表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
忘れられた童話たちは、まだ終わっていない  作者: 水月 りか
第四章:鏡の向こうの真実
29/35

第3話「七人の小人たち」

 小さな者たちが紡ぐ秘密は、

 時に大きな物語を動かす力となる。

 姿を隠し、影で支える者たちの

 真の姿と役割を

 わたしはその真実を記録する。


 ーーーーーーーーーーーーーーーー


 朝靄の中、私は小人たちの家を出発した。北へ向かえと継母は言った。だが、具体的にどの道を進めばいいのか分からない。


「どちらが北なの……」


 森の中で方角を見極めるのは難しい。太陽が東から登るのは知っているが、木々の生い茂った森では、太陽の位置すら定かではない。


 足を止め、周りを見回した。小人たちなら、この森の道を知っているはずだ。彼らはどこへ行ったのだろう?手紙には「別の場所へ呼ばれた」とあったが…。


「小人さんたちの足跡でも見つかればいいのに……」


 ふと、地面に何かが光るのが目に入った。かがんで拾い上げると、それは小さな金色の鉱石だった。小人たちが採掘していたものだろうか。


 その鉱石が不思議なことに、ある方向に向かって微かに光を放っている。私はその方向に一歩踏み出すと、光が少し強くなった。


「これは……道標?」


 もしかしたら小人たちが残した手がかりかもしれない。私は鉱石が示す方向に進み始めた。


 森の中を歩きながら、小人たちとの日々を思い出していた。彼らは私を温かく迎え入れてくれた。最初は警戒していたドクも、すぐに打ち解けてくれた。シャイなハズカシーは話しかけると顔を赤らめ、いつも楽しそうなヨロコビは歌を教えてくれた。


「みんな、今どこにいるのかな……」


 鉱石の光に導かれるまま、私は見たことのない森の奥へと進んでいった。やがて木々が開け、小さな谷が見えてきた。谷の向こう側に、洞窟の入り口が見える。


「洞窟……?もしかして、小人たちの鉱山?」


 小人たちはよく鉱山での仕事について話していた。宝石や金を掘り、それを王国に売りに行くのが彼らの生業だった。私が住んでいた家とは別に、彼らには鉱山近くの作業小屋があるとも聞いていた。


