第二十二話 裏切り者の英雄たち
アクワス地方での戦闘を制したレガト達は、倒した魔物の素材を回収する。魔物化したものが人に戻る事はないようだ。身体も完全に魔物の身体で、魔力は吸収され殆どなくなっていたけれど魔晶石も取れた。
黒鰐と泥濘の蛙の素材はメニーニがほくほく顔で回収していた。クランのために使う素材と言うよりも、商業ギルドなどに卸すと高級品の鞄や衣服に加工されて、結構な資金源になるんだとか。それならば泥に塗れようと回収する価値はあるとレガトも喜びに顔を綻ばせた。
「なんか、メニーの素材回収倉庫から悲鳴が聞こえなかったか」
出番の少なかったリグが、巨大な黒鰐の身体を丸ごとメニーニの指輪に押し込むようにしまう。レーナの作ったクラン共用の回収倉庫の指輪なので主力メンバーや、行動別のグループに持たせてある。手の空いたものや必要なものが洗浄作業や解体作業を行って、素材収納倉庫へと回す。
「気のせいじゃない?回収先は亜空間になっているもの」
シャリアーナが泥塗れになりながらリグに答えた。彼女も呻き声を聞いた気がしたのだが、聞いてはいけない声は聞かなかった事にした。追加で素材がたっぷり手に入ったので、商人の喜びの叫びなのだと思いたかったようだ。
戦艇で汚れを洗い流し、着替えを済ませて帝都ロズワースへ向けて移動を再開した。アクワス地方の先は背丈の低い木の生えた草原地帯が広がる。湿地帯に比べて、空気が随分乾燥している気がする。
「山から吹き下ろす風が乾燥してるのよ。ラクベクト領の東からロズベクト領の北の地域はまさに似た感じだったわ」
この世界の気候は謎が多い。主な原因はダンジョンのせいだ。ローディス帝国と山地を挟んだ反対の旧シンマ王国が砂漠地帯だと考えると、乾いた風が山を越えてこの地にまで吹いているのがわかる。
もしくは、このローディス帝国でも大地の力が枯渇しだしていて、荒れる一因になっているのかもしれない。
「全員止まれ」
レガト達は帝国領を歩いて進んでいた。ローディス帝国のアクワス領からロドカルス領へ入った最初の街で帝国軍が駐留していた。街の中からは、あの黒い呪いが見える。
「アクワスでの報告が届いているにしても、物々しいね。全部倒して回るのは流石に骨が折れる」
レガト達の人数は、せいぜい三パーティー分しかいない。軍隊だと、一小隊か二小隊分といった数にあたる。討伐に万余の兵を用意したとなると、歓迎ぶりが過剰過ぎないかと思う。
それだけ警戒されていて、戦力評価をされたわけだが、数だけ用意したわけではないのが厄介だった。
アクワスで回収された魔力生命の源はこの結界に吸い寄せられ、三人の男と二人の女に注がれていた。範囲結界が見える。偽神が異教の徒なら、彼らは邪教の徒というものか。
「レガトちゃん、ワタシの記憶だし、確定じゃないケド聞く?」
アナートが何かを思い出したようだ。レガトは街から距離を置きながら頷く。
「南方にヘルモポリスと呼ばれる蛙人が棲む大陸があったのヨ。今とは地形が変わって分かりづらいけれど、位置は内海から出た最初の大陸あたりになるわネ」
アナートも封印されていたので、今もあるのかどうかわからない様子だった。ただ蛙人は強力な魔力と繁殖力があるそうだ。
「どういう経緯かわからないけど、鰐人、蛙人が協力的なのは確かだな。牛人は逆に囚われたか、利用されているのも間違いないようだ」
ロブルタでの騒動や、ローディス帝国へ入り込んだ仲間達の情報から推測出来る。アナートやバアルト達とは違い、異界の信徒達や侵攻勢力に協力的なものだっていただろう。
アクワスの湿地帯を見る限り、随分と集落の数が多いなと思った理由はわかった。黒い呪いの力とは別に、アナートが教えてくれた蛙人の魔術師がいるせいで紛らわしかったようだ。
「アナート達のように囚われていないだけで、操られている可能性は充分ある。たとえそうでも、容赦しないけどね」
戦闘を避けるのは面倒なのもあるけれど、レーナ達や、ロブルタの面々の情報からローディス帝国の動きが伝わったからだ。
「ロブルタの女王様は随分と大胆なようだね」
地形を苦にしない乗り物らしいけれど、魔境でもある山を越えて帝都に直接乗り込む気概は褒めたい。ローディス帝国は彼女達の生命を狙って、誘い出したというのに肩透かしを食った状態だ。行き場を失った軍が帝都に戻るならば、こちらも動きを合わせて派遣されて来る帝国騎士団を誘導したい。
