第二十七話 凶眼魔人
長らく戦禍に見舞われる事なく、一つの国が続いていると、街の景観に重厚感というものが感じられる。
成立の理由はどうあれ、歴史と住まう人々の魂を感じるから、彼女も火竜の攻撃を留めたのかもしれない。
帝都ロズワースの中心街は比較的落ち着きを取り戻していた。火竜が去ったのと、被害が城壁と宮殿の一部が損傷しただけなので、守備兵や騎士団の余裕のある巡回姿に安堵したのだろう。
「ねぇ、レガト。あんなにいっぱいの兵士って養いきれるの?」
ホープが再び疑問を口にした。巡回している騎士団は二十一もあるというし、外壁で同士討ちを繰り広げる皇子達の騎士団の数は数万になる。
「インベキアならともかく、普通だと無理ね」
レガトにかわりシャリアーナがきっぱり断言した。同じ大都市インベキアでは食料を賄うことの出来る水利と、広大な平野、それに食糧を得られるダンジョンが二つも近くにあった。このロズワースでは数を集めて編成は出来ても、維持は厳しいというより無理がある。ロズワースの人口五十万人で、総計二十万近い兵を支えるだけで難しいのに、食料など生産が困難だからだ。レガト達も帝都まで足を使ってやって来ただけに、この土地の事情は見えていた。
「知られていない、食糧を得られるダンジョンがあるのかもね」
レガトはダンジョンか、異界の門があると想定している。どちらにしても、こちらの世界に常駐していないので維持費用が浮く。ヘケトを見ると召喚の可能性も否めない。
ただ欠点は、不意を付かれると対応が遅れ後手に回ることだろう。今回も火竜の咆哮を許してしまった。対処する前に退かれた事で、行き場のない兵を市中に回したとも言えた。
そして巡回兵が増えると街の空気が落ち着き、コートを羽織ってうろつく冒険者の集団はとても目立つようになる。
「ねぇ、街中で戦闘行為に移ると思う?」
戦闘馬に乗る重装の騎士の数が徐々に増えて、周りを囲んでいるのがわかる。
「あれは、追い込もうと誘導している感じだな。大軍が待ち構えているダンジョンか転移陣でもありそうだ」
こちらの存在に気づいていながら、侵入者側の心理を上手く利用して罠へと導いている。先行するハープ達は既に包囲をかわしたようだ。ならば、レガト達が捕まるわけにはいかない。
レガトとしては大軍の維持をどうしているのかは気になる所だけども、それは後続の冒険者達に任せようと思った。
「ロブルタのメンバーと合流もしたい。包囲の厚い所を突破する」
先行するハープ達の方向に簡易防衛陣が築かれていた。ロズワースの建物は頑丈だ。石造りの壁に鉄張りのドアで出来た住宅、窓もしっかり鉄棒の格子が組まれ、侵入を防ぐようになっていた。
「インベキアは同じような造りでも、袋小路に追い詰めるのよね」
大都市になると賊徒も潜みやすい。そのための予防策はあるものだが、この国の場合、賊徒とつるんでいるので何とも言えなかった。
レガト達が重厚な陣をものともせずに向かってくるので、構える騎士団側も躊躇うことなく攻撃を命じた。
通りは広めでも、住宅や商業施設の上階から狙われやすい。一斉に飛んでくる弓矢と魔法に対してファウダーとホープが風の結界で応じ弾き返した。
「ヘケト、ラナ、二人はファウダーから離れるなよ。あいつら君等の事を忘れている。タンキとヤメネはノーラに付け」
忘れているというより、まとめて殺せと言われている様子。魔法の威力が強い。結界魔法がたいていの魔法を遮断する。それでも野戦と違い、集中しやすいのと精鋭が混じり威力が高まっていた。
「黒鰐の魔法戦士か。厄介だな」
行く手を阻むのは、黒鰐族と呼ぶ事にした、鰐人の魔法戦士。三M近くの体格と、鰐の頭を持つ帝都の主力の防衛騎士団のようだ。