 谷を降りていくと、鉱石の光がさらに強くなった。洞窟に近づくにつれ、懐かしい歌声が聞こえてきた。


「ハイホー、ハイホー、仕事に行くぞ……」


 その歌声に胸がいっぱいになった。小人たちの歌だ!まだ彼らはここにいるのかもしれない。


 洞窟の入り口に立つと、中はランプで照らされていた。壁には鉱石が埋め込まれ、美しく輝いている。慎重に中へ進むと、さらに歌声が大きくなった。


「小人さんたち?」

 私は呼びかけた。


 歌声が突然止まった。


「だれだ?」

 警戒した声が響いた。


「白雪姫です」

 私は答えた。

「目覚めたんです」


 しばらく沈黙があった後、洞窟の奥から小さな足音が近づいてきた。そして、七つの光が見えた。それぞれが小さなランプを持ち、私の方へやってくる。


「姫様?」

 信じられないという声。


「本当に目覚めたのか?」

 疑わしげな声。


 そして彼らの姿が見えた。七人の小人たち—ドク、ハズカシー、ヨロコビ、ネムリ、クシャミ、オコリ、そしてモノイワヌ。


「みんな!」

 私は思わず走り寄った。

「会えて嬉しい!」


 小人たちは驚きの表情を浮かべ、互いに顔を見合わせた。


「姫様が目覚めるなんて……」

ドクが言った。彼はリーダー格で、白いひげを蓄えていた。

「この日が来るとは信じがたい」


「家に手紙を残していたけど、みんなはここにいたの?」

 私は尋ねた。


 小人たちは再び顔を見合わせた。何か言いにくそうな雰囲気だった。


「実は……」

 ハズカシーが恥ずかしそうに言った。

「私たちはもう、あなたの物語の小人たちではないのです」


「どういう意味?」


 ドクが深いため息をついた。

「姫様、座ってください。長い話になります」


 洞窟の奥へと案内され、丸テーブルの周りに集まった。火が燃え、温かい紅茶が出された。小人たちの作業場は思った以上に居心地がよかった。


「百年前」

ドクが話し始めた。

「姫様が毒リンゴで眠りについた後、本来なら王子様が現れて、キスで目覚めさせるはずでした」


「でも王子は現れなかった……」

私は言った。

「物語が書き換えられたから」


「そうです」

ドクは頷いた。

「影の書き手たちが物語を変えてしまった。王子は別の物語に引き込まれ、姫様は眠ったまま」


「私たちは姫様を守り続けました」

オコリが少し怒ったように言った。

「誰も助けに来ないと知っても、あきらめませんでした」


「でも時間が経つにつれ」

ヨロコビが悲しそうに続けた。

「私たちも少しずつ変わっていきました。物語の力が弱まり、私たちは……別の小人になりつつあるのです」


「別の小人?」


「白雪姫の物語の小人ではなく」

ドクは説明した。

「別の物語の小人に。影の書き手たちは私たちを他の物語に割り当てようとしているのです」


「だから、家に手紙を残して……」


「はい」

ネムリが眠たそうに頷いた。

「私たちはもう姫様のあの家に長く留まることができません。新しい物語が私たちを引き寄せるのです」


「でも、鉱山ならまだ大丈夫なんですね」


「この鉱山は物語と物語の境目にあるのです」

クシャミが言い、その後すぐに「はっくしょん!」とくしゃみをした。

「ここなら少しの間、抵抗できます」


 私は悲しみを感じた。小人たちは私の大切な友人だ。彼らを失うなんて考えられない。


「物語を元に戻す方法はないの?」


「ありますとも」

ドクは力強く言った。

「図書館です」


「図書館……」

私はリボンに手を触れた。

「リボンが導く場所?」


「そうです」

ドクは私のリボンを見て頷いた。

「図書館には全ての物語の原本があります。そこで本来の物語を取り戻せば、全てが元通りになるでしょう」


「でも、そのためには五つのリボンが必要だと聞きました」

私は継母との会話を思い出した。

「私、そして他の四人……」


 小人たちは驚いた顔をした。


「継母と会ったのですか?」

 ドクが驚いて尋ねた。


「鏡を通して」

 私は説明した。

「家の地下室にある鏡で」


「あの鏡は……」

 ドクは深刻な表情になった。

「危険なものです。継母の魔法が宿っています」


「でも彼女も物語を取り戻したいと言っていました」

 私は弁解した。

「彼女も私と対のリボンを持っています」


「信じてはいけません」

 オコリが怒りをあらわにした。

「あの女は姫様を殺そうとしたのです!」


「でも……」

 私は迷った。継母は本当に変わったのだろうか?それとも、これも罠なのか?


