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忘れられた童話たちは、まだ終わっていない  作者: 水月 りか
第一章:赤ずきんのいない森
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第11話「山頂の守護者」

「どのくらい続くのですか?」


「早ければ数時間、長ければ一日以上」


 老人は首を振った。


「今回はどうなるか…」


 グレイとラプンツェルは窓辺に座り、外の様子を見守った。結晶の嵐は美しくもあり、恐ろしくもあった。


「なぜ物語を探しているんですか?」

 ラプンツェルが静かに尋ねた。


 グレイは少し考え、答えた。

「赤ずきんを見つけるためだ。そして…本当の物語を知るために」


「本当の物語…」


 彼女は繰り返した。


「それは大切なことですね」


「君は?」グレイは尋ね返した。


「私は…」ラプンツェルは遠くを見つめた。


「私の塔が消えてしまったんです。魔女も、王子も、すべてが。物語が途中で終わってしまったような感覚でした」


「それで外に出たんだね」


「はい」彼女は頷いた。


「最初は怖かったです。でも、自由も手に入れました。今は…自分の物語を続けたいんです。本当の結末を知りたいんです」


 彼らの会話は、休憩所の管理人の声で中断された。


「皆さん、注目してください。結晶の嵐は予想より早く収まりそうです。しかし、道は変わってしまったでしょう。これから新しい道を確認します」


 管理人は外に出て、新しい道を調査し始めた。しばらくして戻ってきた彼は説明を始めた。


「中央の道は完全に塞がれてしまいました。しかし、新たに東側に道が開けました。その道を通れば山頂に到達できるでしょう。ただし、以前の道より険しいです」


 旅人たちの間でざわめきが起きた。


「東側?それは迷いの森に近いぞ」


「あそこは危険だ」


 嵐が完全に収まるのを待ち、旅人たちは再び出発の準備を始めた。グレイとラプンツェルも荷物を整え、休憩所を後にした。外に出ると、一変した景色に改めて驚かされた。結晶はさらに大きく成長し、新たな形を作り出していた。


 管理人の指示に従い、彼らは東側の新しい道を進み始めた。その道は確かに険しく、時には切り立った崖を登らなければならなかった。


「あと少し」ラプンツェルは言った。


「山頂が見えてきました」


 確かに、上方には山頂らしき平らな場所が見えてきた。夕日が山を照らし、結晶は再び七色に輝いていた。


 しかし、山頂に近づくにつれ、グレイは不思議な感覚を覚えた。まるで誰かに見られているような感じだった。


「何か変だ…」彼は思わず呟いた。


「どうしました?」ラプンツェルが尋ねた。


「誰かに見られているような…」


 彼の言葉が終わる前に、突然、彼らの前に影が現れた。人の形をしているが、輪郭がぼやけ、顔の特徴が見えない。まるで墨で描かれた人影のようだった。


「影…?」ラプンツェルが息を呑んだ。


「影の書き手の手下だ!」


 誰かが叫んだ。


 影はゆっくりと彼らに近づいてきた。その手には何かペンのようなものを持っている。


「逃げろ!」


 別の旅人が叫んだ。


「あいつらに捕まると、物語から消される!」


 パニックが広がり、旅人たちは散り散りに逃げ始めた。影は一人の旅人を追いかけ、ペンで何かを書くような動きをした。


 その瞬間、旅人の姿がぼやけ始め、透明になっていく。


「助けて!消えてしま—」


 言葉の途中で、旅人は完全に消えてしまった。


「なんてことだ…」


 グレイは恐怖に震えた。


「急いで山頂へ!」


 ラプンツェルが彼の手を引いた。


「あそこなら安全かもしれない!」


 二人は全力で駆け上がった。ついに山頂の平らな場所に到達したとき、グレイは振り返った。影たちは不思議なことに、山頂には上がってこようとしていなかった。


「ここは…安全みたいだ」


 彼は息を切らせながら言った。


「この山頂は物語の力で守られています」


 声の主は、山頂の中央に立つ老婦人だった。白い髪を風になびかせ、古風な服を着ている。


「私はアナと申します。この山の守護者です」


「ガラスの山には多くの物語が封じ込められています」


 アナは語った。


「それらを守るのが私の役目。しかし最近、影の書き手たちの侵入が激しくなりました」


「彼らは物語を書き換え、時には完全に消そうとしています。その目的は…まだ分かりません」


 グレイはアナに近づいた。


「僕たちは図書館を探しています。すべての物語の真実を知るために」


 アナは彼をじっと見つめた。


「図書館…」


 彼女は静かに言った。


「そこには行けるかもしれないし、行けないかもしれない」


「どういう意味ですか?」


 グレイは混乱した。


「図書館は物理的な場所であると同時に、心の中にもある」


 アナは謎めいた言い方をした。


「真に求める者だけが、そこにたどり着けるのです」


 彼女はグレイのポケットを指さした。


「あなたが持っているそのリボンと鍵。それらが道標となるでしょう」


「山の向こう側に下りなさい」


 アナは指示した。


「そこからは眠りの谷が広がっています。谷を抜け、歌う海を渡り、最後に迷いの森を通り抜ければ…図書館への入り口に辿り着くでしょう」


「しかし、警告しておきます」


 アナは真剣な表情になった。


「影の書き手たちは図書館を探す者たちを狙っています。彼らは図書館が存在することを恐れているのです」


「なぜですか?」


「図書館には、すべての物語の真実が記されているから」


 アナは答えた。


「そして、物語を書き換える力も…」


「もうすぐ夜になります。皆さん、今夜はここで休みなさい。明日、安全に山を下りる道をお教えします」


 夜空には無数の星が輝き、ガラスの山の結晶がそれを反射して、まるで地上の星空のようだった。グレイは赤いリボンを手に取り、星明かりに透かして見た。


「必ず見つける」


 彼は心に誓った。


「赤ずきんを、そして本当の物語を」


 山頂での夜は静かだった。アナは旅人たちのために簡素な宿泊スペースを設けており、皆はそこで休息を取ることにした。グレイは少し離れた場所に座り、記録帳に今日の出来事を書き留めていた。


「書いているのですね」


 振り返ると、アナが立っていた。


「ええ、旅の記録を」グレイは答えた。


「それは素晴らしいことです」


 アナは彼の隣に腰を下ろした。


「物語は記録されることで命を得る。あなたは既に新しい物語を紡ぎ始めているのですよ」


 グレイは少し考え、思い切って尋ねた。


「アナさん、赤ずきんのことを知っていますか?」


 老婦人は静かに微笑んだ。


「多くの旅人がここを通ります。そして、皆それぞれの人を探しています」


 それは直接の答えではなかったが、グレイは何か含みを感じた。


「明日からの旅に備えて、しっかり休みなさい」


 アナは立ち上がった。


「眠りの谷は名前の通り、強い眠気を誘う場所です。心の準備が必要でしょう」


 グレイは頷き、記録帳を閉じた。明日はいよいよ山を下り、次の冒険へと向かう。彼のポケットの赤いリボンと金色の鍵が、彼の決意を強めるように感じられた。


(つづく)

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