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忘れられた童話たちは、まだ終わっていない  作者: 水月 りか
第一章:赤ずきんのいない森
14/35

第14話「新たな旅の始まり」

 物語の終わりは、新たな物語の始まり。

 章が閉じれば、次の章が開かれる。

 旅人たちは自分の物語を紡ぎながら、前へ進む。

 わたしは見届ける。すべての物語の交わりを。


 ーーーーーーーーーーーーーーーー


 眠りの谷を抜け、歌う海を前にした旅人たちは、しばし立ち尽くして美しい景色を堪能していた。

 青く輝く波は、岸に打ち寄せるたびに美しい音色を奏でる。

 まるで海そのものが歌を歌っているかのようだった。


「歌う海…名前の通りだな」グレイは感嘆した。


「この海の歌には魔法があるんだ」

 ハインリヒが説明した。


「聞いていると心が清められ、迷いが晴れるという」


 彼らは丘を下り、海岸線に出た。

 砂浜は通常の砂ではなく、細かな結晶で覆われていた。

 それが波に洗われるたび、音楽の一部となって響き渡る。


「どの方向に行けばヴォーカル湾に着くんだろう?」

 ラプンツェルが尋ねた。


 ハインリヒは地図を広げた。

「西に進めばいい。海岸線に沿って半日も歩けば到着するはずだ」


 彼らは西へと向かい始めた。

 海の歌に癒されながら、眠りの谷での疲れを忘れていく。

 波の音が不思議と活力を与えてくれるようだった。


「そういえば」

エルザが歩きながら言った。


「皆さんはどうして図書館を探しているんですか?」


 皆、少し黙り込んだ。

 それぞれに個人的な理由があるようだった。


「私は…自分の物語がどうして途中で終わってしまったのかを知りたいんです」


 ラプンツェルが最初に口を開いた。


「私の塔が突然消え、物語の結末を迎えられなかった。それがなぜなのか」


「私も似たようなものだ」


 ハインリヒが頷いた。


「『月への旅人』の物語の中で、私は月に向かう途中だった。しかし突然、月が物語から消えてしまったんだ。行き場を失った私は、物語の外へと出てきた」


「私の物語は『親指小僧』だった」


 ティモシーが言った。


「でも、物語の中では私はずっと小さいまま。しかし、ある日突然、私は成長し始めた。物語の法則が崩れたんだ。私は知りたい…なぜ物語が変わったのか」


「私は『氷の心』の物語から来ました」


 エルザは静かに語った。


「心が氷で覆われた少女の話。しかし、私を救うはずの熱い愛の言葉が消えてしまった。私の氷は溶けず、物語は進まなくなった」


 皆、自分の物語に何かの異変があり、それがきっかけで物語の外に出てきたのだった。


「グレイは?」


 ティモシーが尋ねた。


「赤ずきんを探しているんだよね?」


「ああ」


 グレイは頷いた。


「僕の物語では、赤ずきんが突然森に来なくなった。おばあさんの家は空き家になり…物語が続かなくなったんだ」


 彼はポケットから赤いリボンを取り出した。


「これにはこう刺繍されている。『図書館へ』。僕はそれを頼りに旅をしている」


「僕たちはみんな、影の書き手たちによって物語を乱された者たちなんだな」


 ハインリヒが言った。


「そして、図書館には答えがあるはずだ」


 ティモシーが付け加えた。


 彼らは同じ目的を持つ仲間として、より強い絆を感じ始めていた。


 海岸線を歩き続けると、やがて遠くに町の輪郭が見えてきた。

 港から伸びる桟橋、停泊する船、高い灯台。

 それがヴォーカル湾の港町だった。


「あそこだ」


 ハインリヒが指さした。


「ヴォーカル湾」


 太陽は西に傾き始め、町は夕日に照らされて黄金色に輝いていた。


「今日中に着ければ、明日には船を探せるだろう」


 エルザが言った。


 彼らは足を速め、日没前に町へと到着した。


 ヴォーカル湾は活気に満ちた港町だった。

 通りには商人や船乗りが行き交い、市場では色とりどりの商品が売られている。

 海の幸を焼く屋台からは美味しそうな香りが漂い、酒場からは陽気な音楽が聞こえていた。


「まずは宿を探そう」


 ハインリヒが提案した。


 彼らは町の中心部を歩き、「人魚の休息」という名の宿を見つけた。

 外観は質素だが、清潔そうで、料金も手頃だった。


 フロントの女性は彼らを暖かく迎えた。


「旅人さんたちですね。お部屋は十分あります」


