第十九話 アストリアを巡る罠
ロブルタ王国の王都を見下ろすアガルタ山には、巨大な霊樹に広がる農園、そしていくつかの温泉郷が出来ていた。かつて、ヤムゥリ王女の監視所と呼ばれた地は、今では錬生術師の箱庭と呼ばれている別荘地となっていた。
別荘地の主はロブルタの英雄と呼ばれた、アストリア女王と、バスティラ王国の女王ヤムゥリ、それに新たに新領土の長となったナンナルだ。ヤムゥリ女王はアストリア女王と魔法学園において後輩であった。シンマの王女時代に、反乱を疑われた時も見捨てず彼女の尊厳を守ってくれた英雄女王に忠義の念を持っていると言われている。
それが本心だとわかったのは、バスティラ王国の建国宣言での事だ。彼女は女王の座に就く際に、アストリア王女が王座に就いた時には、属国の王として彼女の下へつくと高らかに宣言したからだった。
更にそれを証明するかのように、自らが復興した城塞都市であるロムゥリから聖地エドラへ居を移した。ロブルタの王座に就いたアストリア女王が、ロブルタを治めやすい為なのは誰の目にも明らかだった。
◇
「その偉大な女王様方が、しがない錬生術師の工房に入り浸っているのはどうかと思いますが」
わたしの錬金術師部屋には政務を放り出して来たヤムゥリ女王様が、粗末なソファで横になって寛ぐ。
エドラの聖王宮に用意したソファは、シルクローラーの糸で編んだ生地にもこもこ羊の魔物の綿をたっぷり詰めた最高級品なのよ。
ノヴェルの魔本で、シルクローラーの糸が安定して手に入るようになった。でもね絶対数が少ないのと生産量の問題で、未だに満足な供給体制は築けていなくて、高級品の価値は揺るぐことはなかったわ。
「いいじゃない、暇なんだしさ」
魔女さんから魔本を仕舞える指輪をもらった。わたし達はノヴェルの魔本での移動が魔本所持者を対象に可能になった。移動を済ませた後に、魔本が自動で指輪に収納される。
今までは、限定地域だけだったからね。転移し放題になったわけだけど、なぜかわたしの所に集まってくるのよね。
そして、わたしの首に巻き付く物体······もといロブルタ王国の女王である先輩は、ロムゥリの大王宮に帰ることなくずっと側にいた。
「先輩、いい加減ロムゥリに戻らないと、元国王陛下の毛髪がなくなりますよ」
快適スマイリーくんのように、背中に貼り付く双丘は大きく膨らみ、かつて王子と名乗っていた頃の面影はない。わたしとは一つしか違わないのに、女王様となるとおばさんみたいに感じるから不思議だ。
「グエッ」
先輩がキレて、わたしに絡めた腕で首を狩った。本当のことだから仕方ないのに、理不尽な暴力は反対よね。実際先輩はヘレナのように戦闘スーツでボリュームを出さなくてもバインバインになって来たのだ。
あっ、わたしの大親友で先輩の専属護衛騎士をしているヘレナが傷つくから、わたしも少し育ったのは内緒よ。
「伝声君で、全部聞こえてるよ。あと知ってたよ」
ニッコリ微笑む可愛らしい美少女のヘレナ。いい笑顔ね。本人は嫌でもわたしはいまのヘレナが一番良いと思ってるのに伝わらない。
「また遊んでる。冒険者ギルドとロブルタ王宮から使いがまた来てるよ」
眼鏡エルフのエルミィは、物理的にわたしを締め殺しかねないヘレナを先ず我にかえらせてくれた。でも先輩は放置なのよね。とりあえずいつも通り、使いは無視よ。どうせまたハゲ薬の要求だもの。まだあのガレオンを赦していないし。
「大変よ、帝国が、ローディス帝国がロブルタに侵攻を開始したわ」
ティアマトとシェリハと一緒に偵察に出ていたメネスが、大騒ぎで入って来た。ローディス帝国の動きが怪しいから偵察に出したのに、何を騒いでるのかしら。いつまで経っても落ち着かない娘だわね。
「それが、軍団を率いている旗印が皇太子らしいの」
うげっ、思わず吐き気を催した。先輩がわたしの喉を締めていたおかげで吐かずに済んだわ。
「悪い知らせはまだあるぞ。ボクの両親のいる冒険者パーティーが、ドワーフの国まで撤退した」
