表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
忘れられた童話たちは、まだ終わっていない  作者: 水月 りか
第二章:泡にならなかった人魚姫
19/35

第5話「魔女の弟子」

 物語の隠された部分には、

 多くの真実が眠っている。

 主役ではない者たちの物語もまた、

 命を持ち、息づいている。

 わたしはその息吹を記録する。


 ーーーーーーーーーーーーーーーー


 夜の闇の中、五人の旅人たちはシーシェル港を後にしていた。

 月明かりだけを頼りに、彼らは森への道を急ぐ。

 何度か振り返ったが、追っ手の気配はなかった。


「このまま朝まで歩き続けるのか?」

 ティモシーが小声で尋ねた。


「いや」

 ハインリヒは首を振った。

「町から十分離れたら休もう。完全に夜行性の生き物でもない限り、暗闇の中を進むのは危険だ」


 彼らは約二時間歩き続け、小さな丘の陰に野営地を設けた。

 火を起こすのは控え、簡素な食事を取った後、交代で見張りをすることにした。


 グレイは最初の見張り番となり、暗闇の中で星を見上げていた。

 ポケットのリボンを取り出し、月明かりに透かしてみる。

「図書館へ」の文字は、かすかに銀色に光っていた。


 そのとき、リボンが突然強く光り始めた。

「なんだ?」

 グレイは驚いて立ち上がった。


 リボンの光は波打つように揺れ、まるで何かを伝えようとしているかのようだった。

 直感的に、グレイはポケットから記録帳を取り出し、空白のページにリボンを置いた。


 すると、リボンの光が記録帳に広がり、ページに文字が浮かび上がり始めた。


「海の底から、あなたへ」


 それはマリナからのメッセージだった。

 グレイは驚きながらも、続きを読んだ。


「リボンは私たちを繋ぐ糸。この方法で連絡できることを願っています。

 あなたたちは無事に陸地に着いたようですね。良かった。

 魔女から聞いた話があります。三つ目のリボンの持ち主について。

 彼女もまた、自分の物語を探しています。靴を履いた少女、でも本当のシンデレラではない者。

 しかし、影の書き手たちも彼女を追っています。

 気をつけて。彼らはあなたたちの動きを知っています。

 迷いの森では、自分の心に忠実に。物語の幻影に惑わされないで。

 また連絡します。—マリナ」


 メッセージを読み終えると、文字は徐々に消え、リボンの光も弱まっていった。

 グレイは驚きのあまり、しばらく動けなかった。


「何かあった?」

 振り返ると、ラプンツェルが起きて彼の方を見ていた。

「あの光……」


 グレイは彼女に起きたことを説明した。

「マリナからのメッセージだったんだ。リボンを使って」


「すごい……リボンはそんな事もできるの!?」

 ラプンツェルは感嘆した。

「私たちのリボンも同じことができるのかしら?」


「試してみよう」


 彼らは二つのリボンを並べ、何か反応がないか見守った。

 しかし、特に変化はなかった。


「おそらく、マリナは魔女から特別な魔法を教わったのだろう」

 グレイは言った。

「私たちにはまだその方法が分からない」


 彼らはマリナのメッセージについて話し合った。

「三つ目のリボンの持ち主……靴を履いた少女、でも本当のシンデレラではない」

 ラプンツェルは繰り返した。

「どういう意味だろう?」


「本来のシンデレラの物語が変わってしまったということかもしれない」

 グレイは推測した。

「エレナさんも言っていたね。王子がガラスの靴の持ち主を探しているが、シンデレラは見つからないと」


「物語が書き換えられた……」

 ラプンツェルはつぶやいた。

「私たちの物語と同じように」


 見張りの交代時間になり、ラプンツェルが次の番を引き受けた。

 グレイは横になったが、なかなか眠れなかった。

 マリナの警告と、シーシェル港で見た不審な少女と男の姿が頭から離れなかった。


 翌朝、彼らは早くに出発した。

 朝日が昇り始め、道はより明確に見えるようになった。

 彼らの前方には、うっすらと森の輪郭が見え始めていた。


「あれが迷いの森か?」

 エルザが遠くを指さした。


「いや、まだ手前の雑木林だ」

 ハインリヒは地図を確認した。