「同士討ちにさせようってわけね」
シャリアーナがレガトの意図に気づく。軍隊を率いる皇子達は仲が悪い。上手くかち合わせれば、勝手に自軍同士で争い出すんじゃないかと考えたのだ。
そのためにはここを主戦場にして時間を費やしてしまい、派兵軍を合流させたくなかった。
少なくともロブルタの錬生術師は自分達と、こちらの戦力を理解していて、自分達の敵を押し付けたい意図を感じる。賢い少女だと改めて思う。無茶をしているようで冷静に戦力分析をして、自分達を囮や遊撃になるように動いているのがわかった。
「そういうわけだから駐留軍との戦闘は回避するかわりに、こちらから乗り込んで敵の主力だけ叩く」
この手の戦いは、いつも受け身で守ってばかりだった。たまにはこちらから攻めてやってもいいとレガトは言った。
「どうやって乗り込むの?」
潜んでいる状態なのに、大丈夫なのかハープが心配そうだ。
「ファウダーの結界魔法を先掛けして全員転移する」
「なんでレガトが転移を使えるのよ」
「ん、五人に対象絞った」
シャリアーナが何か言う前にファウダーが準備を終えていた。レガトが戦わずに避けるわけないとわかっていたようだ。リモニカとホープはノーラ達を、リグとイルミアがシャリアーナを守る形に移動している。
「メニーとファウダーは僕の側に。ハープ、スーリヤ、アナートは自由に動いて構わない。じゃあ、行くよ」
レガトはレーナが転移を使う姿をイメージするかに見せて、魔力を爆発させて対象のいる建物まで飛ぶ。転移なんて制御の苦手とするレガトが出来るわけがない。そういう事になってる。
でも結界ごと飛ばす事は出来る。魔力爆発による陽動と、結界により隠蔽が掛かり、秘かに侵入するより容易かった。
突然の魔力爆発に、ロドカルス領の街は騒然となった。直ちに臨戦体勢が敷かれ、魔力爆発の起きた方角へ防御体勢が築かれた。魔力が高い軍だけに、魔力への感応力も高い。強敵が現れる可能性も考慮し、戦陣魔法も唱え始める部隊もいたくらいだった。
街の中央で集まる魔力や魂の力を吸収していた五人も、魔力爆発には気づいていた。ずっと遠くから感じていた威圧感の主がやって来たのだとわかった。そしてその力の主は思ったよりは魔力がある、それだけだった。出向くまでもなく、数で疲弊させておけば援軍が到着し勝手に潰れる。
わざわざ出向く必要などないと五人は動じることなく、儀式の間に鎮座していた。
「なるほど、剥き出しの小型簡易ダンジョンか」
常人なら弾かれ近づくことすら出来ない結界の中に、冒険者らしき風体の青年の声が響く。どうやって入り込んだのか、仲間達も一緒のようだ。
「初めまして、いにしえの勇者たち、いや裏切り者の英雄と言った方が適切かな」
レガトの言葉に、三人の男達が戦闘体勢を取る。
「奇襲するんじゃなかったの?」
シャリアーナからまた厳しい問いが発せられるけれど、レガトは無視した。
「僕はクラン【星竜の翼】の盟主を務めるレガトだ。戦う前に名前くらい名乗っておかないか」
ニヤッと笑うレガトに、三人の男のリーダーらしきものが少し前に出る。
「いいだろう、私はアッカド。裏切り者などと呼ばれる筋合いはない」
怒りを一瞬で暴発させて、アッカドはレガトに向けて高火力の雷槍を放つ。結界を簡単に突破した相手に通じるとは思っていないようで、同時にもう一つの雷槍で突進攻撃を仕掛けて来た。
どちらの攻撃もノーラ達を守りながら、後ろから矢を放つリモニカが防ぐが突進攻撃は止まらずレガトが槍で受け止めようやく止まった。
「ほぅ、この攻撃を止めるのか」
リモニカが負けたのは単純な魔力差があったからだ。このメンバーの中でもアッカドという男の魔力はかなり高い。レガトが引き起こした魔力爆発を大したことがないように言うだけの事はあった。
「我が槍を止めるというのなら、こちらも全員を出す必要があろう」
アッカドはそう言うと、後ろにいた女性に召喚陣を開かせ仲間を呼んだ。
相手は全部で九人となる。数ではレガト達が有利な状況だったが、敵には召喚師が二人もいる。
「どこまで善戦出来るものか――――――――確かめさせてもらうとしよう」




