2025年1月10日(金)未明:同じ場所の夢
西岡は物心が付く前から、何度か同じ夢を見ている。
細部は異なるのだけど、夜の大きな建物と、その建物の外側と思われる所を往来すると言うだけの夢だ。
西岡が6歳の時、その建物は小学校であると知る。
西岡が幼稚園の年長組の3学期に小学校へ行った時、その建物が小学校という種類であると知ったのだ。
知識として知った。夢の中の小学校は、西岡が6年間通う事になる小学校と同じではなかった。
年長組よりもずっと以前、バレーボールの試合か何かを観覧するべく、親たちに連れられて、他の地域の小学校か中学校の構内へ入った覚えが西岡には朧気ながら有る。
そういった類の記憶たちが西岡の脳内で小学校を形成したのだろう。
夜景。町の灯りが見え、通行車両の駆動音が聴こえて来るばかりの暗い夜の小学校の夢と、明るい時間帯に行われるであろう催事の記憶が、どう結び付くのかは分らないけど。
西岡は何度か、小学校の夢で怖い思いをしている。
西岡が見上げる程大きい男の子たちに取り囲まれたり、歩いて付きまとわれたり、同じく大きい男の先生に怒鳴られながら追い駆けられたり、2階よりも高い窓からビクンッと落ちそうになって慌てて中へ戻ったらその先生が居たり(すっごい怖いです)、建物の外で校務員と思しきオッチャンに忍び寄られたりした、恐ろしい夢もありました。
そういう事は、明るい(夜ではない)小学校が夢に出た時に限って起きるから、西岡は小学校2年生の時以降、夢の中で明るい(夜でない、光学的に明るい)小学校の夢だと気付けた時は、気合を入れて、すぐ目を覚ますよう心掛けている。
小学校の夢は臭いとかがするし自分の寝息が聴こえた事もなく、妙に現実感があり、どっちが現実か分からず、気合で夢を中断するのを躊躇した事もあったけれど、怖さや危機感のような気持ちが先んじて、気合を入れるのを中断した事は無い。
明るい小学校の夢を、西岡は大学生の時、頻繁に見た。
大学を卒業して以降は不思議と、暗い小学校の夢が殆どになり、小学校の夢を見る頻度も減った。
夜の小学校の夢でも一度だけ、人がウジャウジャ居た事がある。西岡は遠目に大勢の人を見て、吃驚して、すぐ気合を入れて夢から覚めた。夜の小学校の夢でも、油断は禁物なのだ。
その夢を見たのは、忘れもしない、西岡が30歳になる少し前の頃の事だ。その翌年、西岡は貧困ビジネス団体を内偵して、「院長」に高熱を出さされて、危うく交通事故を起こす所だった。体温を奪われて、その帰りの終電後の夜道をマイカーで帰宅した。年末の部屋で、40度になるかならないかの高熱に苦しむ西岡は「しにたくない」という言葉を空中に向かって絞り出した。
また、その夢を見た時期は東日本で震災が起きて、西日本からも人が発電施設の件で駆り出されるのか、気が気ではなかった。西岡は東日本へ行かなかったけど、知人の看護師男性は東日本へ行ったし、東日本から前出の貧困ビジネス団体へ流れて来た人も居た。
現実の災害や犯罪被害と関係があるかは分らないが、災害の方はその時期に気が気ではない懸念があったから、その所為で夢の法則に変化が生じたのだろう。
ただ、暗い小学校の夢にウジャウジャ居た人たちの顔色は良かった。西岡の地元の自治会の正月の集まりのような、力強く賑やいだ雰囲気もあった。西岡を追い駆けたりしなかったし、誰かを待ち伏せたり捕獲や危害を加えようという雰囲気は無かった。子どもの姿もあり、ゲーム機らしい物に熱中してる(遠くてよく見えなかったけど)男の子の姿もあった。団体旅行とかお泊り会のたぐいか?
夢から覚めず、一度、近付いてみれば良かったかもと西岡は思っている。いや、油断大敵だ。罠かも。泣いてるオッサンも居た。なんで泣いてたのか。不穏だ。
遠い未来、夢をビデオ媒体にダウンロードできる日が到来しても、それでも西岡のビデオなんてニッチだったり有り触れてたりして、バズらないんだろうな。




