第三話 ラクベクト辺境伯一家
ラクベクト辺境伯では話しにならないと思い、レガトはメレヴィ夫人に面会を求めた。【星竜の翼】 の中でも初期メンバーと、レーナ、アリルは辺境伯の邸を自由に彷徨ける権限をもらっている。
ラグーンの発展の原動力であり騒乱を命懸けで守った功績があるからだ。シャリアーナは身内であるので当然だが、レガトやレーナは辺境伯にとって恩人の娘と孫であるから、無下に出来ないのもあった。
ロドスの公爵邸やインベキアの宮殿に比べると、ラグーンの領主邸は飾り気がまったくない。冒険者ギルドの方がまだ装飾品や調度品が整っている。
そのかわり武器や防具の数々に種類が豊富だ。彫像に着けたり壁に並べ立てたりと、物々しく飾っていた。
よく見るとダンジョンの魔物、それも希少な種類や深層域の魔物の角や皮などもある。これは辺境伯自ら狩った記念の物や【星竜の翼】 が贈ったものもある。これはこれで辺境伯の武威を示すのに分かり易い品々だった。
辺境伯の許可なく貴婦人の私室を訪れるのは不味いのでレガトは一度戻り、リモニカを連れて来た。最古参の仲間で、レガトがもっとも信頼しているのがリモニカだ。
弓を主体に使うが、雷の魔法と魔力集束の攻撃が得意だ。孤児院の子供達のまとめ役でもあり、書類仕事までこなす。
◇
「ミラさんに凄く睨まれたよ」
アミュラが抜けてもなんとか耐えていたのは、リモニカが事務仕事を手伝っていたからだろう。
「夕方まで手伝う約束だったからね」
ヒルテがすぐにサボるので、ミラさんの心の頼りはリモニカだけかもしれない。ニーシャさんやソロンさんが来ればもう少し仕事が回るので耐えてほしい。
「ノーラ樣は引き受けてくれるかな」
僕もリモニカも、ノーラさんとは何度か顔は合わせている。快活で人見知りをしない少女という印象だ。彼女を欲したのは、ロドスの学校での成績が首席だったのと、ラクトスが戦闘に重心を置く分の内政面のカバーが必要だからだ。
「好奇心の強い方だから、ラクトスを留守番にしてついて来ちゃう気がするけれど」
シャリアーナに憧れていたので、あり得る話しなんだよね。
僕とリモニカはメイドさんの案内でメレヴィ夫人の私室へと通された。手土産は、母さんから分けてもらったロブルタ産の茶葉だ。
「あら二人ともよく来たわね」
辺境伯夫人は気さくな方だ。リモニカのいた孤児院は実は夫人が設立したものだ。リモニカも施設に入ったばかりの頃は遊んでもらったそうだ。
お調子者なのに、気難しい辺境伯の統治が上手く言っているのは、冒険者ギルドの食堂のおばちゃんエルヴァさんと、このメレヴィ夫人の存在が大きいと思う。
「ラクトスを見てると余計にそう思うよね」
僕の軽口にリモニカが肘で突いた。
「レガト君の言うとおりだから、いいのよリモニカちゃん。あの子がいちばん夫に似ちゃったのよね」
良くも悪くもと夫人が続けた。長男のラグナーは跡継ぎとして、内政面の実務に長けていて、辺境伯とよく執務室で仕事をしている。中央貴族の干渉を完全に排除出来た現在、跡継ぎとしてもっともほしい能力をラグナーは持っていると思う。
跡継ぎでなければ、実際には一番欲しい方ではある。
次男ラドマン、三男ラディットはロズベクト公爵の派閥の貴族の娘達と結婚して、領主になっていた。ラクベクト辺境伯領の急成長で、婚姻話が一気に進んだそうだ。
「御義父様も現金よね。夫に領地だけ与えて、中央貴族の問題も放置していたのに」
ロズベクト公爵もそれは認めていた。公爵の本心はラクベクト領は息子に譲り、ラクト辺境伯にはロズベクト公爵位を継がせる腹づもりだ。
「シャリアーナ様のご活躍があまりにも派手で、さすがの御義父様も予定が狂ったのね」
原因である僕たちを見て、夫人が楽しそうに微笑む。メイドがお土産の茶葉を使ってお茶を運んで来て、カップに注ぐ。
