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第二十六話 火竜の陽動

 レガト達の勢いに押されて万を擁する軍が瓦解した。まだ呪いの騎士達が強制的に向かうものの、浄炎の力で呪いが破れると、記憶が混同し敵を見失うようだった。

 どうして戦いに赴いているのか、思い出す前に呪いの騎士達に襲われるので、反乱と勘違いする者もいたくらいだ。これには神官ヌビアスも忌々しそうにレガト達を見る。


 そこに思わぬ援軍が現れた。目標を見失い引き返していた最中に、味方のはずの巨大牛人の集団と、冒険者達に追われ逃げ帰って来た皇太子軍だ。

 バベルの偵察部隊により、戦闘に巻き込まれずに済んだものの、あの化け物じみた冒険者達がやって来るのは時間の問題だった。




「これはどういう状態なのだ」


 セティウス達が帝都ロズワース城壁前で、同士討ちをする帝国騎士達の情報を聞いて報告をしたものを怒鳴りつけた。

 セティウス達がいる高台からはちょうど騎士達に囲まれた中心まで覗けた。


「ウシルスのやつもしくじってくれたか」


 冒険者達の姿を確認して、セティウスは安堵した。この喧騒は間違いなく冒険者達を始末仕損ねたウシルスの失態だ。皇太子セティウス達が姿を見せ参戦する事で、混乱を収めるきっかけになりそうだった。


「誰があやつに手など貸すものか」


 セティウスはバビロンとバレン、合流したネフティスとホロンを連れ、帝都に向かう。援軍と言ってもジブン達は戦いもせずに逃げ帰って来た形だ。戦うならウシルス達が完全に敗北してからでないと、手柄を奪われる。


 せっかく得た立場を失うわけにもいかず、セティウスは味方の軍をあっさり見捨てた。どのみち数も駆け通しで半分もおらず疲労も大きい。


「あれはなんだ」


 側近の騎士達の声で、皇太子一行は足を止め城壁の先に目をやる。帝都の奥、山側に造られた帝都の宮殿から火の手が上がる。一匹の大きな火竜が、激しい炎のブレスを吐き出していた。


「火竜! それもかなり大きい」


「あれほどの火竜、見張りは何をしていたんだ」


 誰もが何でそんなものが、急に帝都に現れたのかと目を疑う。


「あれはロブルタに味方しているという火竜か」


 皇太子だけは火竜が、フレミールという名前の古竜だと知っていた。会っていたはずなのだが、当の本人は火竜だとあまり認識していなかった。その火竜がこの帝都ロズワースを襲っている。つまり自分達を出し抜き、姿を見失う事になった目的の者たちがあそこにいるというわけだ。


「手間をかけさせてくれる。いくぞ」


 セティウスは側近と精鋭達を率いて、帝都に向かうことにした。火竜が相手では、逃げ帰って来る騎士達は足手まといにしかならないと判断したのだ。

 部隊のまとめ役の騎士団の団長に指示を残し、皇太子は火竜討伐用の部隊を組み直した。



「レガト、帝都から煙が揚がったよ」


 帝都の入り口になる城塞街まで、まだまだ距離があった。混乱する帝国騎士達は、徐々に集まる騎士達を見て、統率が乱れていた。屈強な騎士達を普通に運用していたのならば、彼らもここまで取り乱さなかったかもしれない。軍団魔法の弊害だと言えた。

 遠距離魔法を警戒しながら一瞬空へ舞うホープは帝国軍の動き、帝都に現れた狼煙の原因の火竜の姿を捉えた。


「あちらも彼女達の動きを追えていなかったようだね。混乱に乗じて行くぞ」


 ホープの空中からの偵察で新手の騎士達の内、装備の豪華な一団が城塞へと向かうのがわかった。レガトは機を逃さず、追従するように帝都へ向かう。今なら火竜の騒ぎに目がいき、門が開放されている。帝都の民が騒ぎで逃げ惑う中をゆけば、労せずに進めるからだ。


