第二十一話 アクワス地方の湿原地帯
ローディス帝国の南東部はエルベキア森王国や夜魔の国と接しているためか、帝国領と言いながらも自由地域に近い暮らしをしている。一般的にアクワス地方と呼ばれ、湿原地帯が広がる地域を差す。
足場の固い所を街道にして、時折木で雑に組んだ橋代わりの板が並べられていた。雨が降ると増水して足止めをくうためか、小さな集落がいくつも続く感じだった。
この辺りは漁業が盛んで、採った魚を加工し、森の王国などで売って生計をたてる者も多い。また水樹果と言われる果樹が大量に自生していて、雨期が終わる夏頃になると一斉に花を咲かせ実が成る。水の中に浸かっても育つ為か、実は水っぽいが甘い。実の成る季節は魔物達も寄ってきやすいので旅商の護衛の数は倍になるとも。
「馬車で荷物を運ぶのは大変そうだね」
ハープが沼地独特の泥の臭いに顔を顰める。水樹果の花が枯れると、夏場は水の溜まる場所が濁り腐って臭くなる。
ハープの言うように、馬という生き物は、ある程度土の固まった所を駆けるのに向いている。このアクワス地方のような所は、予期せぬ泥濘もありすぐに脚を取られ、荷馬車が沈んでしまう。
「だからこの辺りは気性を和らげた河馬に、そりのような脚のついた舟形の荷台に載せて運ぶんだよ」
雪国などと近いとレガトは自分の暮らしたラズク村の様子を思い起こした。雪が積もると荷を運ぶのための板状のものがあった。
河馬は速度が出ないかわりに、力はある。それと水に沈む心配も減る。難点は品種改良はしても、河馬は河馬だという事だ。好物の水樹果の実が成る季節は、寄り道しまくって、中々先へ進めなくなるのだ。
「ラグーンのように水馬が入れば速いし賢いのだろうけど、飼い慣らすのは難しいだろうね」
河馬を襲われない程度まで飼いならしただけでも凄いと思う。そしてそれがどういう理由か、レガト達は身を持って知る事になった。
「あれ? なんで知られたんだ」
密かに傭兵の募集で入国したはずなのに、レガト達はローディス帝国の領主が率いる兵に襲われた。
「アミット族の黒鰐隊か······」
ローディス帝国南方の沼沢地域を中心に活動する黒い殺し屋達。リザードマンやリザードンなどより身体も大きく、皮も厚い。獰猛さでは野生の河馬や熊より凶暴で、手がつけられないと言われている。ダンジョンでも鰐型の魔物は出てくる。
しかし、このアミット族の兵隊は帝国軍の装備で身を固めている所と統率された動きが違う。何より沼地では強さが断然違うのがよくわかった。
「まずいよ、レガト。大地の魔法が崩される」
ハープが足場を固めた側から、黒鰐が解呪するかのように地面を壊す。アクワスの領主はアミット族の他に弓兵隊や魔法部隊を率いており、沼地専用の小舟に散開させ攻撃していた。
凶暴なアミット族だが、領主兵達とは信頼関係があるようで、連携が上手い。
「リモニカ、戦艇を出してノーラ達を頼む。ホープ、君はファウダーとメニーをカバーしてくれ」
ハープとスーリヤはレガトが何も言わずとも二人で組んで特攻している。足場を崩されるのも構わずに、敵の真っ只中を駆けてゆく。アミット族がいくら強くても、ハープとスーリヤの二人の連携は崩せるものではない。
アナートは水の魔法を駆使して単身に敵と当たる。どっちが化け物で殺し屋なのか疑問が浮かぶくらい強い。
「こちらの動きが丸分かりなのは置いておくとして、これだけで勝てると思ってるのか」
隣にいるシャリアーナの目が、レガトに何か言いたげだった。レガトが見なかったふりをするので、シャリアーナが大きくため息をついた。悪しきものの残滓がローディス帝国に逃げたのと、エンヘル港町の冒険者ギルドから情報が流れたに決まっているからだ。
「偽神はともかく、エンヘル港町の冒険者ギルドで募集をかけているのに、情報が隠せるわけないって言ったわよね」
