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忘れられた童話たちは、まだ終わっていない  作者: 水月 りか
第三章:落ちたのは、誰の靴!?
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第6話「真実の告白」

 物語の中の真実と、

 現実の中の物語。

 その境界が曖昧になるとき、

 運命の糸は新たな編み目を作る。

 わたしはその変化を記録する。


 ーーーーーーーーーーーーーーーー


「この下働きが靴を盗んでいたのです」


 ヘレン女官長の声が書斎に響き、エラの背筋を冷たいものが走った。女官長の後ろには数人の警備兵が立ち、部屋の出口を塞いでいた。


「盗んだ?」

 オスカー王子は冷静に答えた。

「それは違う、ヘレン。私が彼女に預けたのだ」


「しかし王子様」

 ヘレンは一歩前に出た。

「この下働きは王家の秘密に関わるべきではありません。それに、靴を履いているではありませんか」


 彼女はエラの足元を指さした。ドレスの裾からは、光り輝くガラスの靴が見えていた。


「ヘレン」

 オスカーの声は厳しくなった。

「この件は私が取り扱う。あなたの懸念は理解できるが、今は下がってくれ」


「しかし、国王陛下は——」


「父上には私から説明する」

 オスカーは言葉を遮った。

「今は、私たちに少し時間が必要だ」


 ヘレンは明らかに不満だったが、王子の直接の命令には逆らえなかった。

「かしこまりました」

 彼女は渋々と頭を下げた。

「しかし、国王陛下にはご報告いたします」


「構わない」

 オスカーは頷いた。


 ヘレンと警備兵たちが部屋を出て行くと、オスカー、エラ、マーサの三人だけが残された。


「あの女は諦めないでしょう」

 マーサが静かに言った。

「国王陛下に直接訴えるはずよ」


「分かっている」

 オスカーは深いため息をついた。

「だが、それまでに真実を解き明かす必要がある」


 彼は再び母の本を手に取り、シンデレラの物語が書かれたページを開いた。

「この物語は、誰もが知っているものとは少し違う」


 オスカーが読み始めた。


「『かつて、一人の少女がいた。継母と義理の姉たちによって使用人のように扱われていた彼女は、王子の舞踏会に行く機会さえ与えられなかった。しかし、彼女は宮殿で働く機会を得る。そこで彼女は王子のために働き、二人は互いに心を通わせ始める。


 ある日、王子は妃を選ぶために特別な靴を作らせた。その靴は魔法の力を持ち、真の運命の相手にだけ合うように作られていた。多くの貴族の娘たちがその靴を試したが、誰も履くことができなかった。そして、宮殿の片隅で働く少女がその靴を試した時、完璧に合った。彼女こそが王子の運命の人だったのだ。』」


