第三十二話 開けてはいけないもの
人の気配が絶たれた理由を、レガト達はロズワースの主宮殿で知る。歴史を感じさせた建物。その見事な彫刻の拵えられた柱一つ取っても雄大さを誇るようだった。
ただ、宮殿乃内部はそれだけでは言いあらわせないくらい巨大な空間があった。
「これは、ダンジョンか」
帝都の中心、主宮殿にダンジョン。それも、迷宮ではなくただ巨大なだけの広間。中央に見える台座は、邪竜が鎮座する場所なのだろう。
そこにポツンと一人立つ男の姿が見えた。実体はないので魔法による幻像だろう。漆黒のきめ細やかな金の糸による刺繍の施された上衣をまとい、指にはいくつかの魔道具の指輪と、希少な宝石のついた高価な指輪をつけていた。身なりの良さから、宮廷のかなり身分の高いものとすぐにわかる。
「ようこそ【星竜の翼】の諸君、それにロブルタ王国の皆様」
「ずいぶんと丁寧なんだね。それに、酷使が過ぎる」
レガトは男がそこに立つ理由と、邪竜が鎮座する理由を察した。彼らは門番でもあるのだろう。
「私はメスラムを守りし門将ターエアル。これ以上先へと進むことは許されん」
待機させていたと思わしき、帝国軍の精鋭騎士が一斉にレガト達を囲んだ。
「気をつけたまえよ、このダンジョンにいくつかの通用口がある」
レガト達後ろから、アストリアの注意が飛んできた。レガトはノヴェルの一族の持つダンジョンメーカーの能力が、この地でも浪費されていたと知る。そして、同時に怒りを覚えた。
国を滅ぼされたドヴェルガー達は、みんなが王家に従ったわけではなかった。国を滅ぼす原因は王家にあるのだから、逃避行にまで偉そうにされるいわれはなかったからだ。
国を滅ぼす原因となった帝国へ赴いたもの達は捕らえられ、酷使され消えていった。
ノヴェルほどの才能はなくても、ドヴェルクだけは飼い殺しのように使われた。
レガトはアストリアと共にいるカルミアとノヴェルの様子を見る。彼女にも見えているはずだ。このダンジョンがどうやって作られたのかを。
「前面は僕らが受け持つ。アストリア、君たちは後面を頼む」
敵の精鋭は魔法も得意とする魔導騎士だ。全体魔法による強化と、レガト達の円陣を崩すために弱体化をかけていくつかの小隊が突撃を開始した。
「ファウダー、防護結界の強化を。リモニカ、アナート、君達はノーラ達のカバーと上方の注意を」
ノーラやコノーク達には咲夜とヘケト達と行動させていた。追撃の部隊に因縁あるものが邪竜と共にやって来る。邪竜はカルジア部隊の冒険者チームに任せることにした。敵も不意討ちを狙っているが、こちらもレーナ達が乱入しそうだからだ。
「アストリア、カルミア、君たちは邪竜が降って来たら咲夜達と先に行け」
「あんなデカいの落ちてくるのかね」
「あぁ、馬鹿な連中と一緒だと思う」
「あぁ、あいつらも来るのね。まとめて始末した方がいいんじゃないかしら」
「ここでは勘弁してくれ」
後面を請け負いつつ、アストリア達はレガト達の所まで徐々に下がっていた。敵も邪竜の巨体に巻き込まれまいと包囲はするが、突撃は一撃離脱を基本にしている。それを利用し、レガトはアストリア達のために道を作った。
イルミアが氷塊の魔法を撃ち込み、スーリヤがシャリアーナとリグと共に突出して前方への道を切り開く。氷塊は逃げ遅れた敵にぶつかると質量で押し潰し、破裂した。氷片の刃が敵の防御魔法ごと切り裂き、スーリヤとシャリアーナが炎の剣で追撃した。
邪竜の巨体が、ダンジョン化した大広間に落下してきたのはその時だった。レガト達はアストリア達を押し上げつつ、邪竜の落下を避けるために前進していた。彼女達が先へと進んだあとは逆に自分たちが入り口を封鎖するためだった。
「リモニカ、みんなを頼んだわよ」
「うん。シャリアーナも、無理しないでね」
