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第三十三話 二転三転する戦場で

 大公ネルガルは、レガトという青年を静かに眺めていた。どうしてこれほどの存在をいままで、見過ごしてしまっていたのかと改めて思った。


 魔力を抑えていても、紋様のもたらす影響は隠しきれないはずだった。この世界を守るように住み着いた運命の手の者は軒並み力を奪い滅ぼすか、封印したはずだった。


 悪しきものの暴走を読めなかったのが一番の敗因。ただ破滅へと足並みを合わせつつ、今まで通りに利用していれば問題は起きなかった。


 どれだけ年月を重ねようともネルガルは運命神のように、他者に運命を委ねるような真似は出来なかった。


 レガトという人物の異質さは、三紋あれば、その地その星の神となれる程の存在だというのに、まるで自らは積極的に動かないことだろう。


 恐ろしいのは、その力の底が見えないことだろう。今対峙してみても、見えないのだ。


「いまさら力を探るなんて、無駄じゃないかい」


 本当に今更だ。手を出すならば、父ニルトの亡くなったあの襲撃までが限界だっただろう。支配にかまけて手を抜くと、碌な結果にならないという事をレガトは学んでいた。


「舐めるなよ、小僧が。一度は見捨てたとはいえど、我々はお前などよりはるか昔より神座を得しもの。我らの力は、すでに運命の手を超えた」


 ネルガルがそう言い放つと、彼の座る玉座を中心に異空間が広がった。悪しきものと違って、ネルガル達オグドア八神は築き上げたものへの執着が強い。


 邪竜の間もそうだったように、ここもダンジョン化して、宮殿そのものに被害を与えないようにしていた。


「ここの連中の美学って、わからないわね」


 対峙すべき敵を前に魔力を向けるのが、防御結界でもなく、攻撃の魔法でもないのだから、シャリアーナも呆れていた。


 そのわりに、大地に被害をもたらすような真似をする。


「自分勝手な美意識なんだよ。自分の住まう土地の保全の為に、平気で他所は荒らす輩だ」


 そうはいいつつレガトは仲間達を待機させて、戦場が整うのを待つ。同感だからではなく、なるべく力を吐き出させて完膚なきまで叩き潰すためだ。


 ダンジョンが形成されると、待っていたかのように、一つ目多頭蛇エビル・ボアーズヘッドがいくつも湧いてきて、魔法の力場を形成し始めた。


「ファウダー、こちらも防御結界を」


 言われる前に、ファウダーは全員に結界を張っていた。どこに引き込まれるかわからないので、先に対策していた。そこに、もう一つの魔法結界を重ねてくれた。


「ホープとメニーはファウダーのカバーを」


 ハープとスーリヤ、シャリアーナ、リグ、イルミアは既に左右へ向かっている。リモニカの抜けた分はレガトがフォローに入る。


「グァッハハ、業魔の軍を率いて出でよ!」


 黒鰐、蛙人、そして蛇頭の将らしきものたちが出現し、さらに眷属の大軍を呼び出した。一つ目多頭蛇エビル・ボアーズヘッドにより、強化されレガト達に人海戦術で襲いかかった。

「持久戦に持ち込むつもり。薄い所、狙われる」


 ファウダーが忠告してくれた。薄い所というのはレガト達の事ではない。


「狙いはあくまでも、アストリア女王達か······」


 ネルガルこそ、この邪なるもの達を統べるもののはずだったが、彼は自らを餌にして、レガトという最大の敵を封じた。


 人数で言えば、アストリア女王達が一番人を集めたのは、逆に言えば突出したレガトやレーナのような実力者がいない事を意味する。それをこのネルガルは良く理解し、自分と邪竜で二強を封じ、弱い所をついたのだ。


「さすがに一筋縄ではいかないってやつか」


 レガトのぼやきにネルガルがニヤつく。嫌な覚悟を見せられたように思う。レガト達と違い、ネルガルは後につづくものの為に玉砕覚悟だとわかったからだ。


 八神のうち、巫女神であるヘケトも、アストリア達を叩けばまた手中に戻る。アストリア達にはアマテルやアピスハートもあり、ネルガルや邪竜達が敗れても、そこさえ勝てれば巻き返せると考えたようだ。


