いつも通りの朝
三題噺もどき―さんびゃくはちじゅうはち。
「っぐ」
突然の衝撃に襲われ、目が覚める。
丁度みぞおちあたりに、何かが勢いよく飛び乗った感覚。
最近寒くて起きられないので、起こしてくれるのはありがたいが、毎度こうやって衝撃で起こされるのもどうなのだろうかと思いはする。
―まぁ、それは彼女には分からない事だから仕方ない。
「…おはよう」
痛みに呻きながら、布団から顔を出す。
みぞおちあたりには、ふわふわの毛玉が座り込んでいる。
真黒な毛並みが隙間から洩れた朝日に照らされて、神々しささえある。
その中に埋もれる金色の瞳は、ぱちりとしていて愛らしさ満載だ。
「……」
暖かな布団の中から手を抜き出し、さらりと撫でる。
ほんの少しくすぐったいような感覚が返ってくると同時に、ぐいと頭で押される。
もっと撫でろということだろうか。
それとも早く起きろと言うことだろうか。
―勝手に前者だと決めつけて、更に撫でるために両手をさしだす。
「……んーー」
「あ、はい。おきるおきる。」
どうやら今日は後者だったようだ。
撫でようとしたら不満げな声が返ってきた。
とは言え、数秒堪能していたから、両者ということだろう。
撫でるのもしてほしいけど、早く起きてご飯をよこせと言うのもあっての今朝かもしれない。
「んしょ」
撫でていた両手をそのまま、胴体に回し持ち上げる。
抱いていこうかとも思ったが、少々御不満げだったので、おろした。
すると、先導するようにスタスタと歩いていく。
ゆらりと揺れる尻尾が、楽し気でこちらも嬉しい。
「……」
彼女についていく形で、リビングへと向かう。
1人と一匹の暮らしなので、大した広さはない。
ただまぁ、色々と条件を考えた所、予定よりはお高めのところを借りることにはなったが。彼女のためなら仕方がない。私が働けばいいもんね。
「……」
そのままキッチンへと向かい、まずは自分の水分補給をする。
その前にうがいだ。最近感想が酷いのか、喉の調子がよろしくない。
寝起きでイガイガするの嫌だよなぁ……まぁ、毎朝可愛い彼女が癒してくれるのでたいして気にもなっていないのも真実ではあるが。
「んいぃーー」
「はぁい、ちょっとまってぇ」
コップをシンクに適当に置き、準備をしていく。
とりあえず、彼女の水も変えておかなくては。
自動洗浄機能が付いたものではあるが、癖で毎朝変えてしまう。
「……」
水を変えた後は、食事の準備をしていく。
足元では、うろうろと彼女が歩き回っている。
ときおり小さく泣きながら、早くと催促している。
そんな心待ちにする姿が、たまらなく愛おしく思える。
―こりゃ結婚なんてしたくなくなるよなぁと日々実感していたりする。
「……はいどうぞぉ」
朝食なので簡単に。
とは言え、いつも通りのものなので、準備は手慣れたものだ。
すぐに終わるし、すぐに食べられるし、すぐ食べ終わる。
もうちょっとゆっくり食べればいいのになぁと思うが、彼女の境遇を思うとそうもいかないのかもしれない。
「……」
これでも、ゆっくりになった方だと思っている。
運動はかなりする方だから、あまり太りもしないし。
特に医者からもその辺の指摘は今のところないし。
気にかけてはいるが、今は好きなだけたべて欲しいと思ってしまう。
「……」
嬉しそうに食べる彼女の横にかがんでみる。
食事の邪魔にならない程度に、撫でてみる。
我が家に迎え入れたばかりの頃は、こんな姿は想像できなかった。
それほどに、警戒をしていたし、食事も摂らなかったし、細々としていた。
「……」
今でも腸が煮えくり返る。
この子になんの罪がるのだと詰め寄りたくなる。
どうして、そんな非道なことができるのだと人間性を疑いたくなる。
「……」
凍えるような寒い夜の日に。
遠くから聞こえたか細い声。
生きるのに必死だったのだろう。
声の元をたどると、震える小さな猫がいたのだ。
うち捨てられたようにあった段ボールの中に。
「……」
あの時はかなり必死だったなぁ。
仔猫のサイズではあったが、目は開いていたし、それなりに育った後だった。
その時に、人間という生き物に酷い仕打ちを受けたのだろう。
警戒するのも当たり前だ。そういうものだと分かっているから。
なんとか食事を摂らせて、一緒に暮らせるようになるまでそれなりに時間はかかった。
「……」
やっとこうして安心してくれるようになって。
毎日お腹いっぱいに食べられるようになって。
―果たして彼女は幸せだと思ってくれているんだろうか。
「……」
ふとそんなことを考えもするが。
これからもこうやって。
1人と1人で。
過ごしていけたらと思うんだけど。
「……ね」
「んに」
お題:猫・心待ちにする・罪