第一話 シャリアーナ皇女、発つ
【逃げた神々と迎撃魔王】 【錬生術師、星を造る】 の続編となります。
シャリアーナの力の源はいつでも大公爵である父や、冒険者として活躍もしている、年の離れた兄達の武勇伝だった。
彼女自身も貴族令嬢として振る舞うより、冒険者として認めさせようという思いは強かった。
だが周りの思いは違う。所詮は女、大人しく花嫁修業をして公爵家のためになればいいと言う目を向けるのだった。
ロズベクト公爵の箱入り娘の戯言を、本気で受け止めてくれる冒険者達はずっといなかった。たった一人を除いて。
彼女の運命を最初に切り開いてくれたのは、アリルという名の冒険者だ。彼女がロドスにやって来た時は鋼級、まだシャリアーナも生まれて間もなかった頃だ。
【不死者殺しのアリル】の名声に一役買ったのは、シャリアーナの母ルヴィア公爵夫人の助力が大きい。その縁もあり、シャリアーナが物心つく頃には彼女から剣技を学ぶ機会を得た。
当時発足したばかりの【星竜の翼】パーティーへ加われたのは運命などではなく、尊敬してやまないアリルからの依頼を、断るなどとんでもないと思ったからだ。
あれから数年経っても敬愛が止まない。ライバルも増えた。鋼級だった冒険者アリルは、今や英雄級になり【不死者殺しの剣聖】となっていた。
そしてシャリアーナ自身も取り巻く環境が大きく変わっていた。彼女自身が旧都インベキアと周辺地域を任されたためだ。
父親のロズベクト公爵や兄ラクベクト辺境伯の領土を合わせると、インベンクド帝国のほぼ半分近くが、彼女の一族や派閥の貴族が所有する領土となった。
「勝手なものよね。見放された第三公女とか言われて、揶揄してたのに」
シャリアーナが治める事になったインベギアの都は、インベンクド帝国が最初の都市でもある。都市を築いた頃は、何もない大草原が広がるばかりの大地だったと言われている。
後継者争いの後の戦禍により旧帝都となったインベキアは、東のテンベクトへ遷都するまでは、停滞することのない都市だった。
複数のダンジョンに加えて、二つの大河があり水運に恵まれているのが大きな理由である。またダンジョン以外にも、農耕に向いた平地が広がる。大都市に住まう人々に安定した食糧供給を行っていたからだ。
この旧帝都の領主に、現皇帝の養女となったシャリアーナが就く。現皇帝ベネルクトは、現在世継ぎがいない。
カロデス公爵の娘で皇帝ベネルクトとは幼馴染みでもある皇妃ノイシアは、この決定に歯噛みして悔しがったと言われる。
皇妃としての座は射止めたものの、実質的な権力基盤を考えると、インベキアの都は手放すには大きすぎる都市だからだ。
そもそもシャリアーナは、西部地方の実力者であるロズベクト公爵の第三公女に過ぎなかった。
冒険者として活躍をして、独り身の跡継ぎのない皇帝に望まれ、養女となった強運と実力を兼ね備えた令嬢。
跡継ぎのない皇帝家の血筋においても、西部地方の有力な派閥の血統を持つ。それのみではない。
帝都を破滅の災害から救った人気、冒険者としての比類なき実績と、全てが圧倒的だった。
冒険者として名を上げて世間を見返すことになった結果、シャリアーナは皇女の立場につくまでに成り上がったのである。
ノイシア皇妃に対しては世継ぎの子がないばかりに、同年齢の娘を受け入れねばならない心情が察せられてはいた。
しかし皇妃の座につくべきはシャリアーナにすべきだった と言う声が未だに止まないのも事実なのだった。
彼女の所属する【星竜の翼】により、彼女の兄が治めるラクベクト辺境伯爵領が目に見えて発展し続けている。他国との国交の樹立、それも要因の一つだった。
現帝が遷都した後に旧帝都を任されて領主となった経緯も、シャリアーナという人物の価値が旧帝都であるインベギアの都という宝石に等しい、いやそれ以上にあると支持されたからだろう。
帝都の民がシャリアーナを称するのに『インベキアの至宝』と愛するのも頷けると言えよう。
現皇帝ベネルクトと皇妃ノイシアは気心知れた仲でもあり、けして不仲ではない。
それでも皇帝はシャリアーナを優遇する。もっとも愛情よりも、現実的に考えて彼女の生い立ちや立場や実績が、遷都後の旧帝都を治めるのに相応しいと思うからだ。そしてそれを公言して憚らないからこそ、人々とて安心して噂話しに華を咲かせられた。
ただしベネルクト帝には別な疑惑が持たれているのを忘れてはならないだろう。
現皇帝がいまだに剣聖アリルへ想いを寄せているらしいとは、インベキアにいた頃からの噂だ。
ノイシア皇妃との夜の営みが疎かになっているのでは――――――――と、宮廷内ではまことしやかに囁かれていた。
