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忘れられた童話たちは、まだ終わっていない  作者: 水月 りか
第一章:赤ずきんのいない森
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第10話「ガラスの山の試練」

 物語の道は平坦ではない。

 その道を行く者たちは試練に直面する。

 試練を乗り越えたとき、彼らの物語は深みを増す。

 わたしは見届ける。彼らの勇気と決断を、そして成長を。


 ーーーーーーーーーーーーーーーー


「麓の宿」の朝は早かった。旅人たちが次々と起き出し、ガラスの山を越えるための準備を始めていた。


 グレイも早くに目を覚まし、窓から山を見上げていた。朝日を受けて、ガラスの山は淡いピンク色に染まっている。美しい光景だったが、その高さと険しさに彼は緊張を覚えた。


「今日こそ、山を越える」


 彼は決意を新たにし、荷物をまとめ始めた。昨夜、宿の主人から山を越えるための装備を借りていた。厚手の手袋、丈夫なブーツ、そして特殊なピッケル。ガラスの結晶を傷つけずに登るための道具だった。


「ガラスを傷つけると、山の魔法が乱れる」


 主人は警告していた。


「そうなれば、結晶の嵐が起きるかもしれん」


 宿の食堂で朝食を取りながら、グレイは周囲の会話に耳を傾けた。


「今日の山の状態はどうだ?」


「昨日は比較的安定していたらしいが、今日は分からん」


「北側のルートは避けた方がいい。結晶の成長が激しいらしい」


「中央の登山道が最も安全だと思うが…」


 彼は情報を記録帳に書き留めた。中央の登山道。それが今日の彼のルートになるだろう。


 宿の前には既に何人かの旅人が集まり、ガイドの話を聞いていた。グレイもその輪に加わった。


「今日のガラスの山は比較的安定しています」


 ガイドは説明していた。


「ですが、天候の変化には注意してください。雲が山頂に掛かると、魔法の流れが変わり、結晶の成長パターンが変化します」


「あの、よろしければ一緒に行きませんか?」


 声をかけられ、グレイは振り返った。長い金色の髪を三つ編みにした若い女性が立っていた。


「私、一人で山を越えるのは初めてで…」


 彼女は少し照れくさそうに言った。


「ああ、もちろん」

 グレイは頷いた。


「僕も初めてだから、一緒の方が安心だ」


「ありがとうございます」


 彼女は明るく微笑んだ。


「私はラプンツェルと言います」


「グレイだ」


 彼は自己紹介した。


「物語から来たんだ」


 ラプンツェルの目が輝いた。


「私もです!『塔の中の娘』の物語から」


「僕は…『赤ずきんと狼』の、狼だった」


 彼は少し緊張しながらそう告げたが、ラプンツェルは驚いた様子もなく微笑んだ。


「そうだったんですね。でも今は違いますね」


 彼女は彼の変化した姿を見た。


「物語の境界を越えると、変わることがあるんです。私も髪が切れるようになりました」


 二人は宿を後にし、ガラスの山の麓へと向かった。山の麓に近づくにつれ、周囲の景色は幻想的になった。地面から突き出した結晶は大きくなり、光を受けて七色に輝いている。


「すごく綺麗……」


 ラプンツェルが感嘆の声を上げた。


 中央の登山道の入り口には注意書きが掲げられていた。


「ガラスの山を傷つけず、敬意を持って通行すること」

「天候の変化に注意」

「夜間の通行は禁止」

「結晶の色の変化に警戒すること」


「結晶の色が変わるとどうなるんだろう?」


 彼は思わず呟いた。


「危険の前触れだそうです」


 近くにいた別の旅人が答えた。


「特に赤く変わったら要注意。結晶の嵐の前兆です」


 彼とラプンツェルは門をくぐり、登山道に足を踏み入れた。道はガラスの結晶の間を縫うように続いていた。


「この道は魔法で整備されているんです」


 ラプンツェルが説明した。


「結晶が成長しても、道だけは保たれるように」


 二人は会話を楽しみながら、ゆっくりと山を登っていった。休憩のために立ち止まったとき、グレイは周囲の結晶を観察した。無数の形と色を持つ結晶が、光を集め、反射し、屈折させている。


 その中に、彼は小さな景色を見つけた。結晶の中に映る森の風景。彼が住んでいた森によく似ていた。


「結晶の中に景色が見える」


 彼はラプンツェルに教えた。


「本当だ」


 彼女も覗き込んだ。


「これは記憶の結晶かもしれません。物語の断片を映すと言われています」


 彼らは再び歩き始めた。日が高くなり、山の斜面は暑くなってきた。


「そろそろ半分くらいまで来たでしょうか」


 ラプンツェルが尋ねた。


 グレイは振り返り、麓を見下ろした。宿はもう小さく見え、来た道のりの長さを実感した。


「ああ、多分……」


 彼の言葉は途中で途切れた。空を見上げると、山頂付近に雲が集まり始めていた。


 ラプンツェルも空を見上げ、表情を引き締めた。


「急いだ方がいいかもしれません」


 彼らは足早に進み始めた。グレイは周囲の結晶に注目していた。まだ色の変化は見られなかったが、なんとなく雰囲気が変わってきているように感じた。


「あと少しで中腹の休憩所です」


 前を行く旅人が声をかけた。


「そこで一休みしましょう」


 しかし、その直前に異変が起きた。突然、周囲の結晶が淡い赤色に変わり始めたのだ。


「赤くなってる!」


 ラプンツェルが叫んだ。


 旅人たちの間に動揺が広がった。


「急いで休憩所まで行くんだ!」


「結晶の嵐が始まるぞ!」


 グレイはラプンツェルの手を取り、「行こう!」と声をかけた。

 二人は急いで登り続けた。結晶の赤みはますます強くなり、音も大きくなっていく。まるでガラスが悲鳴を上げているかのようだった。


 やがて、彼らは休憩所の建物を見つけた。山の斜面に埋め込まれた石造りの小さな建物だった。多くの旅人が既に中に避難していた。


 グレイとラプンツェルも急いで中に入った。窓から外を見ると、結晶はさらに赤く輝き、一部は成長を始めていた。新たな結晶が地面から突き出し、既存の結晶は形を変え始める。まさに「結晶の嵐」だった。


「これがガラスの山の魔法の乱れ……」


 休憩所の管理人らしき老人が説明した。


「最近は頻繁に起きるようになった。物語の混乱と関係があるのかもしれない」


(つづく)

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