駆け抜けてゆくリモニカにシャリアーナが声をかけ、バシッと手を打ちあった。この状況下でも、ふてぶてしく、余裕を崩さないのはレガトの影響だろう。
アストリア達が奥の出口へと消えると、邪竜が自分の台座付近に激突し、大地を揺らした。
「母さん、戦況は?」
レーナとアリル、それにカルジア達がレガトの近くへと降り立った。戦闘中だと言うのに、ムグムグしたシルクロウラーの繭のような物体がいるのは気のせいだろう。
「大きいのはまとめて落としてきたわよ。巨大化して重さも増えたから、魔法を使ってよじ登るのも苦労しそうね」
レーナの魔法は細かい。人数や重さを見極め落とし穴に嵌めたようだ。反重力による魔法や浮遊を使うと、さらに沈んでいく仕掛け罠付きだそうだ。
「門将ターエアルと邪竜はバアルト達に任せていいんだね」
「問題ないわ。魔導騎士達は、あの娘の器械兵を模したものをぶつけましょう」
レガトは、カルミアの開発した器械兵を、召喚したオーガと融合させた器械戦鬼士を二十四隊召喚した。
各々が、浄化能力のある大剣、大斧、大槍、大鎚、大盾を持ち火竜砲と、属性魔法に防御結界を扱う。機動力ではゴブリンスターク戦隊に劣るものの、集団戦による高火力の制圧に向くのだ。
「リエラ、器械戦鬼士の指揮は任せたよ」
「むむむ、むぐむぐっ!!」
レガトがそう言いながら、シルクロウラーの繭と化した女商人リエラをそのまま置いて行こうとした。
「ねぇ、あのままだと流石に死んじゃうんじゃない?」
アストリア達の開いた道の確保しながらハープが心配そうに言った。
「気持ち悪いから開けないほうがいいわよ」
アリルが冷たく言い放った。青ざめたカルジアや、レーナ達に同行していた龍帝の助っ人のミュリオ、ティティルもフイッと目を逸らした。
「心配ならハープ、君に任せたよ。スーリヤ、フォローしてやってくれ」
繭を作った張本人のレーナは完全に知らんぷりでアリルと先に行ってしまった。道を切り開いてるシャリアーナ達が急かす声も届く。
レガト、ホープ、メニーニ、ファウダーはカルジア達と後を追う。
「ハープ、やるなら急いで」
レーナに魔力解除だけしてもらったので、ハープは急いでリエラを包む繭を解体してゆく。
「ウワァァッ!」
リエラの顔が見えた瞬間、排世と雌臭い臭いと恍惚の不気味な微笑みのリエラの顔を見てハープが叫んだ。
「気が済んだら行くよ」
心に傷を負ったハープを、スーリヤは半ば引き摺るように連れてゆく。
開放されたリエラは満足感でいっぱいだった。さすがのローディス帝国の精鋭達も、この女商人には近づくのに勇気がいるように見えた。
「見ちゃったのか」
レガトはスーリヤが連れて来たハープを見て予想以上に酷かったことを理解した。お調子者で純粋なハープにはキツイ絵面だったと思う。開けてはいけない罠のようなものだ。そして冒険者達の実質リーダーはやはりリエラなのだと改めて思い知らされたレガトだった。
シャリアーナ達やレーナ達と合流し、レガト達はアストリア隊の後を追う。変態だけど、戦闘に関しては彼らは異常に強いので邪竜ごと丸投げして正解だった。
「さて、アストリア達はこの国の皇帝を討ちに行ったと思う。僕らは裏で糸を引く大公を討つ」
ダンジョン化しているにも関わらす、抜け出た先にまで激しい戦闘による地響きが伝わる。振動の強さで、ダンジョンが崩壊するようなことになれば、ロズワースの宮殿ごと崩壊するだろう。レガトとレーナは顔を合わせる見合せ、やり過ぎるであろう事も計算して動く事に決めた。
アストリアとカルミア達のチームのおかげで、戦力を三方面に分けられたのは良かった。数で劣るこちらは、少数精鋭で各個撃破が望ましい。
奇しくも大公ネルガルも同じ考えのようで、自分の居館でレガト達を静かに待ち受けていた。




