表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
忘れられた童話たちは、まだ終わっていない  作者: 水月 りか
第三章:落ちたのは、誰の靴!?
23/35

第3話「ガラスの靴との偶然の出会い」

 物語の小道具は時に、

 その持ち主を選ぶ。

 偶然を装った必然が、

 運命の糸を紡ぎ始める時、

 わたしはその結び目を記録する。


 ーーーーーーーーーーーーーーーー


 朝の光がエラの部屋に差し込んだとき、彼女はすでに目を覚ましていた。

 実際、彼女はほとんど眠れなかった。

 昨夜、王子から預かったガラスの靴のことが頭から離れなかったのだ。


 彼女はベッドの下から箱を取り出し、慎重に開けた。

 朝日に照らされたガラスの靴は、さらに美しく輝いていた。

「なぜ王子様はこれを私に預けたのだろう?」


 考えても答えは出ない。

 彼女は靴をそっと箱に戻し、ベッドの下に隠した。

 そして急いで着替え、仕事に向かった。


 宮殿は今朝も慌ただしかった。

 しかし、それは舞踏会の準備ではなく、王子の「特別な発表」に関するものだった。


「何を発表するのかしら?」

「花嫁を選ぶのでしょうか?」

「でも昨夜は誰も選ばなかったわ」


 宮殿中がそんな噂話で持ちきりだった。


 エラは厨房で黙々と仕事をしていた。

 他の下働きたちが噂話に花を咲かせる中、彼女だけが真実を知っていた。

 しかし、その事実を口にすることはできない。


「エラ」


 振り返ると、ヘレン女官長が立っていた。

「はい?」

 エラは緊張して応えた。


「これを謁見の間に運びなさい」

 ヘレンは銀の盆を彼女に渡した。

「国王と王子様のための飲み物よ」


 エラは頷き、盆を受け取った。

 心臓が早く鼓動し始めた。王子に会うことになるのだ。


 謁見の間に向かう途中、彼女は自分の落ち着きのなさに驚いた。

 昨日までは王子など遠い存在だったのに、今は彼の秘密を共有している。

 そのことが彼女の心を乱していた。


 謁見の間の扉の前で、エラは深呼吸をした。

 そして静かにノックをした。


「入りなさい」

 中から声がした。


 彼女が扉を開けると、国王と王子が机を挟んで向かい合っていた。

 二人は何やら真剣な話し合いをしているようだった。


「失礼します」

 エラは頭を下げ、盆を持って入った。


 オスカー王子は彼女を見ると、わずかに表情を和らげた。

「ありがとう、エラ」


 エラは盆をテーブルに置き、一礼した。

「他に何かご用はございますか?」


「今のところは大丈夫だ」

 国王が言った。

「下がりなさい」


 エラは再び頭を下げ、部屋を出ようとした。

 そのとき、オスカーが声をかけた。


「待て」


 彼女は足を止めた。


「父上」

 オスカーは国王に向かって言った。

「私が計画している靴の試練について、宮殿の女性たちにも参加してもらいたいのです。身分に関わらず」


 国王は眉をひそめた。

「宮殿の使用人たちまで?それは不必要ではないか」


「いいえ」

 オスカーは静かに、しかし断固とした調子で言った。「本当に私に相応しい妃を見つけたいのなら、身分に囚われるべきではありません」


 国王はしばらく考え込み、やがて渋々頷いた。

「いいだろう。お前の望む通りにせよ」


 オスカーは微笑み、エラに目配せした。

「ありがとう、父上」


 エラは動揺を隠し、静かに部屋を出た。

 廊下に出ると、彼女は壁に寄りかかり、動悸を静めた。

「王子様は……私にも靴を試してほしいと?」


 その考えに、彼女は頭を振った。

「違う、それは単なる時間稼ぎだ。彼は本当に愛せる人を探しているのだから」


 しかし、心の片隅では、不思議な期待感が芽生えていた。


 正午が近づき、宮殿中の人々が謁見の間に集まり始めた。

 貴族たち、宮殿の役人たち、そして数人の使用人代表も呼ばれた。


 エラは厨房スタッフの一人として、部屋の隅に立つことになった。