「あら、このロブルタ産のお茶は良い香りね」
「ロブルタ王国の高地で大切に育てられた自慢の逸品だそうですよ」
僕は飲んだことがあるが、リモニカも初めてだったので、目が輝く。
「観光事業と聞いたけれど、実質は貿易と、巡回警備よね」
さすがは辺境伯夫人だけあって、視点の持ち方が鋭い。
「辺境伯には言っていませんが、いずれ東側にも水運を設けて、都市国家群との交易を広げるつもりです。息子さんの領地もノルディス川沿いですし、準備を進めておくようにそれとなく伝えてほしいのです」
これは、湯郷理想郷計画を見て僕と母さんとシャリアーナで計画を練り直したため、辺境伯には確定してから伝えるつもりの案件だ。
なにせ、ラグーンを中心に帝国三大河全てが繋がる事を意味する。
「夫に話せないのは、ノルディス川の開拓で一番の利益を得るケルテ国のせい?」
メレヴィ夫人が声を落として地図を指す。僕がリモニカを連れてまで面会を求めた理由にも気づいたのかもしれない。
「ケルテ国が欲するのは、ラクトスとノーラ、どっち?」
言わなくてもわかっていて、夫人は尋ねた。
「ノーラ様に声がかかる可能性が高いです」
ケルテ国は利益を生むとわかっている交易路に、二つも関わる機会がある。ノーラ様を世継ぎの王子の正妃として迎え入れてでも、ラクベクト辺境伯との友好を結ぶか、略奪に走るしかない。
「船団となる以上、戦うなら同等数以上の船を用意するか、沿岸部の強化や水門でも築くしかないですからね」
費用と手間を考えてみると、帝国周辺国全体を敵に回す行為を取らないはずだ。むしろ積極的に友好を保ち、利益を享受すると思う。
「レーナ樣は本当に恐ろしい方ね」
発案が母さんなのもわかったようだ。僕が無理に来た時点でやはり察したようだね。
「ノーラにはそのつもりでいるように覚悟させておきましょう。かわりに、それまではあの娘の好きにさせて頂戴」
メレヴィ夫人から、ノーラ様を連れてゆく許可が出た。ラクトスに替わり領主代理をしても良いし、僕らの中に加わりたいのなら入ってもらう。旅行に行きたいというのなら、パーニャさん達に護衛を頼もうと思う。
◇
レガトとリモニカはメレヴィ夫人の許可を得て、辺境伯の長女ノーラの部屋へと向かう。夫人の私室の反対側がノーラの部屋になる。
年齢は確か僕より三つ下くらい。すでに成人しているけれど、嫁ぎ先が見つからない。辺境伯が溺愛しているせいで、婚期を逃すかもしれないという噂もあった。
半分は事実だろうとレガトは思っていた。部屋にノーラはおらず、邸の中庭で剣を振るう少女の姿を見たからだ。
領主邸の中庭は実際は建物の裏になるので裏庭が正しいのだけど、北方の森の開拓と、交易路の開通により、迎賓館が増築され中庭になった。小さな水路に噴水、庭部分を囲うように果樹が植えられている。
ノーラは付き添いもつけずに一人で黙々と木剣を振り回している。魔物や侵入者を相手に戦う時に、一番いいのは距離を取れる槍や、弓だと教えられているはずなのだが、レガトはフゥッとため息をついた。
「レガト、良いところに来た。相手をせよ」
そう言ってノーラは足元の木剣をレガトへと放る。リモニカは巻き添えを食わないように、離れるのが早い。レガトも投げられた木剣をスッと避けた。
「あっ、こら、避けるな。受け取れ」
レガトは首席って何だろうと思いたくなった。以前にも増して、脳筋ぶりが上がっていた。シャリアーナやスーリヤがたまに見せる目と、ノーラは同じ色をしている。彼女の場合は、剣聖に惚れ込でいるわけでもない。
「ノーラ様は、剣の才能はないので諦めて下さい」
シャリアーナの生き様に共感しているだけなので、彼女の真似をするよりも得意なもので勝負すべきだとレガトは説いた事がある。その時は納得してくれたはずなのだが····首席とは?
