異世界の記憶ゼロで詰んだ俺。空耳の夜は楽しく過ぎて行く
いつも有り難うございます
よろしくお願いします
「な?そう思うだろ?」
その声にハッとして、声のした方へ顔を向ける。
「……山田…?」
顔を見た時、高校の同級生の山田だと思ってつい名前を呼んでしまった。
しかし…変だ。山田の頭に角がある。
「え?山だと?」
山田らしき奴は、目を丸くして口元に手を当てるとしばらく考え込んでしまった。
山田らし…もう山田と呼ぶ。
山田が考え込んでいる間に、俺は自分の状況を確認する。
怪しまれない程度に周りを見回す。
俺は山田と二人で飲みに来ているらしい。
岩盤を大きくくり抜いたような薄暗い店内。あちこちに浮かぶ青白い炎。顔が牛のバーテンダーや、飲み物を運ぶホステスにはワニの様な尻尾がある。
蝙蝠のような顔と翼を持つ客など、どう見ても「人間」ではない奴等ばかりだ。
店内には大音量で音楽が流れていて、静かに飲む場というよりミュージッククラブに近い。
山田には角が生えているし、やたらマッチョで上半身裸で…脚は牛だった。顔が山田なだけだ。
夢。
…ではない。夢にしてはリアルが過ぎる。
もしここが異世界とかなんとかであるならば「魔界」ではないだろうか。
詰んだ。
自分の置かれた状況を把握して悟る。
「異世界に対応する記憶が一切ない俺は、選択を間違えれば殺されるかもしれない」と。
とにかく上手くこの場を乗り切ろうと心に誓う。
そんな絶対絶命状況の俺に山田が明るい顔で言う。
「お前の山から行けとの案は…想像してなかった。山からの案をもう一度検討してみる」
嬉しそうに笑う山田の口には、ヌラリと光る牙が見えた。
どうやら「山田」を「山だ」と受け止めたらしい。
「ああ…役に立てたなら嬉しいよ」
なんのことだか全くわからないが、そう言っておいた。
「お前はあの時もそうだったよな」
グラスを片手に山田が言う。
「ああ…あの時な…」
あの時っていつだよ!?なんのことだ!?
相手が言ってる事がよくわからない時は、笑って誤魔化し話を終わらせるのが無難だ。よし、終わらせよう。と思った…
…のに!山田は身を乗り出して話を続けた。
「みんなもうダメだと思ったんだ。でも、お前の一言で状況が一変しただろ」
俺の一言で状況が変わる状況ってどんな状況!?
「ああ…俺もダメだと思っていた」
今もダメだと思ってるけどな!
「あの時のお前の一声で!だぜ?」
どう答えればいいのかわからないので、苦笑いをしてグラスの中の飲み物を一気に流し込んだ。
「あれは良かったぜ。…そうだ!もう一回言ってみせてくれよ!」
「勘弁してくれよ」
マジでマジで泣きそうなんだけど!
俺は両手を軽く上げ、降参だと示す。
山田は気にしない。
「なんだよw。じゃあ俺が言うわw」
「やめとけよw」
ほんとやめて!神様助けて!お願いします!!
祈り虚しく…山田は立ち上がると大きく息を吸い、口元に手をあて叫んだ。
「g△*S、Bn$+°D≠〆aーーーn!!」
さっきまで理解出来る言葉で話していたはずの山田は、魔界語とでも言うのか?急に理解できない言葉で叫んだ。
山田の地の底から響くような声に、店内の炎が大きく揺れ、他の客達も口笛を吹いたりして山田をもてはやす。
皆、何が始まるのかとワクワクした顔で山田と俺を見ていた。
「ほら、お前の番だぞ」
満足した顔で山田がこちらを見た。
視線が早くしろと急かしている。
はっきり言う。
山田がなんて言ったかわからない。
さようなら。
人生は終わりました。
もういいや。どうにでもなれと思った俺は、山田が言った言葉を聞こえた通りに繰り返す事にした。
「地味な生姜便所で食うドーリアーーーン!!」
俺の声は山田よりも太く、ビリビリと空気を震わすほどに響き、照明代わりの炎を一瞬でかき消した。
静まり返る店内。
次の瞬間、ぐおおおおーーー!と、割れんばかりの歓声が湧き上がった。
便所で食うドーリアーーーン!!
便所で食うドーリアーーーン!!
あちこちから聞こえる、便所で食うドリアンコール。
皆、興奮していた。
翼を持つ者は飛び交い、大きく姿を変える者さえ出てきた。
山田が嬉しそうにこちらを見て「ほらな、やっぱお前すげえわ」と言う。
そして山田がまた一言大声で叫んだ。
「b△〃#のzn€tn°÷☆○□ーーーー*」
俺は聞こえた言葉を忘れる前に繰り返す
「謎の坊さん鈴木がダンボォォォーール!!」
俺がそう叫ぶと、怒涛の様な歓声が湧き上がった。そして何故か「鈴木」コールが始まった。
すーずーき!すっずーき!すずーき!すーずき!
鈴木の法則がイマイチわからなかったが、俺も鈴木コールに混ざる。
「すーずーき!すっずーき!」
場はさらに盛り上がり、皆一丸となって鈴木を叫んだ。
そこに「便所で食うドーリアーーーン!!」と叫ぶやつも現れ、ボルテージが一気に上がり、店内で火を吐く奴まで現れた。
そんな光景を見た山田が言う。
「ほらな。やっぱりお前凄いよ。高橋」
山田が俺の名前を呼んだ気がしたが…全て空耳だと思うことにした。
楽しそうな山田。
イラスト⭐︎ウバ クロネ様
拙い文章、最後までお読みくださりありがとうございました。