「迷いの森は今日一日歩いても、やっと入り口に着くくらいだ」


 朝食をとりながら、グレイは昨夜のマリナからのメッセージを全員に伝えた。

「私たちが監視されているというのは事実のようだ」

 彼は言った。

「そして三つ目のリボンは、靴を履いた少女、本当のシンデレラではない者が持っているらしい」


「ますます複雑になってきたな」

 ティモシーが言った。

「私たちの物語が変わっただけでなく、シンデレラの物語も変わっているなんて」


「世界中の物語が書き換えられているのかもしれない」

 ハインリヒは重々しく言った。

「影の書き手たちの狙いは何なんだろう?」


 それは誰にも分からなかった。


 彼らは再び歩き始めた。道は次第に険しくなり、時に小川を渡ったり、岩場を登ったりする必要があった。

 しかし、昨日の追っ手の心配はなくなり、少し気持ちが軽くなっていた。


 昼過ぎ、彼らは小さな湖のほとりで休憩することにした。

 澄んだ水面は鏡のように周囲の景色を映し出している。


 グレイは湖に近づき、水面を覗き込んだ。

 自分の姿が映っているはずだったが、彼が見たのは少し違う姿だった。

 より狼に近い、元の姿だった。


「何だ……?」

 彼は驚いて後ずさりした。


「どうしたの?」

 ラプンツェルが彼に近づいた。


「水面に……」

 グレイは再び湖を覗き込んだが、今度は通常の自分の姿が映っていた。

「いや、気のせいだったみたいだ」


 ラプンツェルは不思議そうな顔をしたが、彼女も湖を覗き込んだ。

 そして、彼女も驚いた様子で飛び退いた。


「何を見た?」

 グレイが尋ねた。


「塔の中にいた頃の私……」

 彼女は震える声で言った。

「髪が切れないほど長くて……」


 エルザも湖を覗き、同様に驚いた表情を見せた。

「これは通常の湖ではないわ」

 彼女は言った。

「物語の力を持つ水だわ」


 彼らは全員、湖を覗いた。それぞれが自分の過去の姿、物語の中での姿を見たという。

「迷いの森の影響かもしれないな」

 ハインリヒが言った。

「近づくにつれ、物語の力が強まっているんだろう」


 彼らは湖から離れることにした。

 しかし、グレイは一人、少し離れたところから再び湖を見つめていた。

 水面には今、別の光景が映っていた。

 海の底の景色。そして一人の人魚—マリナ—が何かに追われているようだった。


「マリナ?」

 グレイは思わず湖に駆け寄った。


 水面の映像は鮮明になった。

 マリナは確かに逃げていた。彼女を追っているのは、黒い影のような存在たち。ガラスの山で見たものと同じような。

 影の書き手の手下だろうか。


「みんな、こっちだ!」

 グレイは仲間たちを呼んだ。


 全員が湖に集まり、水面に映る光景を見た。

「これは現在起きていることなの?」

 ラプンツェルが驚いて尋ねた。


「分からない」

 グレイは答えた。

「でも、マリナが危険にさらされているのは確かだ」


 映像の中で、マリナは海底の洞窟に逃げ込んだ。

 影たちは入り口で立ち止まり、まるで中に入れないかのように躊躇していた。


「あれは魔女の洞窟だな」

 エルザが言った。

「影の者たちは強力な魔法に守られた場所には入れないんだわ」


 洞窟の中で、マリナは年老いた女性—おそらく海の魔女—と話し始めた。

 二人の会話は聞こえなかったが、緊迫した様子だったことは伝わってきた。


 魔女は何かの儀式を始めたようだった。

 海の植物や貝殻、小さな瓶を使って、彼女は複雑な動きを見せていた。

 マリナもそれを手伝い、二人で魔法の円を作り上げる。


「彼女たちは何をしているんだ?」

 ティモシーが困惑した様子で尋ねた。


「防御魔法を強化しているのかもしれない」

 ハインリヒが推測した。

「影の者たちから身を守るために」


 しかし、儀式は防御だけが目的ではないようだった。

 魔女は大きな貝殻を取り出し、その中に何かを入れた。

 マリナは自分のリボン—グレイのものと同じ赤いリボン—を取り出し、それも貝殻に入れた。


「彼女のリボンを使って何かをしているわ」

 ラプンツェルが言った。


 魔女が呪文を唱え、貝殻が輝き始めた。

 マリナも何かを言い、手を貝殻の上に置いた。

 二人の間で光が広がり、貝殻はさらに明るく輝いた。