「姫様」

 ドクが優しく言った。

「継母の言葉を全て信じるのは危険です。しかし、五つのリボンが必要なのは真実です」


「他のリボンの持ち主は誰ですか?」


「赤ずきんの物語のグレイ」

ドクは指を折って数えた。

「人魚姫の物語のマリナ。シンデレラの物語のエラ。そして…あと一人がまだ明らかになっていない。」


「彼らに会うにはどうすればいいの?」


「北へ向かってください」

 ドクは言った。

「迷いの森を抜けると、『物語の交差点』という場所があります。そこなら他のリボンの持ち主と出会える可能性が高いでしょう」


「迷いの森は危険だ」

 オコリが警告した。

「道に迷った者は二度と出られないとも言われている」


「でも行かなくては」

 私は決意を固めた。

「物語を元に戻すために」


 小人たちは黙って私を見つめ、そしてそれぞれが頷いた。


「姫様の決意が固いなら」

 ドクは言った。

「私たちにできる限りの助けをしましょう」


 彼らは立ち上がり、作業場の中を忙しく動き始めた。モノイワヌは黙って小さな包みを用意し、ネムリは地図を探し、クシャミは魔法の粉を袋に詰めた。


「これを持っていってください」

 ドクは小さな木箱を差し出した。

「中には七つの魔法の宝石があります。危険な時に使ってください」


「これは道を照らす鉱石です」

 ヨロコビが鉱石を手渡した。

「迷いの森で方向を見失わないように」


「この笛を」

 ハズカシーが赤い笛を差し出した。

「困った時に吹けば、誰かが助けに来るでしょう」


 そして七人がそれぞれ贈り物をくれた。全て小さなリュックに詰め、私は旅の準備を整えた。


「明日の夜明けに出発しましょう」

 ドクは提案した。

「今夜はここで休んでください」


 その夜、小人たちの作業場で過ごした。彼らは昔話をしてくれた。私が眠っている間の百年の出来事、森の変化、そして彼らが見守り続けた日々のこと。


 彼らの話を聞きながら、私は彼らへの感謝と愛情でいっぱいになった。小人たちは百年もの間、私のことを忘れずにいてくれた。


 就寝前、ドクは私をそっと呼び、洞窟の奥へと案内した。そこには七つの小さな寝室があり、彼らの個性が表れていた。


 ドクの部屋には本が積まれ、ハズカシーの部屋は花で飾られ、ヨロコビの部屋は楽器で一杯だった。


 ドクは自分の本棚から古い本を取り出した。


「私たちの物語の本です」

 彼は言った。

「姫様が本当の結末を知るために」


 私は手に取り、表紙を見た。

「白雪姫と七人の小人」と書かれていた。


「読んでもいいですか?」


「もちろん」

 ドクは頷いた。

「でも、最後のページは……」


 彼は言葉を切った。最後のページを開くと、それは白紙だった。


「結末が書かれていない……」


「影の書き手たちの仕業です」

 ドクは悲しそうに言った。

「彼らは私たちの物語の結末を消してしまった」


「だから私は目覚めても、王子様は現れなかったのね」


「そして私たちも、本来の小人ではなくなりつつあるのです」


 私は本を胸に抱きしめた。

「必ず取り戻すわ。私たちの物語を」


「姫様……」

 ドクは何か言いかけたが、迷っているようだった。「実は、もう一つお伝えしたいことがあります」


「何?」


「鏡の女王—あなたの継母は」

 ドクは慎重に言葉を選んだ。

「彼女は本当に変わったのかもしれません」


「どういう意味?」


「私たちが見守っている間、彼女もまた姫様の棺を訪れていたのです」

 ドクは告白した。

「最初は喜びに満ちた表情でしたが、時間が経つにつれ……悲しみや後悔の色が見えるようになりました」


「継母が……私を見に来ていた?」


「はい」

 ドクは頷いた。

「そして彼女は何度も囁いていました。『ごめんなさい』と」


 私は言葉を失った。継母が謝罪するなんて、想像もできなかった。


「彼女を完全に信じるわけではありません」

 ドクは急いで付け加えた。

「でも、彼女も物語の一部。そして、もしかしたら……彼女の物語も救う必要があるのかもしれません」


 私はうなずいた。

「ありがとう、ドク。考えておくわ」


 その夜、小さなベッドで眠りにつきながら、私は考えた。継母との複雑な関係、失われた物語の結末、そして明日から始まる旅のこと。


 朝、私は小人たちに別れを告げた。七人それぞれが抱きしめてくれ、安全な旅を祈ってくれた。


「必ず戻ってきます」

 私は約束した。

「物語を取り戻して、みんなと一緒に暮らせるように」


「気をつけて」

 ドクは言った。

「迷いの森では、決して後ろを振り返らないでください」


「なぜ?」


「あなたの過去が誘惑するかもしれません」

 ドクは警告した。

「前だけを見て進んでください」


 最後の抱擁を交わし、私は洞窟を出た。朝日が森を照らし、新しい一日の始まりを告げていた。


 七人の小人たちの姿が見えなくなるまで手を振り、私は北へと歩き始めた。手には光る鉱石を握り、リュックには彼らの贈り物を詰め、胸ポケットには赤いリボンを入れて。


 心の中で誓った。必ず物語を取り戻し、私たちみんなが本来の姿に戻れるように。


 そして私の旅は、まだ始まったばかりだった。


(つづく)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