 彼女は緊張で手が震えるのを感じた。

 ポケットには、老婆からもらった赤いリボンが入っていた。

 何故か、それが彼女に勇気を与えるように思えた。


「みなさま、ご静粛に」

 侍従長が声を上げた。

「国王陛下と王子殿下のご入場です」


 扉が開き、国王とオスカー王子が入ってきた。

 二人は威厳に満ちた足取りで玉座に向かった。


 国王が席に着くと、オスカーは一歩前に出た。

「親愛なる臣民のみなさま」

 彼は声高に言った。

「私は花嫁選びについて、重要な発表があります」


 部屋中が静まり返った。

 貴族の娘たちは期待に胸を膨らませ、互いに視線を交わした。


「私は慎重に考え抜いた結果、特別な試練を設けることにしました」

 オスカーは続けた。

「それは、この靴を履くことができる女性を私の妃にするというものです」


 侍従が小さな箱を持って前に出た。

 彼が箱を開けると、ガラスの靴が姿を現した。

 部屋中からどよめきが起こった。


「なんと美しい靴!」

「まるで水晶でできているようだわ!」

「あれを履ける人がいるのかしら?」


 エラは息を呑んだ。

 その靴は昨夜、王子から預かったものと同じだった。

 いや、同じように見えるだけで、実は別物かもしれない。

 彼女には判断できなかった。


「この靴は特別な職人が作ったもので、世界に二つとありません」

 オスカーは説明した。

「明日から、私は王国中の女性たちに、この靴を試していただきます。身分に関係なく、すべての女性に機会があります」


 貴族たちからは不満の声が上がったが、国王が手を上げると静まった。


「我が息子の決断を尊重せよ」

 国王は言った。

「明日から靴の試着が始まる。まずは宮殿内から」


 オスカーは微笑んだ。

「準備ができ次第、各家庭を訪問させていただきます。どうか、ご協力をお願いします」


 式典は終わり、人々は議論しながら退出していった。

 貴族の娘たちは自信満々な表情で、自分たちの足のサイズについて話していた。


 エラは静かに自分の持ち場に戻ろうとした。

 しかし、廊下でヘレン女官長に呼び止められた。


「エラ、少しよろしいかしら」


「はい」

 エラは緊張しながら彼女について行った。


 ヘレンは小さな部屋に彼女を招き入れ、扉を閉めた。

「あなた、昨夜から何か隠していませんか?」


 エラは息を飲んだ。

「い、いいえ。何もありません」


「本当に?」

 ヘレンは鋭い目で彼女を見た。

「王子様が突然、身分に関係なく妃を選ぶと言い出したのは奇妙ではありませんか?」


 エラは黙っていた。


「あなたと王子様の間に、何かあったのでしょう」

 ヘレンは続けた。

「警告しておきます。分不相応な夢を見ないことです」


「はい」

 エラは小さく答えた。

「私は下働きです。それ以上でも以下でもありません」


 ヘレンはしばらく彼女を観察し、やがて頷いた。

「賢明な考えです。では、仕事に戻りなさい」


 解放されたエラは急いで厨房に戻った。

 彼女の心は騒がしかった。

 王子の行動は明らかに彼女と関係があったが、それがどういう意味を持つのか、彼女には分からなかった。


 午後の仕事を終え、エラは自分の部屋に戻った。

 彼女は約束の時間、王子と同じ場所で会う予定だった。


 彼女はベッドの下から箱を取り出し、ガラスの靴を確認した。

 本物のガラスの靴は彼女が持っている。

 王子が見せたのは、おそらく複製か何かだろう。


「でも、なぜ?」


 この疑問に答えを見つけるため、彼女は約束の時間に控室へと向かった。

 宮殿は夕食の準備で忙しく、誰も彼女に気づかなかった。


 控室に着くと、扉は少し開いていた。

 彼女は軽くノックし、中を覗いた。


「入りなさい、エラ」

 オスカーの声がした。


 中に入ると、王子は窓辺に立っていた。

 公式の場での威厳ある姿とは違い、今のオスカーはより人間らしく、どこか疲れた表情を見せていた。


「来てくれてありがとう」