 オスカーは読み終え、顔を上げた。

「この物語は、まさに今、私たちの身に起きていることだ」


 エラは言葉を失った。

「これは……予言だったのですか?」


「いいえ」

 マーサが静かに言った。

「これは物語が現実になったのよ。あるいは、現実が物語を追いかけているのかもしれない」


「でも、なぜ私なのでしょう?」

 エラはまだ困惑していた。

「私は特別な人間ではありません。ただの下働きです」


「物語はしばしば、最も予想外の人を主人公に選ぶものだ」

 オスカーは優しく言った。


 彼は二つのリボンを並べて手に取った。エラの持っていた三つ目のリボンと、母の本から見つかった二つ目のリボン。

「これらのリボンには何か特別な力があるはずだ」


「王子様」

 エラは勇気を出して尋ねた。

「たとえ靴が私に合ったとしても、王子の妃になどなれません。身分が違いすぎます」


「身分?」

 オスカーは首を振った。

「それは重要ではない。物語が私たちを選んだのだ。その意味を見つけ出さなければならない」


 彼は窓の外を見た。日が傾き始めていた。

「時間がない。父上がヘレンの報告を聞けば、すぐに私を呼びつけるだろう」


「どうすればいいのですか?」

 エラは不安げに尋ねた。


 オスカーはしばらく考え込み、決断したように顔を上げた。

「真実を話すんだ。すべてを」


「国王陛下に?」

 マーサは驚いた様子で尋ねた。


「ああ」

 オスカーは頷いた。

「父上は厳格だが、理解のある人だ。特に、母の遺志に関わることなら……」


 彼は二つのリボンを大切にポケットにしまった。

「エラ、勇気を出してくれ。一緒に行こう」


 エラは恐れを感じながらも、頷いた。

「はい、王子様」


 マーサは彼らの背中を押すように言った。

「行きなさい。私も後で陛下にお話ししましょう」


 三人は書斎を後にした。オスカーとエラは王の謁見の間へ向かい、マーサは別の用事があると言って別れた。


 宮殿の廊下を歩きながら、エラの心は激しく鼓動していた。彼女は王に会ったことがなかった。そして今、ガラスの靴を履いたまま、王の前に立とうとしているのだ。


「怖がらないで」

 オスカーは彼女を励ました。

「私がついている」


 エラは感謝の眼差しを王子に向けた。

「王子様、どうしてそこまで私を……」


「不思議だろう?」

 オスカーは微笑んだ。

「私自身も完全には理解していない。だが、キミに会った瞬間から、何か特別なものを感じていた。だから靴を預けたんだ」


 彼らが謁見の間に近づくと、宮廷の人々が驚いた表情で二人を見つめた。王子と下働きの少女が並んで歩く光景は、前代未聞だった。


 大きな扉の前で、オスカーは一度立ち止まり、エラの肩に手を置いた。

「準備はいいか?」


 エラは深呼吸し、頷いた。

「はい」


 扉が開き、彼らは中に入った。


 広大な謁見の間の奥には、王が玉座に座っていた。

 彼の横にはヘレン女官長が立ち、何やら話し込んでいた。

 二人が入ってくると、王は顔を上げ、厳しい表情でオスカーを見つめた。


「息子よ」

 王の声は低く響いた。

「説明してもらおうか」


 オスカーは一礼し、エラも慌てて深く頭を下げた。


「父上」

 オスカーは落ち着いた声で言った。

「これは私の責任です。靴はこの娘に預けました。そして……」


 彼はエラの足元を指した。

「彼女に合ってしまったのです」


 王は驚いた表情を見せた。

「あの靴が?誰にも合わないはずの?」


「そうです」

 オスカーは頷いた。

「そして、これは偶然ではありません。母上の書斎で、私たちは何かを発見しました」


 彼はポケットから二つのリボンを取り出し、王に示した。


 王の表情が変わった。

「それは……」


「母のリボンです」

 オスカーは言った。

「そして、この娘が持っていた三つ目のリボン」


 王は玉座から立ち上がり、ゆっくりと二人に近づいた。

 彼は威厳ある男性で、グレーの髪と厳格な表情をしていたが、今はその目に驚きと懐かしさが混ざっていた。


「三つ目のリボン……」

 王は小さく呟いた。

「彼女の予言は本当だったのか」


「予言?」

 オスカーは驚いた。


「そうだ」

 王は二つのリボンをじっと見つめた。

「お前の母は臨終の際、私にこう言った。『五つのリボンが揃う日、忘れられた物語が蘇る。そして、王国に新たな希望が訪れる』と」


 彼は顔を上げ、エラをじっと見た。