「あれだけいれば、精鋭はいるだろうし、集めるよね」
黒い殺し屋というだけに、装備まで黒光りする魔法耐性と衝撃耐久に優れた鎧に身を固めている。
「ならこっちも」
レガトはここでようやく召喚を行う。呼び出されたのは、ゴブリン戦隊。ゴブリンスタークとゴブリンダーク・アイズの間の子だ。荒野をゆく戦士と呼ばれるレガトのオリジナル部隊の十八名が、帝都防衛隊の黒鰐族部隊へと突撃する。
どちらも魔法を得意とする戦士だけあって、身体強化を上乗せし肉弾戦になる。
「よし、今のうちに抜ける。リグ、シャリアーナ、イルミア。先頭は任せたよ」
レガトはファウダーにホープを、ノーラにリモニカを付け、自分は最後尾に回る。似たように黒光りする好敵手の出現に、黒鰐戦士達が沸いた。なんとなく思考がリグに近い種族なのかもしれない。
リグは脳筋と呼ばれるけれど、場を弁えるだけマシだろう。今も上手くみんなを先導している。ハープ達と違い、盾使いというわけではない分、シャリアーナとイルミアが魔法でカバーしてくれる。
先行した組にはハープもいるし、シャリアーナとリモニカに指揮は任せた。
◇
「突破出来ると思った瞬間にズドンっと魔法を撃つつもりだったのかい」
熱狂する黒鰐達の影から膨大な魔力が垣間見えて、僕は足を止めた。そこにいたのは、外壁で騎士団を率いて待ち構えていた魔導隊の指揮官だ。
「我が方の狙いは、最初からお前じゃ」
格好は神官っぽいけれど、物腰は武人の立ち振舞いに近い。
「魔族の勇者か。並の勇者と違うのは呼び出された世界の違いか」
凶眼魔人と呼ばれる一つ目の種族。黒魔族とも呼ばれる魔人だ。ヒルテ達の夜魔族のように魔力が高く、凶化眼と呼ばれる邪眼で、その瞳を見たものに様々な状態異常をもたらすという。
「よく知っているようじゃな。我が種族、我が世界はこの世界では討伐対象とされているというのに」
おじいちゃんや母さん達が【黒魔の瞳】というダンジョンに挑んでいた。僕が生まれる前の話しなので詳しくは知らない。踏破したと表向きは語られているけれど、母さんは否定していた。
僕はなんとなく、【勇者】がどういう形で呼ばれるのか分かった。逃げた神々だろうと既に関わりを絶とうと、異界を築く神との因縁があれば呼び出しの候補になるのかもしれない。
「牛飼いを殺し巨人の秘薬を改造し、あの娘らが巨大牛人と呼ぶ魔物を創り出したのはあんたなんだね」
牛人達はロブルタの女王が保護するアマテルの雄牛と、アルクトゥールスの豊穣の牝牛がいた。牛人族が穏やかでおっとりしたものが多いので、異界の侵略者達に分断され滅びの憂き目に合う。
分からないのは、アケルナル達がそうであるように、この勇者もこの世界においては相当な強さだ。元の世界でも、名のある英傑だったんじゃないだろうか。そう思わせるに足りる圧力があった。
「わしは神官ヌビアス。かつてはバロールと呼ばれたものじゃ」
娘に裏切られ孫に殺された時に、こちらに呼ばれたらしい。
「呼び出したのはアルクトゥールス王の側近どもじゃ。悪神の手のものとの戦いに、奴と同じ手段を用いてしまった愚かなもの共よ」
バアルトやアナートの話しと母さんの調べで、この老人のように喋る勇者が言っている事は合っていた。むしろ当事者のように思える。
「召喚された勇者は、力の万能感に酔って暴れると聞いたし、何度か小物と戦って間違いなかったよ。でもバロール、あんたは強い意志を持っているみたいだけど」
アッカドやアケルナルといい、このバロールといい真の強者は自我が強いのだろうか。召喚者達は滅ぼして、いまは誰かに従っているなんてあり得るのだろうか。
「呼ばれた当初は八つ当たりで暴れたわい。アルクトゥールスと豊穣の牝牛を殺して二つの星核を奪ったのも確かにわしじゃ」
