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第三十七話 真の姿と真意

 レガトは初めから蛇神の言うことを真に受けていなかった。アケルナルやアッカドとの戦いでもそうだった。


「冒険者はよく、嘘をつくものだからね。敵の言うことを正しく思うほうがどうかしてるよ」


 だから保険が効いた。狙いはカルミアがずっと危惧していたノヴェルだ。カルミアがどこまで気づいていたのかわからない。ただノヴェルには自身の能力の他に、この地に散った同族の魂が集っていた。


 ノヴェルの魔法で出来ることが増えたのは、本人の才能が同族の守護の力を引き出せるようになったからだろう。同胞の魂を内包する、彼女を喰らえばさらなる力を得られる。

 ネフティスに入り込み隙を狙っていたが、火竜と花の妖精がずっとノヴェルを守っていて手が出せなかった。

 諦めたわけではないと、レガトは気づいていた。フレミールもそれを理解して大人しく待つ気になったのだ。

 

「オマエがあやつ(カルミア)の親のようなものの意味が、ワレにもようわかったわ」


 真火竜フレミールが、古龍のアウドーラと竜化し、邪竜神の巨体へと体当たりをする。

 邪竜神に対して、身体のサイズはフレミールが半分以上、アウドーラは半分以下だが、二体がぶつかる衝撃で、邪竜神の落下地点は大きくズレた。


 邪竜神アイナトが激しい怒りと、全頭から毒液を吐き出し、猛毒と瘴気の沼を作り出す。退避行動に移っていたアストリア達は逃げおおせたが、魔物達は、邪竜神の巨体に潰され、毒沼に呑まれていった。


 攻撃の手段を潰され回避されて、十三の首が咆える。体当たりをかました二体の竜と龍へ、魔法の砲弾がぶつけられる。


「!?」


 しかし、その大半が制御を失い逆に邪竜神を撃つ。


「おのれ······忘却! 邪魔ばかりしおって」


 レーナがアイナトの魔力を利用して、攻撃を仕掛けた。魔力制御を行う蛇眼を潰しす。スーリヤ、シャリアーナ、アリルが羽を、切り裂いて回り、バアルトとダラク、アナートが真蛇眼への攻撃を行った。


 ハープ達は尻尾側に回り、重力で動きを抑えてメニーニ達が根本の部分を力ずくで叩き潰していた。


 アイナトは怒りと悲鳴の咆哮をあげた。死力を尽した膨大な魔力のぶつけ合いも、レーナが逸らしてレガトが抑え込みにかかる。


「魔力の吸収しなくとも、あのまま真っ向勝負のほうが危なかったのに」


 レガトは俯瞰した様子で呟く。下にいるもの達を気にしながら戦うのと、地について戦うのとでは負担が随分違うのだ。太古の蛇神、大地を喰らうものとしての性分として、大地の力に溢れるノヴェルの存在は禁断の果実のように映ったのだろうか。


 【不死者殺しの剣聖】アリルの剣が十三首ある首の一つを切り落とす。強力な再生力を、より強固な結界と浄化の力で持って封じていた。

 

 邪竜神は翼を捥がれ、尻尾を潰され、首を撥ねられる。太古の蛇神アイナトは、逆転の目を手繰り寄せようと、もがき苦しむ。しかし自らが展開した毒沼が氷の大氷槍となって、邪竜神の厚い鱗の皮を凍らせ貫く。


 レーナが魔力を奪った孔を、イルミアが氷槍を次々と発生させては穿つ。同族の血を引くものからの攻撃は堪える。そして細やかな二人の魔法による連携(コンビネーション)に対して、高い魔力でごり押しするだけの邪竜神では防御が追いつかなかった。


 アイナトはようやく悟った。有利なはずのこの地に追い詰められていたのは自分だったと。


 あまりにも微弱な存在だったために、見逃していた瑕疵。知恵者のモロクは知恵者だけあるのかもしれない。彼は少なくとも滅びだけは免れのだから。


 奪われたもの達の呼びかけに応えたのは魔力は、力のない少女だった。力と魔力が全ての彼らにとっては取るに足らないちっぽけな存在。それこそが、いまは双炎の魔女と呼ばれる忘却の企み。だがそのようなささいな事に、誰が気づけただろうか。


「わたしを封じた死を司りしものは、すでにこの地にはいないようね」


 残る首が一つになった時に、ようやくアイナトはレーナの目的がわかった。そしてこれほどの大敗になったのは、彼女の才能、二つの魔王紋よりも本質である忘却の力。レーナは最も恐ろしいはずの存在を自らが矢面に立つ事で隠し続けて来た。


 レガトの魔力が増大してゆく。ダメージを受け弱った邪竜神アイナトには抗う力など残されていなかった。最後に魔力を振り絞った真蛇眼による強力な呪殺も、レガトの力を乗せたファウダーの結界を突破出来ず、残り一つの首が落ちた――――――。


 激しい戦闘の余波で崩れ出していたダンジョンが瓦解する。魔力を与えていたアイナトの死によって、魔力供給が途絶えたために、ダンジョンを任意の形に維持出来なくなったようだった。


