俺達ははなちゃんを助け出す為に練馬3人組、みち達にすがる事にした…手を打つ手段が尽きた岩井テレサもそれに同意した。
「彩斗君、四郎さん、こんな事になってしまって…ごめんなさい。」
テレサがか細い声で言った。
「私達の読みが浅かったようだ。
すまない。」
ポールが言って頭を深く下げた。
「いや、謝らないでください。
はなちゃん自身の決断ですから…。」
「テレサさん、ポール様、どうか謝らんでください。
手強い相手にぶつかってしまって…はなちゃんが…引き際を間違ってしまった…どうか謝らんでください。」
俺と四郎が答えた。
「はなちゃんは確かにまだこの依り代にいるが…これは…ただの気絶じゃない…。」
ポールがはなちゃんの頭に手を乗せて無念そうな表情になった。
「はなちゃんはこちらで預かって様子を観察するが、それで良いかな?」
ポールの言葉に俺も四郎も頷いた。
はなちゃんはピクリとも動かなかった。
別室にはなちゃんは運ばれてベッドに横たえられた。
物理的には依り代が憑いたただの人形なので脳波計も血圧計も何もつける意味がなく、ただ、はなちゃんはベッドに横たわっている。
四郎が残ってはなちゃんを見守る事になり、なにか状況が変化したら四郎が連絡をくれると言う事で俺は死霊屋敷に一人戻る事となった。
もう屋敷に連絡は入れてある。
電話の向こうで留守番をしている明石夫婦が息を呑んでいた。
はなちゃんが居なければ屋敷に近づく悪鬼を感知できないし見えない壁を作って俺達を守る事も、最終手段で敵を吹き飛ばす事も…それ以上に大事な仲間を、かけがえも無い大事な仲間を失うかも知れないと言う思いに俺は胸が締め付けられそうになった。
1000年以上存在してきた神の端くれレベルのはなちゃん。
生きている時の7歳位の年齢ならではの無邪気で騒々しいはなちゃん。
俺の秘密をばらしてどん底の気分に落としてくれたはなちゃん。
樹海の戦闘で俺達を思念攻撃から、あの創始者と名乗る者の酸から守ってくれたはなちゃん。
ある意味でワイバーンが今の所、悪鬼となった圭子さんを除いて1人も犠牲者を出していない事に一番貢献してくれたはなちゃん。
憎たらしく可愛い無邪気なはなちゃん。
まだはなちゃんが消えた訳では無いが、俺は胸に大きな穴が開いたような気持になった。
俺は死霊屋敷に帰りついた。
明石一家の家も喜朗おじと加奈の家もほぼ完成と言う所まで行っている。
プールは完成して今は寒気避けの温室のような覆いを作っていてそれの歓声も間近い。
俺が屋敷に入ると圭子さんが余所行きの姿で出迎えた。
「彩斗、行くよ。」
「圭子さん…どこへ…。」
「みちの所だよ。
私達にはもう望みがあるとしたら…みちの所しか無いよ。
ぐずぐずしないで連れてって!
あんた!留守番を頼んだよ!
今日は司と忍の友達が遊びに来るからね!
お菓子は作って置いてあるよ!
子供達にけがをさせないように気を付けてね!」
圭子さんが暖炉の間にいると思える明石に声を掛けると俺を急き立ててランドクルーザーに乗った。
「彩斗、ぐずぐず悲しんでいる暇はないよ!
私達に出来ることを探して何とか頑張らなきゃ!
あの3人組ならはなちゃんを助けられるかも知れないんだよ!
どうなるかは判らないけど!
何でもやらなきゃ!