「嘘でしょ。あの化け物みたいな冒険者達が逃げたの?」
「帝国の騎士団の数は二万程、ただ巨大化した牛人の怪物が確認出来ただけでも百体以上いたそうです」
シェリハの言葉に先輩の締め付けが緩む。これはあれね。巨人型ダンジョンで見た、デカブツの巣窟が現実になったものね。
「これは僕らが誘い込まれているな。皇太子は囮で、友誼を深めるにしても刃を交えるにせよ、必死の陣を作るのではないかね」
メネスがテーブルに地図を広げ、偵察で得た情報を貼り付けた木の重しを置いてゆく。先輩が地図を見て、ロブルタとローディスの国境付近を指で差し、敵の戦力の動きを推測した。
「先輩、ロブルタにいる帝国の派閥はどれだけ残っているの?」
わたしたちが戦いに駆り出されて出撃するとなると、相手は陣を築くことなる。こちらもそれに合わせて対陣を張るとなると場所は当然ながら限られる。
「母上を始め、戦禍で生き残りの貴族の大半は帝国派でもあるな」
魔物の大群と旧シンマ王国との戦いで、被害を受けたのはロブルタの西部地方だった。王都近郷、帝国側の貴族は無傷に近い。復興には協力してくれたけれど、ロムゥリから先、旧シンマ側に関しては援助も渋くなった。
ローディス帝国が援軍を派遣してくれたのは、帝国派閥の彼らのおかげなのはわかっている。対立とまではいかないけれど、西側の復興や力をつけられると、困るのもまた彼らなのよ。
「ローディス帝国との戦争となると、ローディス帝国側の意を汲む可能性はあるわよね」
ないほうがおかしいくらい、ズブズブの関係だわね。背中をそんな連中に預けては、いつ包囲を固められたるかわかったものじゃない。
「何か策を考えたまえよ」
あっ、先輩め、面倒になって丸投げしたわね。呑気にソファで寝そべり欠伸をするヤムゥリ女王様とフレミールがムカつくわね。試飲薬を飲んだ被害者同士仲良しなのよね。
「そうね、逃げるとしましょうか」
みんながドキッとする中、ノヴェルがノエム、ルーネ、ブリオネ、アマテルに魔本の絵本を読んで聞かせる声が響く。あの娘らはあの娘らで呑気よね。初っ端からバルスの上で昼寝しているバステトよりマシだけど。
「どういうことかね」
さすが先輩よね。わたしの言い方が言葉通りにない事を理解しているもの。
「逃げるのはアガルタ山ではなくて、農村側の山よ」
メネス達を王都の農村側へ密かに先行させて魔本でここから移動する。ヒュエギアやバステトの眷属達にはギリギリまで防衛に残すけれど、ロブルタ王宮が裏切るようならロムゥリに魔本で逃げ込めばいい。農園は全部魔本として運べる。霊樹だってね。
「結局【星竜の翼】の思惑に乗っけられるのは癪だからキモい皇子もデカブツも冒険者達に押し付けましょう」
わたしの案に、先輩も乗っかった。わたしの提案は簡単だ。黒の山脈へ逃げ込み、進軍ルートのない山側から帝都を襲撃する。円盤君の改良も重ねて来たし、蠍人戦士団のアクラブ達や、吸血魔戦隊のミューゼあたりを呼べば戦力的にも申し分ない。
「あとは、あちらのリーダーが指揮を取ればいいだけよ。帝国の狙いは多分先輩とノヴェル。ずっといい続けて来たから信用ないけどね」
あとはあの娘も約束通り回収しておかないと、決戦前に魔女さんとの戦いになるわね。最近成分や魔道具でのわたしの餌付けを覚えたので逆らえないのよ。もっと欲しいから。
「もし裏切ったのが確実なら、先輩、修羅の道を征かねばなりませんが、いいですよね」
以前の戦いと違い、今度は実の母と戦う事になるかもしれない。
「構わないさ。生まれて来る子供の王位よりも、帝国が大事と母上が判断したのなら、それは母上なりに考えたことだ。僕がとやかく言ったところで止まらないさ」
少し寂しそうに先輩は言う。ヤムゥリ女王様の時もそうだけど、王族ってやっば頭がどこかおかしいのね。
お待たせしました。錬生術師、星を造るの主要人物達、ロブルタ王国の面々の登場です。