旧都インベキアの宮殿は、五階建ての石造りの建物だ。かつての皇帝達が政務を執り行っていた主要宮は、歴史の長さのわりに無骨という外観だった。しかし実際的な重厚さを誇っている。これは帝都が都になる前の名残りで、大きな魔物の出現を想定していたのだと思われた。
そのかわりに、宮殿の内部は華美な装飾品で埋め尽くされている。勢力を伸ばし続け、複数のダンジョンと他方の大陸との交易で得た利益の結晶。帝国そのものの隆盛が、装飾品や調度品の豪華さから伺えるというものだろう。
とくに一階にある調度品類は最近の流行りのものなどは一切なく、帝国が都市国家群時代から使っていた物まで並べられている。帝国の歩みを調度品の数々を見る事により可視化出来るようになっていた。
優に百年は超える製作の年代物が中心でありため、さながら調度品の博物館のようだった。帝都宮殿を訪れるものは、この歴史の荘厳さに圧倒されるわけだ。
豪華絢爛な調度品の数々と年季の入った古い装飾品ばかりだったおかげなのか、そうした古めかしさ雰囲気が落ち着きと重厚さを与え、成人して間もない少女がその主の座についても、威厳を与えてくれた。
一階はそうして、他所から訪れる者たちを圧倒しながら待たせる部屋や、大会堂と呼ばれる大広間、宮殿のために働く者たちの控えの部屋が揃っていた。大会堂はいわば会議室でもあり、最大千人は収容できる大型の広間だ。おもに大規模な公式行事で使用する。
二階は階層全体が来賓のための造りになっていて、大宮廷食堂に個別の食堂や貴賓室、帝国領内から招待された主に貴族たちや他国の使者などを遇するために使われる。渡り廊下から宮殿別館の建物に行く事で、王族以上の使節を遇するための用意があった。
三階には皇帝が公務で使用する部屋がある。謁見の間や、大会議室などは皇帝が閣僚を集めて会議を開く時に使用する。各大臣の執務室や担当部署、、大領主が滞在中に執務を執り行う部屋もここに用意されていた。
四階には無骨な宮殿に相応しく、皇帝の側近や近衛騎士団の居室があった。これには理由もあるまず、階下からの侵入者への防犯対策があげられる。次に、渡り廊下の屋根を使って、隣接する他の宮殿へと渡りやすいことと、屋上へ出るための階段があり、空からの外敵に対して防護体制を築けるからだった。
竜の棲まうダンジョンが近いことは、ダンジョンの収益が高かろうとも、そういう危険もあるのだと、気の抜けない地域なのだと思い知らせてくれるのだ。
そして最上階、つまり宮殿の五階部分は皇帝の私室部分になる。書斎に宝物室が寝室とともにあり、浴室、更衣室も繋がっている。それに皇妃用の私室に、子がいれば五人分ほどの大きな個室に、十人分の小部屋があった。
現皇帝の一族は全て新帝都へ移ったため、皇帝の一族のための別の館はがら空きになっていた。
シャリアーナはそこには父であるロズベクト公爵に、帝都の自邸とはべつとして好きに使うように告げていた。
「一人で何もかも使い切れるわけないのに」
拵えばかり立派で実務の役には立たない執務室の机に、シャリアーナは視線を向ける。山積みとなった書類の束を見ると、小さくため息を漏らす。どうしてこんな目にあったのか、シャリアーナは嘆きながら執務室の机に移動して座った。
宮殿における皇帝の実際の執務室はこの五階にある。下の階はここで選別し重臣達と再協議するための見せ場。
彼女にとって、この部屋はどんなに偉大な皇帝も、地味な実務作業からは逃さない牢獄のように見えた。清掃の行き届いた簡素な執務室には、お客を招き入れる為の応接室が二つと、重臣達を集める小さな会議室が付属していた。
執務室と応接室には代々の皇帝が残していった多数の美術品が置かれており、一階が博物館ならばここは歴史ある美術館のような雰囲気を醸している。山のような書類に目を通し、皇帝自らの裁量で決めるものを抜粋したはずなのに、この量だ。
美術品の多くは、代々の皇帝が頑張った自分へのご褒美だったようだ。女性に走るものもいれば、嗜虐性で心労を誤魔化ものもいたという。
「心労が重なって、アリルさんへ入れ込んでしまったのかしら」
シャリアーナは書類に目を通しながら、誰もいない部屋に向かってボソリと呟く。それなら陛下も少し可哀想に思う。でもベネルクト皇帝は、幼少期からアリルへ惚れていたから違う。あの方は筋金入りだと思い直した。
こういう状況なので、敵意を持たれるのは仕方ないのだが、シャリアーナ自身はノイシア皇妃が気の毒だと思っていた。皇帝陛下の気が触れて、皇帝権限でアリルへの強制婚姻命令が出る前に、早く陛下の心を繋ぎ止めて欲しいと願うばかりだった。
一度だけ二人で面会した時に、腹を割って話したつもりだ。シャリアーナにとっては、ベネルクト陛下はアリルを奪おうとする敵でもある。
