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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

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 俺は処刑人だ。

 帝国に裁かれる罪人や、他国の英雄たちが差し出す首を落とすのが仕事である。俺の休日はあまり多くはない。最近は徐々に処刑する人間が増えてきた。そのおかげで、二日に二人の頻度で首を落としている。そう知人には「狂ってしまわないか?」と聞かれるが、私は決まってこう答える。

 

 「戦争で敵の首を落とすのとなにも変わりはしない」と。

 

 そう、変わりはしないのだ。

 動く的であるか、動かない的であるのかの違いであるだけで、どちらも等しく人を殺しているのだから。

 この仕事は、世間一般からすれば、英雄色の強い職業である。それもそのはずだ。罪人の首を、他国の英雄の首を跳ね飛ばし、被害者の遺族たちの遺恨を代弁する使者であるのと同時に、娯楽を提供するエンターテイメントの花形であるのだ。殺人が娯楽になってしまうことに少しばかり嫌厭の念を持ってしまいがちになるが、こんな娯楽なんて酒と喧嘩と賭博くらいで、日々つまらない変わらない世界ばかりを見ていれば退屈だってするだろうし、少しくらい血を見たくなってもしょうがないのだ。

 退屈とは、非常に恐ろしいものである。退屈の最果てには犯罪や暴動が待っており、公開処刑(エンターテインメント)はそれらを抑止するには最適なのだ。

 最近では、人の手による処刑は数を減らし、断頭の儀式は人からギロチンへと形態を変化させている。なぜなら人の手による殺害は執行者に対して大きな負担をかけてしまうからだ。その結果、執行者の暴走が起きてしまい、ギロチンへと変化した経緯がある。しかしながら、ギロチンでは遺族の遺恨は十二分に晴らすことができず、ギロチンを使った処刑であっても十善ではないことも確かにあった。

 

 唯一、帝国内で人の手による断頭処刑が行われるのは、意外にも俺が住んでいる帝都である。

 まあ、それも俺がいるから行えているわけだが………。

 有人による公開処刑によって、帝都内の治安は頗る、というわけではないがそれなりに良いものである。これも処刑による抑止力であるのかもしれない。公営殺人が抑止力になるのも非常に人間らしいことでもある。


 さあ今日も元気に首を落とそうか。



*



 血に濡れた石造りの閉鎖的な部屋が一つある。そこは、窓なんて一切なく、ジメリとした湿気の多い空気が肌に纏わり付き、いるだけで息苦しくなってしまいそうな部屋である。

 その部屋は、砦の地下に作られており、内部で行われる物事一切が周りに漏れないようになっており、鉄と木で作られた断頭台が中心に置かれ、罪人たちが首を差し出すのを今か今かと待ちわびているように待っている。

 俺は、待ち人来ず。なんて程で断頭台の傍で、使用する斧の刃を確認している。これは処刑人の必須道具であり、自身の腕と同じくらいに慣れ親しんだ持ち手が黒々と光っている。

 薄暗く、洞窟のような世界。怪しく鈍く光るのは刃かそれとも俺の瞳か。俺一人しかいない静寂の世界で、内心、神に祈った。

 『これから旅立つ一つの魂に救いあれ』と。


 独特の静寂を引き裂くように袋小路の扉が開かれた。現れるのは鎖で繋がれボロボロのチュニックを身に纏い、無精髭をこれでもかと生やしている男とそれを引き連れる帝国式の皮鎧に包まれる体格の良い兵士であった。

 

 「ほら、さっさと歩け!」


 兵士は、溝鼠みたいな男を足蹴りにしながら歩かせる。部分的に鋼鉄の鋲が打たれた膝当ては非常に硬く、受けるものはそれ相応の痛みが走るだろう。

 

 「ウグゥ……!!いてえ!いてって!やめろ!ちゃんと歩いているだろうが…!!」

 