 彼らは二人一部屋で宿を取り、グレイとティモシー、ラプンツェルとエルザ、そしてハインリヒは一人部屋となった。


 荷物を置き、身支度を整えた後、彼らは宿の食堂に集まった。

 夕食を取りながら、次の行動について話し合う。


「歌う海を渡るには船が必要だ」


 ハインリヒが言った。


「明日、港で聞いてみよう」


「費用はどうする?」


 エルザが心配そうに尋ねた。


 確かに、船を雇うには相当なお金がかかるだろう。

 彼らの持ち金を集めても、十分ではないかもしれなかった。


「何か仕事を見つけるか…」


 ティモシーが考え込んだ。


「私には別の案があります」


 ラプンツェルが言った。


「私の髪は、物語の外ではもう魔法の力はありませんが、それでも美しいと言われます。少し切って売れば…」


「それは最後の手段にしよう」


 グレイが遮った。


「まずは港で状況を確認してみてから決めよう」


 皆が同意し、話題は別のことに移った。


 食事の後、ハインリヒ、ティモシー、エルザは早々に休むために部屋に戻った。

 眠りの谷での冒険で、皆疲れていたのだ。


 グレイは一人、宿の小さなバルコニーに立ち、海を眺めていた。

 月明かりに照らされた歌う海は、銀色に輝いていた。

 波の音は夜になっても美しい旋律を奏でている。


「ここまで来たか…」


 彼は呟いた。


 ポケットから赤いリボンを取り出し、月明かりに透かして見る。

「図書館へ」の文字は、彼の旅の目的を再確認させた。


 バルコニーのドアが開き、ラプンツェルが現れた。


「まだ起きていたんですね」


「ああ」


 グレイは微笑んだ。


「色々と考えていたんだ」


「物語のこと?」


「うん」


 彼は頷いた。


「森にいた頃は、自分が物語の一部だとは思っていなかった。ただ、それが日常だった。でも今は…」


「今は自分が物語を作っている」


 ラプンツェルが言葉を続けた。


「そうだね」


 グレイは同意した。


「不思議な感覚だ」


 二人は静かに海を眺めた。


「明日からの旅も、きっと大変だろうね」


 ラプンツェルが言った。


「ああ」


 グレイは頷いた。


「でも、一人じゃない。それだけで心強い」


 彼女は微笑み、そして真剣な表情になった。


「グレイ、あなたが赤ずきんを見つけたら、何を言うつもり?」


 グレイはその質問に少し驚いた。


「まだ…考えてなかった」


 彼は空を見上げ、考え込んだ。


「謝りたい。そして、理解したいんだ。なぜ彼女が森に来なくなったのか。本当の物語はどうだったのか」


「謝る?」


 ラプンツェルは不思議そうに尋ねた。


「でも、あなたは物語の通りに行動しただけでしょう?」


「それでも」


 グレイは静かに言った。


「物語の中では、僕は彼女を怖がらせ、おばあさんを騙し、二人を食べようとした。役割とはいえ、それは…」


 彼は言葉を切った。


「分からないんだ。僕たちの物語は本当はどうだったのか。だからこそ、図書館へ行きたい」


 ラプンツェルは理解を示し、彼の肩に手を置いた。


「きっと見つかりますよ。真実も、赤ずきんも」


 グレイは感謝の意を示し、二人は静かな夜の港町を見下ろした。


 翌朝、彼らは早くに目を覚まし、朝食を共にした。

 そして港へと向かい、船を探し始めた。


 港は朝から活気に満ちていた。

 荷物の積み下ろしをする作業員、魚を売る漁師たち、出航準備をする船乗り。

 彼らは港の事務所に向かい、歌う海を渡れる船について尋ねた。


「歌う海を渡るのは簡単なことではない」


 港の管理人は言った。


「普通の船では耐えられないんだ。歌の魔法に船が共鳴して、砕けてしまうことがある」


「では、どうすれば?」


 ハインリヒが尋ねた。


「特別な船が必要だ。『歌う木』で作られた船だけが安全に渡れる」


「そんな船はどこで見つかるんですか?」


 グレイが聞いた。


「運が良ければ、ここの港にも停泊しているかもしれない」


 管理人は答えた。


「桟橋を回って、船主に直接聞いてみるといい」


 彼らは礼を言い、桟橋を回り始めた。

 多くの船を見て回ったが、「歌う木」で作られた船は見つからなかった。


 午後になり、彼らは港の酒場で休憩していた。


「見つからないな…」


 ティモシーが嘆いた。


「もう少し探してみよう」


