第三十六話 蛇眼の邪竜神アイナト
太古の蛇神アイナトは自由神よりも古い神の一柱だ。聖龍族と呼ばれる龍族の長が時の神ヨハンとなった頃に、アイナトは蛇眼族と呼ばれる長になる。彼女は蛇神として祀られた巫女神だった。
自由神の傍系の神であるエリダヌス神と近い。この世界にいられるのも、同族達と近しい存在だからだろう。
蛇神を信奉する民は、やはり同種族であるナーガ族やラミア族、幻竜族などをまとめていき、次第に竜族や龍族と反目するようになる。
太古の神々による戦いは、自由神の陣営が勝利し、敗れた災の神についた蛇眼一族は衰退してゆく。
散り散りになった蛇眼族を拾ったのは、オリンのいる国だった。
オリンの父、オルトラン・ヴァル・フレール皇帝は侵略を好む独裁主義者だった。蛇眼族の魔法に長けた力が戦いを優位に運ぶ可能性に目をつけ、保護したという。
当時はまだ一族を率いる巫女だったアイナトと、皇女でありながら孤独なオリンとは気が合った。国を滅ぼした自由の子らに対して復讐を誓うオリンを支援するのは、アイナトにとって当然だった。
オリンの残滓が、最後にアイナトのいる地へと向かい頼ったのもそのためだろう。アイナトこそが、オリンにかわり、破滅をもたらすものとして力を振るうだろうと知っていたからだ。
英雄、魔人級の能力や邪竜の魔力。そして星をも生み出す星核がアイナトのもとへと届く。
失われて久しい力に、アイナトは歓喜した。オリンの築いた世界へ逃げ込み、蛇の習性さながら人々の影に潜んで暮らして来た屈辱への復讐心が、アイナトの中に滾る。
脆弱な人族の身体を捨て、アイナトは暗黒竜の身体に入り込んだ。災厄の邪竜神アイナト誕生により、まとわりつく冒険者達が吹き飛ぶ。
倒したはずの邪竜が強力になって復活したために、みんな動揺していた。とどめを刺されて死んだ皇子も邪竜神に取り込まれた。呪いの術師が抵抗していたが、遺骸はあっさり消えた。
「サンドラさん。咲夜達とこの娘たちを退かせて下さい」
皇帝モートもアナートにより倒されて、邪竜神が吸収した。ネルガルはレーナが倒した後に封じたので大丈夫そうだ。
いつの間にか、そのレーナ達のダンジョンも邪竜神の元へと引き寄せられていた。
「さて、わらわの全てをかけて、お前たちから全てを奪い取ってやろう」
レガトが、待っていたことへ応えるように邪竜神アイナトは、そう声を音にのせた。
全てを破壊し、殺す。それは邪竜神の中で決定している。
「わらわは誇り高き、蛇眼族。破壊の意志に身をやつそうと、な」
全部で十三になった頭は全て蛇眼族らしき一つ目と二つの蛇の目を持つ。と、巨大な霊樹のような胴。尻尾も五股に分かれ大蛇の鞭のように冒険者達を狙う。
巨体は魔法の八対の大きな翼が浮かせる。
八十Mはあるだろう蛇眼の邪竜神。大地を喰らうその姿に、レガト達は圧倒された。
「ファウダー!母さんと一緒に全員に結界を」
レガトの念声でファウダーが我にかえる。リモニカがノーラ達を、消えかかりながらガウツとサンドラが咲夜と倒れている聖奈とホロンを仲間たちの所へ連れて行く。
「全員······ってわけに行かないが、久しぶりに【星竜の翼】の主力揃っての戦いだね」
レガトもまた待っていたのかもしれない。アケルナル達は時期尚早、バロールもネルガルも枯れすぎた老練なだけの魔人に過ぎなかった。
全力をぶつける相手など、レガトも蛇眼の邪竜神アイナトも今後は中々現れないだろうと思っていた。
互いに互いを滅ぼし尽くすつもりでいるのにも関わらず、力あるものとしての根差す信念は同じだった。
「そういう、脳筋思考はリグだけで充分なのよ」
アリルとスーリヤとシャリアーナが真っ先に飛んできて、一頭ずつ頭を相手取る。
「こっちは僕らに任せたまえ」
邪竜神アイナトの呼び寄せた十M級の王蛇達をアストリア達が抑える。ファウダーの結界と、ルーネの魔法の作用で、蛇眼による石化は抑えこめていた。