「悪しきものの残滓の、最後の入れ知恵か。でも、アレはもう力なき錬生術師に出し抜かれた時点で終わっているのを忘れたのか」


 その方向性はともかく、知恵者が知恵者に敗れるというのは、力比べで敗れることより深く魂に疵を負う。

 力比べなら体格差や年齢など弁明の余地もある。しかし、知恵比べは知識量だけでなく、積んだ経験の深みがものをいう。


 悪しきものは古き悪意の存在だ。それが生まれてたかだか十数年の小娘に敗れたとあって、その存在意義すら揺らいでいた。


「それに、こっちもダラダラとそっちの思惑に付き合うわけないだろう?」


 スーリヤのいる側から、人眩い浄化の光と共に、一筋の剣閃が空を切り裂いた。


「アリルさん!」


 スーリヤから歓喜の声が飛ぶ。同時にシャリアーナの方は複数の一つ目多頭蛇エビル・ボアーズヘッドから突然炎の渦が沸き起こり、焼失させる。


「レーナさま」


 泣きそうなカルジアと龍帝のメンバーのティティルとミュリオがファウダーの近くに到着する。


「邪竜はバアルト達に任せたんだね」


 乱戦に這入ったレーナとアリルに代わり、カルジアがコクリとうなずく。


「時間稼ぎが目的なら、戦局を絞って、付き合う場所を変えればいいのさ」


 レガトは母レーナの機転に感心しつつ、歯噛みするネルガルに告げる。


「おのれ、双炎! どこまでも邪魔立てを」


 ネルガルが化けた。黒輪の頭から大蛇の身体が大きく伸びて、背には六対もの翼と、十対の腕が生えた。


 尻尾側にも、ヒドラのように五本の首が伸びてそれぞれが魔法や、猛毒や麻痺を引き起こす吐息を吐き出した。


「むちゃくちゃだね。全部が意思ある頭みたいだ」


 敵も味方も見境なく暴れるために、対峙する側も油断出来ない。何より宙空に舞い上がり、強力なブレスを一斉に吐き出されると、酸と熱でダンジョンの床すら溶かした。


「全員、飛べ。ホープ、カルジア達のフォローを頼む」


 ファウダーはメニーニをそのまま護衛につかせる。召喚師のカルジアは従者全てを邪竜へ向かわせ無防備だった。


 場違いなティティル達は駆け出しのコノーク達よりは戦えるけれど、怒り狂ったネルガルを見て、邪竜一体の方がマシだったと嘆いていた。


「戦闘艇は耐えられないから、攻撃は避けてあてにしないように」


 空中に放り出されたとしても、イルミアとファウダーがフォローする。


「レガト、わたしとハープ君とスーリヤでネルガルを抑えるわ」


「ファウダーとカルジア達は私がカバーに入る」


 レーナ、アリルが何を言いたいのかわかった。


「メニーだけ借りる。いいかい」


「ええ。あの娘達も頼むわね」


 母レーナはレガトにかわりネルガルと戦場全体のフォローに入る。あとは仲間達に任せて、レガトはメニーニと結界を割って出ていった。ネルガルはどのみち逃げる。力の大半を結界や召喚に使った今、レーナ、アリルの加わった戦場での勝ち目は零に等しいからだ。


 レガトはオリンのしぶとい残滓を見て、ネルガルも同類だと見ている。逃げ出した神々などみんなそんなものだ。


「ヒルテ・ガード」


 レガトは固有名で召喚を行った。現れたのは椅子にだらしなく座り、お茶菓子を加えてぼへぇっと呆けるメイド服の女性だ。


 急に呼ばれたヒルテは、座っていたはずの椅子がなくなったために、そのままびっくり返り、手に持つ熱いお茶を全身に浴びて悲鳴をあげた。


 レガトと一緒にいたメニーニはため息をつきながら乾拭き布を被せ、治療薬をふりまき、火傷を抑えた。


「はれ? なんでレガトがここに?」


 ヒルテの様子で少なくとも、ラグーンやガウートが平和なのはわかった。


「僕が抜けた事で、シャリアーナが狙われる可能性がある。ヒルテは彼女の陰で守ってやってほしい」


 それだけ伝えてアルプ質と一緒にシャリアーナの元へと送った。


「どういうことなの?」


 メニーニの疑問はもっともだ。


「僕が悔しがるためならなんでもする連中がいるだけさ。ヒルテは護るものとして長けているからね」


「そうかなぁ」


 メニーニは納得していないようだ。しかし、レガトは豪弁する。ヒルテなら残念なだけのメイドではないことを見せてくれるはずだ、と。

 レガトはそう信じて、アストリア達のいる戦場へと移動した。出し抜いた所を叩くのが効果的なことを教わったのは大きい。


 あれほどしつこい悪しきものも、最後に自分の世界で嫌がらせを敢行し、またも中途半端に終わり、消滅した。


 召喚は成功したものの、本来の意図と変わっている。信徒の大半を失ったいま、この世界に発現することは叶わない。弱体化した集団は、吸収され溶け込み、真の教えを失うからだ。


 何にしても思わぬ拾いものが、誕生したのは間違いない。その存在を知られる前に間に合うように、レガトは先を急いだ。

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