 男はそう言いながら一二歩歩いたと思ったら、立ち止まる、を繰り返しグダグダと意地汚い時間稼ぎをしていた。

 意地汚い人間は星の数ほど見てきた。彼はまだマシの方だ。本当に抵抗するやつは、こちらが二人であることを良いことに、襲いかかってくることもある。もちろんそんなことがあったとしても冷静に斧を翻して首を断ってきた。そもそも、捕まりここまできた人間が、完全武装の帝国兵士に勝てるわけがないのだ。

 それは、驕りではない。慢心ではない。確固たる事実であり、それを実現するために日々帝国の兵士は訓練を重ね、事実を事実たらしめるために努力している。


 「このゴミクズが………!!」


 兵士である彼は、異常に憤っている。鼻息は荒く。目の前の存在を今この手で殺さんと拳を振り上げている。

 その拳が、男の顔面を捉える瞬間、俺は、言葉を発した。


 「そこまでにしておけ。」


 ただ一言。一点の曇りのない言葉であった。

 強い言葉でもなく、窘める声色でもない。淡々としていることがさらに恐怖を煽る。

 視線を向ければ、男も兵士も顔を青くしていた。そこまで怖がる必要もないのに。そう、心の中で愚痴る。

 兵士はただ一言「すみません。」と青くした顔をこれ以上見られるのを避けるためなのかバツが悪そうに俯きながら呟いた。

 処刑人の俺が感情のない平坦な声色を出せば怖がってしまうのも無理はないか。そう思い直し、懐にしまっていた一枚の紙を取り出す。そこには、彼罪人の罪状が書かれていた。

 

 それをゆっくりとなるべく感情の波が現れないように、読み上げた。溝鼠の男の名は、アータム。氏無しのしがない下人である。アータムは、山賊であった。彼は山賊団の使いっ走りの人間であり、襲う商団の選別をしていた。彼は、強かであった。彼は、帝国の獅子王の印が入った積荷は襲わず、他国から流れるものに狙いを定めて団員を呼び込み襲わせた。

 帝国の獅子王の印。それは、帝国の臣民のみが使うことが許される印であり、お膝元である土地で下手に襲ったりすれば、周辺国最強の兵たちが押し寄せ、狩りつくされることを知っていたからだ。

 だが、彼だけが偵察として放たれていたわけではなかった。山賊団の他の下人がヘマをし、帝国の積荷に傷をつけた。そこからは、燃え広がる炎の様に一騎当千の兵が山賊団を殲滅した。

 彼は、強かであった。そうなった時、必ず負けるとわかっていた彼は、山賊団の団長を闇討ちし、その首を帝国軍に捧げた。

 それで、許してもらおうと思ったのだろう。それで、なんとか処刑だけは間逃れたかったのだろう。

 現に、帝国の法廷は、彼を1年間の鉱山送りが妥当であるとして刑今しがた刑が決まる筈だった。だが彼は、最後にヘマをした。愚かにもさらに情状を考慮されると踏んだのか、彼は、我ら帝国の臣民に対して言ってはならないことを言い出したのだ。

 

 「俺はぁこの帝国に忠誠を誓う!獅子王の印を背中にくれ!」

 

 その言葉は、帝国生まれの臣民でさえ、口にするのが憚れるほどの重く神聖な言葉であった。獅子王の印。それは、誇りある印であり、清廉なる人間にしか押す権利は持たず、汚れた人間が口にすることも、ましては、交渉としてそれを語ることなど死に値するものである。

 彼は、愚かであった。言葉の意味も何も知らない。下人の浮浪者。調子に乗って言わなければ良いものもの彼は、愚かであるためそれを口にした。

 

 故にここ(処刑室)にいる。


 「理解したか?アータム。お前は愚かだ。故に首を落とされるのだ。ここの部屋に来た時からお前の首が落ちるのは確定しているのだ。」


 「あっ兄貴………。」


 アータムに目を向ければ命乞いをする者の目をしていた。彼は、俺のことを『兄貴』と呼ぶ。それは、昨日の夜に上等な肉を独房内に持ち込み振る舞い、そして話を聞いていたからだろう。

 俺は、殺す相手の話を聞くのが好きだ。その人間の歩いてきた道のりを聞くのが好きだ。たまに、話してくれない者もいれば、嬉々として話す者もいる。その話の対価は、豪勢な食事であったり、酒であったりする。