「母さん、邪竜神を回収出来る? 出来れば星核は先に欲しい」


「ファウダーの結界で先に包みましょう」


 送り先には誰かいるようだから任せた。


「レガト、魔物の素材回収も急がせるけど崩落まで時間あるかしら」


 シャリアーナとリグが冒険者(チンピラ)を従えてやって来た。みんな疲れていたけれど、宝の山を前にのんびりしていられない。


「ロブルタの連中と競争だ。あ〜、ただしアリルさん、シャリアーナ、イルミア、リモニカ、フレミールとバステトと言ったか。君たちは警戒を頼む」


 どこに伏兵が潜んでいるのかわからないのに、アストリア達はわりと無防備だ。こちらを信用しているとも言えるけれど、自動掃除人形君(オートスウィープ)やら自動撤去掃除君(クレイスウィープ)やらを複数放って回収を急ぐのは反則だとレガトは思った。


 邪竜神アイナトが倒され、ダンジョンは消滅した。ダンジョンが崩れ見えてきたのは――――――――


 ――――――――骨ばかりの世界。見渡す限りの骨と髑髏の宮殿――――――。


 膨大な数の魂が奪われて眠りにつき、耳を傾けしものを呼んだ。


「死神に相応しい宮殿だね。太古の蛇神が寝床にするにもちょうど良い陰湿さだったんだろうね」


 レガトはダンジョンという魔力の保護がなくなり、風により砂のように崩れていく死の宮殿を見て呟く。


「どおりで招霊君がたくさんいるわけよね」


 レガトの側にやって来てカルミアが嬉しそうに笑う。永らくの間、この地に縛り付けられた魂が解放されたのが彼女にもわかるのだろう。


 【星竜の翼】とロブルタの一行に近づく気配があった。アケルナルとアッカドだ。敵意はなく、部下は待機させて二人だけでやって来た。


「これがローディス帝国の、ロズワール宮殿の真の姿だったのだね」


 滅びの都の姿に、アケルナルが震える。あれほど豪華に飾った都市が虚像だったことにも驚きだったのだが、太古の蛇神はともかく、ネルガルやバロールがこの地に固執した意味が知りたかった。


 レガトと、この地の成り立ちに深い関わりを持つレーナならば何か知っている気がしたのだろう。


「わたしより、あなた達のほうが詳しいでしょ?」


 レーナはそう言って突っ撥ねた。アケルナル達が、聞きたいのはレーナがどこまで情報を掴んでいるのか確かめるためでもあったからだ。


 レガトも知りたかったが、こうなるとレーナは頑固だ。


「我々は行く。当分遭うことのないように、遠い地を目指すつもりだ。このまま見逃してくれると助かる」


 アケルナルがそう告げる。いまのままでは完全に勝てないと理解しているようだ。


「戦いを盗み見ようとして、出られなくなったのでしょう」


 ニヤっと挑発的にカルミアが言う。相変わらず、煽情的に話して感情を引き出すのが上手い。


「始めから高みの見物をさせてもらうと言ってある」


 たかだか十年生きた程度の小娘に煽られイラッとしてアケルナルが答えた。


「行くのは構わないさ。再び刃を交える事になるか、手を取るかそれは後の楽しみとすればいいさ」


 行く宛のない旅もまた冒険者らしいじゃないかと思う。


「そうか、ならばお前のクランへ我々の登録をさせてもらうぞ。冒険者の肩書きは何かと都合がいいからな」


 解放されたのは骸となった魂だけではなかったようだ。不器用なアケルナル達は、礼を言いたかったようだ。


「はぁ、面倒臭い人達ね。そういうのは寄越すものを先に出すのよ――――痛ッ⁉」


 面倒なのはカルミアだとばかりレーナが少女の意識を飛ばす。


「リモニカ、登録証を人数分と、金級銀級一枚ずつ、それと鋼級のプレートを人数分出してくれ」


 ロブルタのメンバーを引き入れるためにミラから登録用の一式を貰って来ていたのが幸いした。


「ついでだからアストリア、君たちの所属もウチに移してもらうよ」


 カルミアが気を失っている間に決める事は決めておく。アストリアに異論はないので、略式で所属するメンバーの一覧を書き出した。あとで個別の登録が必要だが、これで彼女達はロブルタ王国から【星竜の翼】の所属となった。


「うぅ、成分······」


 意識は落ちているはずの少女が執念で呻く。


「······だ、そうよ。成分を寄越すのなら、魔本収納付きの浮遊戦艇をあげるわよ」


 レーナがカルミアにかわり、悪魔のように微笑した。すでに前回の戦いで採取していた検体分を含め、かなりの量を得られる。


「成分って、あれか······」


 アケルナルは聖霊人形(ニューマ・ノイド)達を見て、その意図を察した。未知なる地に向かうのに、足があるのは助かる。それに【星竜の翼】との連絡が取れる状態というのは、何かの時に役に立つ。


 悩んだ挙げ句、アケルナルは少し場を離れた。崩れ行く骨の宮殿で、少し涙ぐみながら魔法で容器を作り成分を集め、同じく魔法で匂いを塞ぎ、見えないように覆い隠した。


「敗北の屈辱を、こうした形で行うとは中々に鬼畜だなレガト」


 アケルナルが、顔を真っ赤にしてレガトへとモノを渡した。非常に悔しそうだ。


「いや、僕は対価などは、何も言っていないだろう」


 何故かレガトが指示したようになっていた。カルミアには厄病神の成分でも入っているのかもしれない、レガトは軽蔑の目を向けるアケルナルを見て、抱える少女のこめかみをグリグリしながら大きなため息ををついた。

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