「大胆に、測ったようなタイミングね」


 走りながらシャリアーナが、悪目立ちをする同盟相手の思考に呆れる。せっかくこっそり侵入したのに、自分達から居場所を晒すような真似をする意味がわからなかったようだ。


「多分、裏手からの守りが思ったより堅いから、城壁ごとぶち破ったんだろうね」


 期せずしてこちらへの到着の合図になり、合流する帝国騎士団同士の猜疑心が、より深まる助けになった。注視する相手が変わった事で、今度はこちらが動きやすくなったのは間違いない。敵の防衛の主力があちらに集まる間に、レガト達は難なく城塞門を突破出来た。



 帝都の大門をくぐり中へ入ると、すでに腰の軽く逃げ足の速い行商人などが、城塞街まで到達していた。守備兵に止められ激昂したり、泣きそうに喚いている声が響く。逃げても構わないが、城の外でも大軍同士の戦闘が起きていて、巻き込まれて死ぬ可能性があると言われたようだ。

 帝都の宮殿に四十Mを越える火竜、逃げても大軍同士の争い。一瞬で訪れた災厄に、城塞街は地に膝をつき項垂れる人々で埋まった。

 彼らの大半は、自国が戦争を仕掛けた事や、後継を巡る派閥争いがあるのは知っていた。


 しかし、災厄は常に他国のもとに起きるものであって、自分達は安全だと信じていた。まして国境での諍いならともかく、予兆も前触れもなく災禍が帝都を襲うなど悪夢を見ているとしか思えない。もっと言えば、攻められ逃げ惑うのはロブルタ王国の側であって自分達は大丈夫だと、安心しきっていたというだけだ。ロブルタ側は絶えずローディス帝国の侵攻を警戒し、備えていたのとは真逆の思考だと言えた。


「まあ戦争だから、どう決着しても民が難儀するのは同じなんだけどね」


 装備の上からマントを身に着け、民衆に紛れてレガト達は二手に分かれて進む。ハープ、スーリヤ、メニーニ、アナート、コノーク、エメロは先行して情報を集めている。レガト達はファウダーとヘケト達をリモニカに見てもらいながら、街の中をゆっくりと進んでいた。


「あっちでもこっちでも、本当に騒動ばかり引き起こしてるわね」


 偽神(オリン)だけの仕業ではないにしても、きっかけになった厄病神(トラブルメーカー)に対して、シャリアーナは心底嫌そうに呟いた。


 同じ皇女として、シャリアーナは偽神(オリン)を嫌っている。いままさに亡国の皇女になりかけているので、レガトは彼女の怒りに火が点かないように注意していた。


 城塞都市から帝都中心街へ入るのも、逃げ惑う人々のおかげで見つかる事なく侵入出来た。火竜はすでに飛び去ったらしく、守備兵達が必死に落ち着くように呼びかけていた。


 被害は城塞と、宮殿の一部が損壊した程度のようだ。火竜の去った後は何かがやって来る事もなかったので、避難はさせるつもりはなさそうだった。


「五十万もの人々を一斉に動かす方が難しいだろうからね」


 民衆も軍幹部も、数十名の冒険者達に攻め込まれるなど想定していなかったようだ。


「そう考えると、指揮官はともかく作戦絵図を描いたものは結構厄介だね。各方面に少なくとも二万や三万の軍団を送っているんだから」


 ロブルタやドワーフ側ならわかるが、レガト達にも作戦者は兵を出した。冒険者の傭兵を募るくらいだし、南方は大勢力のない友好都市ばかりだ。


「たまたまじゃないの? 攻め込んで港町手に入れるつもりだったかもしれないじゃない」


 それも考えられた。港町エンヘルの主戦力は冒険者達だ。お金で釣り出し町を襲えばひとたまりもなかったと思えた。


「人数かけても勝てないだろうことを踏まえているようにも感じるんだよね」


 無能皇子達に軍隊を預けて、倒せたのなら儲け、倒せなくともわかりきっていた事だと割り切っていそうだ。


 火竜を引かせたのは、こちらの動きに合わせて直接乗り込むか、陽動に回るのか自由に選択する余地を残したのだろう。英雄女王か錬金術師か、どちらの考えかよくわからないものの、レガトにはその強かさが好ましく映った。

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