 彼は微笑んだ。


「王子様」

 エラは頭を下げた。

「あの靴は……」


「複製だよ」

 オスカーはすぐに答えた。

「本物はキミが持っている」


「でも、なぜ私に?」


 オスカーは窓際から離れ、彼女に近づいた。

「その理由は、まだ完全には説明できない」

 彼は言った。

「ただ、キミを信頼できると感じたんだ」


 エラは戸惑った。

「でも、私たちはほとんど知り合ったばかりです」


「それでも」

 オスカーは真剣な表情で言った。

「私は感じるんだ。キミが特別な存在だと」


 エラは赤面した。

「私はただの下働きです。特別なところなど何もありません」


「いや」

 オスカーは首を振った。

「身分は関係ない。私は本当の人間を見ているんだ」


 彼は少し間を置き、続けた。

「エラ、明日から靴の試着が始まる。私は王国中を回って、この靴を履ける人を探す演技をする」


「演技?」


「そう」

 オスカーは頷いた。

「本当の靴はキミが持っている。だから、誰も履くことはできない」


「でも、目的は?」


「時間稼ぎだ」

 オスカーは説明した。

「私は政略結婚を強いられている。だが、本当に愛せる人を見つけたい。この試練によって、少なくとも数週間は時間が得られる」


 エラは黙って聞いていた。

 オスカーの気持ちは理解できた。彼もまた、自分の人生を自分で決めたいと願っているのだ。


「明日、宮殿の女性たちにも靴を試してもらう」

 オスカーは言った。

「もちろん、キミにも」


「私にも?」

 エラは驚いた。


「もちろん」

 オスカーは微笑んだ。

「しかし心配しないで。誰も履けないように作られた靴だから」


 エラは少し安心した。

 彼女は王子の妃になるような夢は持っていなかった。

 それは彼女の世界ではあり得ないことだった。


「では、靴はまだ私が持っていればいいのですか?」彼女は尋ねた。


「ああ」

 オスカーは頷いた。

「安全な場所に隠しておいてくれ。そして……」


 彼の言葉は中断された。廊下から足音が聞こえてきたのだ。


「誰かが来る」

 オスカーは急いで言った。

「明日また話そう」


 エラは急いで部屋を出た。

 廊下を曲がったところで、彼女は侍従長とすれ違った。

 侍従長は彼女を怪訝な表情で見たが、何も言わなかった。


 彼女は自分の部屋に戻り、扉を閉めた。

 ポケットから赤いリボンを取り出し、窓際で見つめた。

「図書館へ」の文字が月明かりに照らされて浮かび上がる。


「図書館と靴……何か関係があるのかしら」


 彼女はベッドの下から靴の箱を取り出し、リボンと並べて置いた。

 すると、不思議なことに、リボンが淡く光り始めた。

 靴も同様に、かすかな光を放っていた。


「これは……」


 エラは驚いて二つのものを近づけた。

 光はさらに強くなり、リボンの「図書館へ」の文字がより鮮明になった。


「この靴は単なる試練のためだけではない」

 彼女は思った。

「もっと大きな意味がある」


 ノックの音に、彼女は慌てて靴とリボンを隠した。

「誰?」


「エラ、私よ」

 それは同じ階で働く少女、ルーシーの声だった。


 エラが扉を開けると、ルーシーは興奮した様子で言った。

「聞いた?明日、私たちも靴を試せるのよ!」


「ええ、聞いたわ」

 エラは落ち着いた声で答えた。


「私、絶対に試してみるわ」

 ルーシーは夢見るような目で言った。

「王子様の妃になれるなんて、想像できる?」


 エラは微笑んだ。

「素敵な夢ね」


「あなたも試すでしょ?」

 ルーシーが尋ねた。


「ええ、多分」

 エラは曖昧に答えた。


 ルーシーが去った後、エラは再び一人になった。

 彼女は窓から夜空を見上げた。

 明日、何が起きるのか。

 運命の糸が少しずつ絡み合い、新たな物語を紡ぎ始めていた。


(つづく)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