「お母様のメレヴィ夫人から、貴女を【星竜の翼】 へと加入させる許可をいただきました」
レガトを追うノーラの足がピタッと止まる。ずっと両親に冒険者になりたいと騒いでいて、レガト達にも口添えを頼んでいた。念願が叶ったはずなのにノーラは浮かない表情だった。
「見合いか。どっちの国なの」
情勢を自分でよく調べて分析している。辺境伯の箱入り娘の耳に届く情報など、真偽も定かではない噂話が多いのにも関わらず、だ。
「最適なのはケルテ国になります」
だからそれまでは父親のラクト辺境伯が何と言おうと、ノーラの好きにさせようとする母親の思いも伝わったようだ。束の間の自由を楽しみなさい、そう言われているのも理解している。
「でもさ、それは予定通りならの話だよね。いいよ、行く。でもラクトスの替わりは嫌」
やはり頭は良いようだった。不敵な笑みは、何かを予感している。まずは自由の保証が得られればそれでいいと、ノーラはニコッと笑って言った。
「コノークとタンキも連れてくよ」
最近、領主邸の見習い衛兵となった二人の少年の事だろう。ラグーンの農村の出身でレガトやリモニカ達とは因縁のある少年達だった。直接もめた彼らの兄ズリッチとマーズクは、今はトロール駐屯地での警備隊長として、騎士位を受けている。
「リモニカ、構わないか」
「いいと思うよ。エメロとヤメネもノーラ様の側仕えに付けられるかな」
【星竜の翼】 に加入するという事は、過酷な戦闘をこなす可能性もある。そのあたりを踏まえて、ノーラ様に声をかけてもらい彼らに決めさせる事になった。
「あっ、それと敬称はもうなしね。兄貴がラクトスって呼び捨てなのに、私は様を付けるのずっと嫌だったんだから」
ノーラはそう言うと父親に知られる前に支度をするから待ってて、と邸の中に戻っていった。
「ラクトスには悪いけど、ガウートの留守を彼に任せるしかないね」
領主になったので、街の統治はしやすいはずだ。【星竜の翼】 のクラン本拠地はミラさんとユグドールが守ってくれるので安心だ。
「ハープ達が戻って来たら、救援要請組と、サーラズ王国組に分けよう」
ノーラがこの時の為に用意していた旅装用の大荷物を運んで来た。
「あっ、渡すの忘れてたよ」
レガトは、クランの仲間たちが使っている戦挺をノーラに渡す。
「荷物はそこに仕舞える。ペガサスよりは遅いけど、船がわりにもなる」
あとから合流するコノーク達の分も合わせて指輪をさらに四つノーラに預けた。
「こんな高価なものを、いいの?」
「仲間の証でもある。なくしても戻ってくるけれど売ると二度と使えなくなるから注意してね」
どういう認識なのか、レーナにしかわからない魔法の品。ただ自分の意思で手放すと効力を無くすらしい。魔力の根源がレガトになっているので、レガトを裏切る真似も駄目らしい。便利なのだけれど、レガトとしては母の愛が重くて恥ずかしい品でもあった。
◇◇
クラン【星竜の翼】 の本拠地はガウートの街を一望出来る山の高台にある。元々は深い森林だった場所に三百M四方程の平らな土地を開拓しただけの地域だ。ダンジョンを隠す為に、二つの工房と倉庫がわりの壁にも使う大きな船など、あからさまに妙な建造物が並んでいたのがはじまりだ。
今は大型の戦空挺が着水出来る程の水源が二つと、ラグーンと北方を結ぶ水路があり、グローデン山脈側を【星竜の翼】 がメインに使っている。ラグーン側を、交易路を含めたガウートの街が使っていた。
男爵として領主となったラクトスは、このガウートの街を領都として治める事になる。領主用の館は川沿いにすでに建造済で、対岸には【星竜の翼】 がいずれギルドとして運用する大きな建物をつくり始めていた。
大型の船も通過出来るように、領主館と、ギルドの建物の間にはスライド式の橋がある。隣国への警戒も勿論あるけれど、魔境であるグローデン山脈を考えると、必要な備えでもあった。
シャリアーナの護衛騎士を外された時に、ガウートの街の領主になる話しはあった。十年来の付き合いになるが、レガトという男の懐の深さは変わらない。まさか自分達の本拠地の街の領主を任されるなんて考えてなかった。
「たしかにノーラは能力があるけれど、無理だったろうな。あいつはシャリアーナに似て、頭は良いが基本的には馬鹿だ」
妹とはいえ、ずっといたわけじゃない。でも僕にはわかる。あいつはレガト達と同じで冒険が好きで、躊躇いがない。
まだ未熟な妹に仲間達の大切な地域を任せるより、才能は及ばずとも僕自身が守る方が、安心してもらえるだろうから。シャリアーナの護衛騎士を務めた事で、僕は自分の向き不向きはよくわかった。
一緒に旅に出て、仲間達の事を守ってやりたい気持ちもあるけれど、彼らの居場所を守ってやりたい気持ちも強い。それに、ラクベクト辺境伯、つまり父親との関係を考えると、誰よりも自分が一番守り手として適任なのはわかるつもりだった。
レガト達にはただ妹が面倒をかけるだろうけど頼む、の一言だけだ。
正式に辺境伯からの使いと書状が届き、僕はガウート男爵として、土地を守る貴族の一員になったのだった。
※ 補足
終盤の一人称視点はラクトス。レガトもラクトスも「僕」なので、ややこしくてすみません。