ノイシア皇妃がどこまで信じてくれたかは定かではないけれど、アリル自身にその気のない事は、同じように彼女に救われたノイシア皇妃もわかっているとシャリアーナは思いたかった。
数々の美術品を、丁寧に磨き上げたメイド達の働きぶりを褒めたいとシャリアーナは思う。いや、それよりもこれらを売り払って、積まれる金貨を配った方が良いのでは、などと考えてしまう。所属クランでの金欠状態に、自分も毒されていたんだと思わず自嘲するシャリアーナだった。
領主と決まって、実際に入廷するにあたりシャリアーナは護衛騎士として幼齢の頃から仕えているリグ、そしてラクベクト辺境伯の四男ラクトスを呼んだ。側仕えにはリグと同じく幼い頃から一緒のイルミアがいる。他にも公女時代からメイドとして専属になっていたシルディに、薬師のグラウを加えてかつての帝都の宮殿へと入る。
また皇帝代理として皇妹ベネーレも一緒について来ている。彼女は現在の継承権はシャリアーナに次ぐ地位にあるが、帝位につくつもりはないと公言していた。
なによりシャリアーナと違い、皇妹には自分を擁して企むような派閥もなく、昔馴染みの専属の者がいない。空気を察して、みんな新帝都へ行ってしまったためということにしておくのが仲間の優しさだった。
冒険者クラン【星竜の翼】で一緒だった仲間たちが、シャリアーナの予備護衛も兼ねて、皇妹の身辺警護に抜擢された。剣士ソーマ、大剣使いのラウスと治癒師の妹ライナ、弓使いのカルナだ。
他にも新都へ居を移さずに旧都インベキアに残り、冒険者ギルドを新たに発足した【龍帝の旗】が、インベキア新領主となったシャリアーナ皇女の宮殿警護についていた。
格下のはずの【星竜の翼】の傘下に加わったと噂も出ている。真相を知るシャリアーナとしては、冒険者の強かさを改めて教えられ、了承した覚えがある。
【龍帝の旗】が警護費用を受け取らないため、ほぼ無償なのは財政的にはありがたい。しかしシャリアーナは支払い分の代金を、冒険者ギルドが非常時に回すための資金と出来るように、貯蓄にするようにと指示を出していた。
「まったく、絞ればいいってものでもないのよ」
山のような書類の中には、こうした何気ないけれど重要な案件が、いくつも含まれているので気を抜けない。彼女自身は経理が得意ではないものの、仲間のアミュラやミラが予算についていつも騒いでいたので多少は学んでいた。
「アミュラさんですが、引き抜かれたそうですよ」
冒険者としては仲間であるけれど、立場上は主人であるシャリアーナの為に、メイドに復帰したシルディがお茶を淹れて運んで来た。
シャリアーナが経済関連の書類を見て唸っていると、シルディが仕入れたばかりの情報を伝えてくれた。
「はぁ、何よそれ聞いてないけど」
インベキアの新領主としてではなく【星竜の翼】のクランの一員として行う会議で、そんな話しは出ていなかったはずだ。
シルディから資料をもらうと、【星竜の翼】の中でも古参メンバーのアミュラが、隣の大陸の名も知らない王国に引き抜かれたのは事実だった。商業ギルドのギルドマスターと、新設された都市の長官を兼任する旨がそこに記されていた。
「レガトは何をやってたのよ。あの娘が抜けると、シルディもこっちにいるからミラさんが倒れるわよ」
アミュラが抜けるのは大きいなんてものじゃない。彼女は【星竜の翼】を支える竜骨そのものだ。戦闘狂ばかりの冒険者達の中で、経理や事務までこなせる希少な人物なのだ。
「引き抜かれるくらいなら、私が連れて来れば良かったわよ」
シャリアーナもシルディも帳簿のチェックくらいは出来る。しかしアミュラのように、クランだけではなく、ラグーンを始め周辺地域の在庫や経済状況を把握して物を集めたり動かしたりは出来ない。
同じ女商人のリエラも優秀だが、あれは恫喝力もあっての技量だ。
「レーナさんは何て?」
あの化け物じみた魔法使いでレガトの母でもあるレーナが知らないはずはない。
「隙を付かれちゃった、てへってあります····」
シャリアーナも開いた口が塞がらなかった。
「ベネーレを呼んで、あとは任せるって伝えて頂戴」
「シャリアーナ樣?」
「レガトに問いただして来るわ」
シャリアーナはペガサスを召喚すると、インベキアを飛び出す。リグとラクトスそれにイルミアが慌てて追従する。
彼女に取ってはインベキアの都よりも仲間の去就の方が一大事だった。そして何故か旧帝都の民衆は、慌てふためくシャリアーナの姿を見上げて喝采を上げる。
時を同じくしたガウートの街では、猛る皇女の気勢を感じ、面会を求められる張本人のレガトが、自らの背筋に震えを覚えていた。
シリーズ長編連載三作品目となります。お楽しみ下さい。