はなちゃんを見殺しには出来ないよ!」
なるほど、あの練馬の3人組か…。
今現在、俺達が相談できるとしたらあの3人組しかいないだろう。
もしかしたらはなちゃんが助ける事が、いや、何かのヒントでもあるかも知れない。
何もやらないよりはずっとましだった。
俺と圭子さんは練馬の3人組の悪鬼の家に向かった。
あの、慈愛に満ち溢れた3人組に、霊的な物の経験も深いだろうあの3人組に会うために。
俺と圭子さんを乗せたランドクルーザーが練馬の屋敷に着いた。
ドアの呼び鈴を押すと、みち、さと、まりあの3人が玄関で待っていた。
「あ、あのいきなりの訪問で失礼します。
あの、実はうちのメンバーが…。」
「彩斗さん、私達はあなた達がこちらに向かっている途中で気が付いたわよ。」
みちが笑顔で答えた。
「え…それじゃあ…。」
「はなちゃんの事ねあの可愛らしいお人形さんを依り代にしている。」
「え、ええ、その事でご相談を。」
圭子さんが言うとみちがさととまりあに目配せをした。
さととまりあが玄関を出てガレージに向かった。
「急ぐんでしょ?
今日の予定はすべてキャンセルさせてもらったの。
行きましょう。
私達は狭い所が苦手なのよ。
私が彩斗さんの車に乗って細かい事情を聴くわ。
圭子さんはさと達の車に乗ってね。
向かいましょう。」
ガレージの扉が開いて濃いグリーンのジャガーが姿を現した。
「さあ、圭子さんはあっちの車に乗って。」
こうして俺達はランドクルーザーとジャガーに分乗して小田原の施設に向かった。
岩井テレサと四郎には連絡をした。
道中、俺はみちに今までの経緯を話した。
みちは俺の話を聞いて眉を曇らせた。
「なるほど、話は大体判ったわ。
でも、そうなると少し…いや、かなり難しい事になっているかもね。」
「え?そうなんですか?」
「あなたの話の通りなら、はなちゃんの心の一部はその惨めな者になり果てた存在に囚われているかも知れないの。
その惨めな者の心を解き放してやらないと、そして、惨めな者の一部になりつつある人達も救わないとはなちゃんが戻ってくるのは難しいかも知れないわね…ごめんなさい。
私達は最善を尽くすとしか約束が出来ないわ。」
「…はなちゃんは俺達の大事な仲間なんです。
今まで何度かはなちゃんに命を助けられました。
俺達は出来得る限り最善の事をすると、はなちゃんを助けるために、最善の事をすると決めました。
いきなりこんな事を頼んで本当に申し訳ありませんが、よろしくお願いします。」
「彩斗さん、困った事態は突然来る事も有るのよ。
気にしないで。」
俺達は小田原の施設に着いた。
本来は部外者は完全にシャットアウトする施設だったが岩井テレサは緊急の事態と言う事で俺と圭子さん、そしてみちとさととまりあを地下施設の奥深くに入れてくれた。
岩井テレサとポールに3人組を紹介した。
岩井テレサはしばらくじっと3人組を見つめたが笑顔になり宜しくお願いしますと頭を下げた。
なるほど、悪鬼同士の挨拶は手っ取り早いと、こんな緊急事態だが俺は感心した。
俺達ははなちゃんが寝かされている部屋に入った。
3人は横たわって動かないはなちゃんをじっと見た。
部屋の中の者はしばし沈黙した。
やがてみちは俺達に向き直った。
「ここでは駄目ね。
私達では手の施しようが無いわ。」
「…。」
岩井テレサやポールを始めとする俺達の顔が曇った。
そしてみちがさらに言った。
「この騒ぎの元凶になった者に会わないと。
はなちゃんを取り戻す事は出来ないわ。
ただし、私達のやり方に任せてもらわないといけないわ。」
みちがそう言うと岩井テレサがしばし俯いて沈黙し、やがて顔を上げた。
「わかりました。
案内します。
彼女は私達の同盟チームの大事なメンバーです。
私達の手段は尽きました。
みちさん達のやり方にお任せします。」
俺達は廊下の突き当りにある外道の化け物を収容している部屋に向かった。
ドアが開き、あちこちひび割れた部屋の先のこれまた大きなひびが走ったガラス越しにあの外道が横たわっていた。
外道の顔がこちらを向いた。
「なんだよ~!
また大勢で来たな~!
また泡を吹いてもがきたいのかよ!
ひゃひゃひゃ!」
外道の声とともにオブジェに取り込まれて助けを呼ぶ生存者たちの叫びが聞こえて来た。
続く