「ワレはお前たちの援護するゾ」
リモニカとメニーニが、フレミールとやって来た。力を奪われないように、アストリアとノヴェルは残るカルミア達が全員で守るようだ。
戦闘能力の低いものは浮揚式陸戦車型と、その小型の浮揚式戦車・小型に乗り込む。
邪竜神の蛇の頭の数を見て、様々な状態異常を即座に懸念したのだろう。
「下の魔物達は彼女達に任せよう。ホープはファウダーのカバーを。ハープはスーリヤ達のフォローを頼む。母さんは連中の指揮をよろしく」
スーリヤ達に負けじと、バアルトとティフェネトにダラクが頭を抑えに行く。
「フレミールといったね。君はアウドーラと邪竜神の気が変わらないように、力を貯めて待機していてくれ」
「ワレの力添えはいらぬと申すのか」
「君が本当に守りたいもの達は下にいるのだろう? ならば力を誇示するよりも力を貯めておくといい」
真竜のフレミールと、古龍のアウドーラでも邪竜神アイナトを止めるのは難しい。ただ壁になって守るくらいは出来るはずだ。
「魔王と聞いていたが、優しいのだな」
「僕は冒険者が好きでね。その流儀をあえて言わせてもらうよ。あれは、僕らの獲物だってね」
すでに仲間ではあるけれども、ここは譲らない。
「面白いやつじゃ。それに恐ろしいのぅ」
レガトも邪竜神も膨大な魔力を放ちながら、まだ遊んでいるようでもある。ダンジョンを築く結界が、二人の魔力に耐えきれずボロボロと崩れていく。
魔人バロール、皇帝モート、大公ネルガル達は街を、民を守ろうとしていた。アケルナルも同じだ。彼らは持ち去る意味で奪うのではなく、侵略し奪う。
どうしてか知らないが、長らくこの地にいるうちに、もう一度やり直そうと考えていたのかもしれない。
逃げた神々達も、全てが奪い尽くしにくるわけではない事はわかった。
ただ、アイナトは違う。彼女は実りを収穫するまで待っていただけだ。
星の動きから、アスタルトの帰還も読んでいたのかもしれない。悪しきものが、逆にそれに乗っかたのかもしれない。
邪竜神アイナトは頭の一つ一つが強力な魔法と蛇眼の力を用い、予想よりも伸びる頭突きからの噛みつきを行う。
巨体だけに機敏さはなくとも破壊力は充分ある。靭やかに伸びる巨大な頭部が、対峙する冒険者達を苦しめた。
「ファウダーの結界を侵食している。気をつけろ」
ファウダーの結界は大地の力の恩恵が強い。大地を喰らう力を持つアイナトとは相性が良くないようだった。
「ホープ、イルミア。ファウダーの結界に風と水で保護を」
質量の違いに対しての衝撃を、少しは緩和出来るはずだ。メニーニ、ティフェネト、スパーデスの怪力三人が邪竜神の巨体に取付き、競うように槌を、拳を、大斧を叩き込み始めた。
「なにしてんの、あの三人は?」
ティフェネト達はわかるけど、鍛冶師のメニーニは誰かに見せつけるように、巨大な霊樹の丸太のような邪竜神の胴体を叩く。
頭と尻尾が大体二十M、なので胴体が四十Mといったところだろう。それを力づくで叩いた所で厚い表皮と、魔力結界に阻まれる。
――――――――グォォォォ······!!
ダンジョンをぶち壊すメニーニの力は、邪竜神の防御をぶち破る。たまらず五つの尻尾で背に取り付く三名を落とそうとするアイナト。
しかしバアルトと戦列に復帰したアナート、グリフォンの新しい仔達に乗るカルジア、ミュリオ、ティティルの三人が、それを阻んだ。
結界を破る馬鹿力に活路を見出した【星竜の翼】の一同だったが、怒りにブチ切れた邪竜神により弾き飛ばされた。
真眼の輝き。十三の首の根本に大きな真蛇眼が開かれる。巨大な大蛇も、圧死させるのも得意な己が領分で攻撃されるのは、苦しく屈辱だったらしい。
真蛇眼はまとわりつく冒険者達を弾き飛ばしただけじゃない。王蛇をも超える強力な石化、神経へ強制魔力干渉を引き起こす。
狙われたのは、魔物達との乱戦掃討戦に奔走するアストリア達だった。