 人の道を知れば、殺す相手のことを知れば、神により良い祈りが届くのではないか、と俺は考える。何も知らずに何もせずに首を落とすだけの装置であればギロチンで問題ないのだから。


 「アータム、お前のより良い死を願っている。」


 その言葉を告げるとアータムは涙を流した。彼は、もう抵抗しなかった。惨めな時間稼ぎもせずに、おとなしく兵士のされるままに、断頭台へ首を差し出した。

 兵士は、アータムの背中を足で強く押さえつけた。顔を横にしたことで瞳が俺を貫く。何を考えているか解らない、暗い色をしている。俺は斧を振り上げた。俺は処刑人。ただ、首に鋼鉄の幕を引くだけだ。

 その瞬間。斧は振り降ろされ、アータムの一生に幕を引いた。



*



 溜めていた息を吐き出す。斧を振り下ろすその瞬間は少しばかり気分がよくない。そう思いながら首のなくなったアータムの胴体に目をやり、再度神に祈った。

 

 「処刑人。次の罪人を連れてきます。」


 兵士は、高揚した声色を押さえつける様に静かにそう言った。彼は、若い兵士であるので、血気盛んである。それだからか、帝国をバカにした者の死を血が騒ぐほどに喜んでいるのだろう。

 俺は、口では何も答えず、視線だけで合図する。

 そして、また斧の刃の点検をする。一人の首を落としただけでは刃は欠けることなんてありえないが、それでもいつもの癖で視線を落としてしまうのだ。

 待機していた時間は、とても短い時間であった。先ほどとは違って静かに扉は開かれた。入ってくるのはとても若い異国の男であった。正直、彼のことはよく解らなかった。昨日話を聞きに行ったとしても譫言の様にブツブツと何かよく解らないにことを呟くだけで、何も聞き取れはしなかった。

 今も、それは続いている。


 「………ステータスオープン。………ステータスオープン。………ステータスオープン。」


 彼は一体何を言っているのだろうか?俺には、理解ができない。どういうことだと兵士に視線を向けても彼は首を横に振るだけで、何も答えは出てこなかった。まあいいと思いつつ、少年の罪状を確認する。彼は、強姦未遂で捕まった様だ。相手は、かの有名なクロスフォー家の長女である。大空を連想させる底抜けの青い髪と瞳が特徴的な美しい深窓の令嬢であり、まだ幼いが、放つ美しさは現実に一筋の線を描いている。

 

 最後に彼女にあったのは何時だっただろうか?


 そんな考えを張り巡らせながら、彼を見た。この軟弱でか弱そうな少年がなぜ、どうやって、あの厳重な警備を破り、その様な行為を働けられたのだろうか?

 正直、そんなこと無理だ。と決めつけてしまうくらいには、少年の風貌は、頼りなかった。


 まあ、いい。そんなこんなで処刑という訳だ。帝国は異民族に対して非常に厳しいモノであり、軽い罪であったとしても、死罪になることは稀ではない。

 厳しいかも知れないがこれが現実である。


 世は無情なのだ。


 一つため息を吐き捨てる。

 それを合図に、兵士は少年を断頭台へ導き、首を差し出させた。

 瞬きをする。手に握った斧をキツく握りしめた。少年との視線の交わりが世界の時間を止める。彼は、終始暗澹の言葉を並べるだけで、意味のわからないことばかりだった。これでは、幕が降りてしまうのも無理がない。


 「ああ、これは夢だ。夢なんだ。目が覚めたら違った世界にいて、そこでは僕は一番強くて一番モテてて、何もかもが自分の思い通りな世界である筈なんだ………。」

 

 また、可笑しなことを言い始めた。これが少年の最後の言葉か。順当であるのだろう。

 構いなしに斧を振り上げる。

 彼は、ただつぶやいている。


 降りた夜の帳は彼を眠りにつかせた。



*



 体についた血を濯ぎ落とす。

 今回は体格の小さい者ばかりだから出血量が少なくて楽な仕事だった。

 今夜はゆっくりと寝れるだろう。


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