 エルザが励ました。


「きっとどこかに」


 そのとき、隣のテーブルの老船乗りが話しかけてきた。


「歌う木の船を探しているのかい?」


 彼らは驚いて振り返った。


「はい、そうです」


 グレイが答えた。


「ご存知ですか?」


「私の友人が一隻持っているよ」


 老船乗りは言った。


「明日、このあたりに来るはずだ」


「本当ですか?」


 ラプンツェルの目が輝いた。


「ああ」


 老船乗りは頷いた。


「ただし、彼は誰でも乗せるわけじゃない。目的次第だよ」


「私たちは図書館を目指しています」


 グレイは率直に言った。


 老船乗りの表情が変わった。


「図書館…」


 彼は小声で言った。


「それなら、彼は協力するかもしれない。彼自身も、かつては図書館を探していた者だからな」


「教えてください」


 ハインリヒが頼んだ。


「その方のお名前と、どこで会えるか」


「名前はジェイムズ。明日の正午、東の桟橋に彼の船『詩人の夢』が停泊する」


 老船乗りは言った。


「私からの紹介だと伝えるといい。オスカーからだとね」


 彼らは感謝の意を伝え、老船乗り・オスカーにお礼の飲み物を買った。


「これは幸運だった」


 ティモシーが言った。


「明日、船に乗れるかもしれない」


「でも、費用はどうする?」


 エルザが再び心配した。


「それは明日、ジェイムズさんと交渉してみよう」


 ハインリヒが提案した。


「もしかしたら、物談にできるかもしれない」


 希望を胸に、彼らは宿に戻った。

 明日に備えて、荷物の整理と休息が必要だった。


 その夜、グレイは再び宿のバルコニーに立っていた。

 明日、彼らは歌う海を渡り、さらに図書館へと近づく。

 迷いの森の先には、すべての答えがあるかもしれない。


「赤ずきん…」


 彼は星空に向かって呟いた。


「もうすぐ会えるだろうか」


 彼の心は期待と不安で揺れていた。

 旅は順調に進んでいたが、まだ多くの謎が残されていた。

 影の書き手たちの目的、物語が変わる理由、そして赤ずきんの行方。


 記録帳を取り出し、彼は今日の出来事を書き留めた。

 ヴォーカル湾での発見、老船乗りとの出会い、そして明日の計画。

 記録帳はすでに多くのページが埋まっていた。

 彼自身の物語が、ここに記されているのだ。


 就寝前、グレイはしばらくティモシーと話していた。


「不思議だよね」


 ティモシーが言った。


「僕たちはみんな違う物語から来たのに、同じ道を進んでいる」


「ああ」


 グレイは同意した。


「まるで新しい物語が始まっているみたいだ」


「そうだよ」


 ティモシーは微笑んだ。


「そして今回は、僕たちが主人公なんだ」


 その言葉に、グレイは深く頷いた。

 確かに、彼はもはや「悪い狼」ではない。

 自分の意志で行動し、自分の物語を紡いでいる主人公なのだ。


 眠りにつく前、彼は赤いリボンを枕元に置いた。


「明日も、よろしく頼むよ」彼はリボンに語りかけた。


 彼の意識が眠りに落ちていく中、リボンがかすかに光ったように見えた。

 そして夢の中で、彼は再び赤い頭巾の少女を見た。


 少女は彼に背を向け、何かを探しているようだった。

 彼が声をかけると、少女は振り返った。

 顔は霧のようにぼやけているが、彼女が微笑んでいるのが分かった。


「グレイ…」


 彼の名を呼ぶ声が聞こえた気がした。


「赤ずきん?」


 彼は問いかけた。


 少女は何も答えず、ただ手を差し伸べた。

 その手には、彼が持つものと同じ赤いリボンが握られていた。


「待っていてくれ」


 彼は夢の中で言った。


「必ず見つけるから」


 朝の光が窓から差し込み、グレイは目を覚ました。

 夢の記憶は鮮明に残っていた。

 それは単なる夢ではなく、何かメッセージのように思えた。


 彼は深呼吸し、新しい一日に向けて心を整えた。

 今日、彼らは歌う海を渡る。

 そして、さらに図書館へと近づく。


 旅の第一章が終わり、新たな章が始まろうとしていた。

 グレイ—かつての狼—の物語は、まだ始まったばかりだった。


「行くぞ、赤ずきん」


 彼は決意を新たにした。


「どこにいても、必ず見つける」


(第1章 おわり)

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