偲んで行くのならば、戦艇で山側から静かに進軍して、帝都の搦め手から行った方が効率良く敵を倒せたはずだった。シャリアーナの提案を、それじゃあ面白くないと断ったのはレガトで、他のメンバーはもう慣れて諦めている。
メニーニだけは「鰐皮よワニ革」と、山のようなお宝素材を前に興奮していた。
「鰐人がデカくなるとどうなるのか見ておきたいじゃないか」
現有戦力では勝てないと見た敵が、早々に切り札を使う。三M〜五M程の黒鰐達が巨人の秘薬で巨大化する。
巨大牛人や素材を手に入れた巨大蠍人と違い、鰐人は巨大化すると鰐のように四本足になった。
「リモニカ達は高度を取って下がれ。遠距離支援で注意を散らしてくれ」
体勢は四本足でも立ち上がる可能性もあるので、リモニカやノーラ達には安全域に逃がす。
「デカいのは十体だけだ。水と土の魔法には気をつけるように」
ファウダーが戦闘に出るメンバーをホープの風の魔法と共に結界で包む。
「情報の漏れている件はともかくとして、どうして彼らはここで足止めしようとしているのかしら?」
アミット族が有利な戦場だとしても、あちらも通常の兵が制限を受ける。足場変わりに用意した船も、黒鰐の巨大化に巻き込まれ転覆したり、潰されたりしていた。
「意味はあるみたいだよ」
黒い呪いのような靄が亡骸に立ち込め、不死者のように動き出す。
「魔物化呪い、よね」
兵士達が水上に適するためなのか、蛙のような姿に変わる。魔力まで上昇し、亡骸を媒介として魔物を産み出した召喚術のようでもあった。巨大化の秘薬を飲んでいない黒鰐までもが呪いを受けて、魔力強化され暴れ出した。
近くの集落まで巻き込み、湿地帯は目茶苦茶になった。レガト達は強襲する組と、遠距離支援組に分かれ殲滅に、動き回る。ハープ、スーリヤ、アナートの三人は接近戦による強襲組だ。ハープが大盾を用いて壁役を務め、スーリヤとアナートの攻撃を補佐する。巨大化した黒鰐の頭を大地の魔法とアナートの大氷塊で踏み潰し、スーリヤが最大火力の剣で首を斬る。
巨大化していようと、スーリヤの剣技は変わらない。散々巨大な相手と戦って来たので、魔力さえ破れれば斬る事は容易くなっていた。時を同じくした頃、師であるアリルが巨大牛人を一刀両断にしていた気概を、スーリヤも見せ始めていたのだった。
リモニカとノーラは魔法による援護で、ハープ達に魔物を寄せ付けない。コノーク達は戦艇の砲撃で、蛙の魔物を爆殺していた。
「魔力の流れ、気がついたかい」
ホープ、メニーニ、ファウダーと合流したレガトは、リモニカ達と同様に魔法攻撃での支援をイルミア達に任せてシャリアーナに、魔力の動きを探ってみせた。
「呪いを解かない限りは、何度も復活するし、スーリヤが浄化して倒したにものは、魔力が霧散しないで集められているわね」
ローディス帝国の帝都ロズワースに、魔力や生命を集める装置があるのは間違いないようだ。そして、カルジアのような魔物の召喚術師が敵側にいる。それもかなり強力な使い手だ。何せ黒鰐のアミット族は皆、この黒い呪いの力を纏っていたからだ。
「今度は本物のようだよ」
魔力の膨大さから、召喚術師の能力は混沌の魔王ファウダーよりも上だと思えた。長らくの間、異界の信徒達が大陸を越えて世界中に根を張って勢力を増していたように、このローディス帝国の地で、強力な軍隊を築き上げていたものがいたというわけだ。
金級冒険者に匹敵する異界の勇者を使い捨てにするくらいの精鋭を持つ軍勢が、レガト達に迫る。それでもレガトはニヤついていた。いまの彼らなら充分に戦い得ると判断しているからだ。
「どちらかというと、魔力的には弱いロブルタの子らが心配だよね」
彼女達がどう動いているのかは、レガトにもわからない。ただレーナが何故か預かって来た【魔本】が何を意味するのかだけは、理解しているつもりだった。