「そして、お前は第三のリボンの持ち主か」


「は、はい、陛下」

 エラは震える声で答えた。

「老婆からいただいたものです」


「老婆?」

 王は眉を上げた。


「舞踏会の夜に、宮殿で出会った人です」

 エラは説明した。

「彼女は私にリボンをくれて、『物語を見に来た』と言っていました」


 王はオスカーを見つめた。

「息子よ、お前はこの娘を妃にしようというのか?」


 オスカーは迷うことなく答えた。

「はい、父上。彼女が靴に選ばれた以上、それが運命だと思います」


「しかし、彼女は平民だ」

 ヘレンが割り込んだ。

「王妃としての教養も、身分も持ち合わせていません」


「それはどうだろうか」

 静かな声が部屋の入り口から聞こえた。


 振り返ると、マーサが立っていた。彼女の隣には、エラが驚くべき人物がいた。

 彼女の継母だった。


「継母様?」

 エラは驚いて声を上げた。

「なぜここに?」


 継母は恐る恐る部屋に入ってきた。

 彼女は普段の高慢な態度とは打って変わって、今は不安げな表情を浮かべていた。


「陛下」

 マーサが言った。

「この方はエラの継母です。そして、彼女には言うべきことがあるようです」


 王は頷き、継母に語るよう促した。


 継母はエラに恐縮した様子で目を向け、それから王を見上げた。

「陛下、私は長年、真実を隠してきました」


 彼女は深く息を吸った。

「エラは……平民ではありません。彼女の父は、かつて王国の貴族、アルフレッド・ド・ヴェルモント伯爵でした」


 部屋中が静まり返った。


「ヴェルモント伯爵?」

 王が驚いて言った。

「十年前に領地の争いで亡くなったあの?」


「はい、陛下」

 継母は頷いた。

「私は彼の二番目の妻です。そして、彼の死後、借金を返すために領地を手放し、エラの貴族としての身分を隠したのです」


 エラは言葉を失った。

「父が……貴族だった?」


「そうよ」

 継母は初めて彼女をまっすぐに見た。

「あなたは正真正銘の貴族の娘。ヴェルモント伯爵家の最後の血筋よ」


「なぜ今まで黙っていたのですか?」

 エラの声は震えていた。


「恥ずかしかったの」

 継母は顔を伏せた。

「私の浪費が家を破滅させたこと、あなたから相続権を奪ったこと……」


 オスカーはエラの手を取った。

「これで問題は解決したな、父上」


 王は長い沈黙の後、頷いた。

「ヴェルモント家は古く尊い血筋だ。たとえ今は財産がなくとも、その血は尊重されるべきだろう」


 彼はエラに近づき、彼女の顔をじっと見つめた。

「そして、お前の目には、かつて私の友人だったアルフレッドの面影がある」


 エラは深く頭を下げた。

「陛下、私はただの……」


「もうただの下働きではない」

 王は静かに言った。

「お前はヴェルモント伯爵家の娘であり、そして五つのリボンの持ち主の一人だ」


 彼はオスカーに向き直った。

「息子よ、私はお前の選択を認めよう。だが、結婚の前に、残りのリボンを見つけ出し、忘れられた図書館の謎を解き明かすのだ」


 オスカーは喜びに満ちた表情で頷いた。

「ありがとうございます、父上」


 ヘレンは明らかに不満そうだったが、王の決断には逆らえなかった。

 彼女は冷たい視線をエラに投げかけ、静かに部屋を後にした。


「エラ・ド・ヴェルモント」

 王は厳かに言った。

「今日から、お前は王宮の賓客として扱われる。継母と義理の姉妹たちもここに迎え入れよう」


 エラは頭を下げた。

「ご厚意に感謝します、陛下」


 部屋を出ると、オスカーはエラの手を取った。

「驚いたか?」


「夢のようです」

 エラは呟いた。

「私が貴族の娘だなんて……そして、王子様の……」


 彼女は言葉に詰まった。


「物語は時に、最も予想外の展開を見せるものだ」

 オスカーは微笑んだ。

「だが、これはまだ始まりに過ぎない。残りのリボンを見つけ、図書館の秘密を解き明かさなければならない」


 エラは頷いた。

「そして、他のリボンの持ち主たちに会うのですね」


「ああ」

 オスカーは言った。

「彼らもまた、私たちと同じように運命に導かれているはずだ」


 夕暮れの光が宮殿の窓から差し込み、二人の姿を黄金色に照らしていた。

 物語は新たな章へと進み、エラの足元のガラスの靴は、まるでそれを祝福するかのように、柔らかな光を放っていた。


(つづく)

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