 そして突然、湖の水面が波打ち、映像が揺れ始めた。

「何が起きている?」

 エルザが驚いて言った。


 水面から光が湧き上がり、彼らの前に球体のような形を作り始めた。

 水でできた球体は、徐々に形を変え、人の姿になっていった。

 長い髪、魚のような下半身—それはマリナの姿だった。

 しかし実体はなく、水と光でできた投影のようだった。


「グレイ……みんな……」

 マリナの声が聞こえた。空気を通してではなく、直接心に響くような声だった。


「マリナ?」

 グレイは驚いて一歩前に出た。

「どうやって……」


「時間がないの」

 マリナの投影は急いで言った。

「影の書き手たちが攻撃を強めているわ。海の世界だけじゃなく、すべての物語の世界で」


「いったい何が起きているっていうの?」

 ラプンツェルが尋ねた。


「彼らは物語の力を奪おうとしているの」

 マリナは説明した。

「物語が持つ魔法、人々の心を動かす力を。そして彼らはリボンの持ち主たちを追っているわ」


「どうして?」

 グレイが聞いた。


「リボンには特別な力があるから」

 マリナの声は次第に弱まっていった。

「五つ揃えば、すべての物語を元に戻す力が…」


 投影が揺らぎ始め、マリナの姿がぼやけてきた。

「魔女から聞いたことを伝えなきゃ」

 彼女は急いで言った。

「三つ目のリボンの持ち主は、ガラスの靴を偶然履いてしまった少女。舞踏会の片隅で働いていた見習いの子よ」


「彼女はどこにいるの?」


「クリスタル王国の……」

 マリナの声は途切れ途切れになった。

「……宮殿の……下働き……として……」


「マリナ!」

 グレイは叫んだが、投影はさらに薄くなっていった。


「気をつけて……迷いの森では……自分の記憶を……守って……」


 そして投影は完全に消え、湖の水面は元の静けさを取り戻した。


 五人は茫然と立ち尽くしていた。

「今のは……一体……」

 ティモシーが言葉を失った。


「マリナは私たちに警告を送ったんだ」

 グレイは言った。

「彼女と魔女は危険な状況にある。そして私たちも」


「三つ目のリボンの持ち主がクリスタル王国の宮殿にいるって言っていたわね」

 エルザが言った。

「下働きとして」


「舞踏会の片隅で働いていた見習いの子……」

 ハインリヒが繰り返した。

「本当のシンデレラではないけど、偶然ガラスの靴を履いてしまった少女……」


「物語が変わってしまったのね」

 ラプンツェルがつぶやいた。

「シンデレラの役割を別の誰かが……」


 彼らは湖を後にし、再び歩き始めた。

 今度は足早に、より緊張感を持って。

 マリナの警告は彼らの旅に新たな急迫感をもたらした。


 午後も遅くなり、彼らは迷いの森の手前まで来ていた。

 遠くに見える森は、他の森とは明らかに違っていた。

 木々は異様に高く、あり得ないほど巨大。その上、森全体が薄い霧に覆われていた。


「あれが迷いの森か……」

 グレイは言った。


「今日はここで野営しよう」

 ハインリヒが提案した。

「森に入るのは明日の朝にした方がいい」


 全員が同意し、森の手前の開けた場所に宿営を設けた。

 今夜は火を起こし、温かい食事を作ることにした。

 明日からの試練に備え、体力を回復させる必要があったからだ。


 食事の準備をしながら、彼らはマリナから得た情報について話し合った。

「影の書き手たちは物語の力を奪おうとしている」

 グレイは言った。

「でも、なぜだろう?」


「力のためさ」

 ティモシーが言った。

「物語には人の心を動かす力がある。それを支配すれば……」


「世界を支配できる」

 ハインリヒが重々しく言った。


 火が暖かく燃え、夜の冷気を払っていた。

 明日、彼らは迷いの森に入る。

 そこには多くの危険が待ち受けているはずだ。


 グレイはポケットから赤いリボンを取り出し、火の光に照らしてみた。

「図書館へ」の文字は、いつもより鮮明に見えた。


「待っていてくれ」

 彼は心の中で呟いた。

「赤ずきん、三つ目のリボンの持ち主……すべての答えを見つけるから」


 夜空には無数の星が輝き、彼らの旅路を見守っていた。


(つづく)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