バロールは召喚者を屠り、呪縛の楔を自ら解いた。元々力あるものに、この世界で暴れる免罪符を与えたようなものだ。バアルトにより水没した大地の半分は、このバロールのせいでもある。
偽神は放置し好きにさせていたものの、彼女を信奉する者たちが逆に正義に導くと称して戦い挑み、多大な犠牲を払って抑え込んだという。
「実際、奴らに敗れたわけではないのじゃ。失ったものを取り戻したいのならこの世界で力を奪い力をつけ、創り直せば良いと教えられたのじゃよ」
それがローディス帝国に長らくの間、暗躍し続けたネルガルという元皇帝らしき男の事らしい。
「星核は二つあるはず。もう一つはどこへ言ったんだ」
おそらく魔力の膨大さから、一つはこのバロールが所持している。もう一つはネルガルに渡したのだろうか。
「豊穣の輝きはわしの創り出した暗黒竜に持たせている。火竜めがあのまま暴れていたら飛び出していたじゃろう」
防衛のために眠っているらしき暗黒竜、それが目覚めると帝都などあっという間に瓦礫と化すそうだ。
「なんでそんなものを······って愚問か」
悪しきものと言えば偽神が唆したに決まっていた。
「大方制御すべき鍵を盗まれて、どうにもならない、そう聞こえたけどね」
僕の予測にバロールの大きな一つ目が見開く。当たらずとも遠からず、か。
「アナートから聞いたんだよ。邪竜の制御の為に、妹を融合させようとしたから逃がしたって」
「無駄な足掻きじゃが、ダンジョン内なら成功例があった。まあわしにはどうでも良かったのじゃよ」
このバロールという異界の勇者は、始めから諦観の念が強い。偽神にあえて利用され協力しているようにも見える。おそらく、この帝国の皇帝も、何かしら恨みを抱えているのではないかと僕は感じている。ろくでもない話しだけど、偽神に協力するという事は、最終的には破滅を意味するからだ。
「大体かつての状況や思惑はわかったよ。それで、そこまで僕に話したのは懺悔か何かか?」
十中十、それはないとわかっている。でも一応聞いてみる。
「これからお前を殺す。しかし、万一わしが敗れた場合、わしの悔恨と魂をお前ならあの娘に渡せるのだろう?」
「魂まで滅して、死にたくはないと」
「いや、違うのう。わしとて王だったものじゃ。祟神に身を落とそうと異界の地を穢そうと、その本質は何も変わっておらぬ所を見せたいのじゃよ」
たった一人で僕の前に立ちはだかったのも、失わなかった誇りと言いたいようだ。付き合う義理はない。ただ、放っておくわけにもいかない。それが、罠だとわかっていても。
「なるほど僕抜きで邪竜をあの娘らにぶつけ、星核を奪うつもりか」
「そうじゃ。話した所で大した時間稼ぎにもならぬが、わしはわしの役目を果たそう」
見つからないなら持っている所をから奪えばいい。非常にわかりやすい作戦だ。山の中に潜んでいる所を、巨竜に襲われれば逃げるのも難しいだろう。
「目当ては星核だけじゃないな。それに死んで魂を奪うのではなく、乗り移って奪う気なんだろう」
僕の問いにはもう答えは返って来なかった。それは肯定と捉えていいのだろう。ただバロールはわかっていない。あの娘には裏で暗躍していた母さんが色々差し出したせいで戦力がおかしくなっている事に。
何よりあの娘自身は凄く弱い。だから仲間に強者がいても強者の戦いをしないので、非常に面倒で厄介な戦いをしてくるのだ。
真竜に至った火竜の経緯を聞いて、ユグドールが絶対に関わりたくないと、留守番を申し出るくらいだ。バロールの魔力で隔離されたこの空間の壁を破って、暗黒竜の悲鳴が響いて来るのは時間の問題だろう。
そして逃げ出して来る可能性を考えて、目の前の魔人の勇者は始末しておく必要があった。




