の老人が私たちを見送りに来た。


「気をつけて行くんだよ」

 老人は言った。

「東の山は影の書き手たちの力が強い場所。でも、リボンの力を信じれば道は開ける」


 感謝の言葉を述べ、私たちは村を後にした。東の山は朝日に照らされ、紫がかった輪郭を見せていた。その山の向こうにグレイたちがいる。そしてさらにその先に、図書館があるはずだ。


 私はリボンを握りしめ、心の中で誓った。必ず全員で図書館にたどり着き、物語を取り戻そう。私たちの本当の物語を。


 村を見下ろす丘の上から振り返ると、「物語の交差点」はまるで絵本の一ページのように美しかった。しかし、その完璧さの中に潜む違和感も感じた。この世界のすべてが本物ではない。私たちが探している真実は、まだ先にある。


「行きましょう」

 エラが声をかけた。


 私は頷き、東の山に向かって歩き始めた。新たな出会いと、さらなる冒険が待っている。


(つづく)

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