俺はユキに会いに行き、素直に今の幸せな気持ちを伝えた…『ひだまり』は大繁盛でテレビとかの取材攻勢が懸念された…そして…事件が起きた。
「さあ、彩斗、俺が先に仮眠をとらせてもらうぞ。
午前0時に起こしてくれ。」
明石はそう言うとタオルケットを取り出して体にかぶせると瞬く間に軽い寝息を立て始めた。
今午後10時30分。
俺はイヤホンを付けて深夜ラジオを聞き始めた。
明石と話した内容で俺は色々な事を考えてしまった。
ユキの事は勿論、人間の事、悪鬼の事、俺のこれからの人生の事、ワイバーンの皆や岩井テレサの事、そして生きると言う事の意味を…。
色々とじっくり考えたけれど、どうもこれは!という結論は出なかった。
色々考えていたらあっという間に時間が過ぎて午前0時になった。
はなちゃんは警報を出す事もせずにスマホのゲームをしていた。
どうやら質の悪い悪鬼はまだ姿を現していない様だった。
俺は明石を起し、後をお願いするとシートを倒して眠りについた。
俺が目を覚ますと遅い夜明けが来ており、周りは薄明るくなっていた。
ふと運転席を見ると明石が居ない。
後部席でははなちゃんが飽きもせずにゲームを続けていた。
時計を見ると午前6時を回っていた。
「あれ?はなちゃん、景行は?」
「彩斗、起きたか。
安心しろ、景行はトイレに行ってるじゃの。
なに、少し離れていてもわらわの警報をやつは感じるからの。」
俺は外に出てタバコに火を点けた。
今日は晴れそうだ。
明石が駐車場の外れにあるトイレから出て来た。
「よう、彩斗、起きたか。」
明石も俺の横に来て煙草に火を点けた。
「景行、交代時間に起こしてくれなかったの?」
「ああ、お前がぐっすり寝ていたしな。
今日ユキちゃんに会いに行くんだろう?
今日は1日相手をしてやれよ。
なんなら泊って行っても良いぜ。
それに今日はコンクリートが固まるのを待つから穴掘りは無いしな。
俺も久し振りにのんびりするさ。
安心しろ、悪鬼の奴らは姿を見せなかったぞ。
引き上げるとするか、帰りはお前が運転してくれ。」
俺は明石に甘やかされているような気がしたが、ありがたくも思った。
「うん、ありがとう。
でも次に見張りに来る時は俺もちゃんと起こしてね。」
「そうだな、今日は特別だ。
まぁ、お前なら判るか。」
朝日を浴びた明石が微笑んだ。
明石がやさしい父親に見えた。
俺は本当に細かく気を使ってくれる仲間に恵まれて嬉しかった。
前に勤めていたブラック企業からでは雲泥の差だ。
たとえ命の危険があっても俺はワイバーンの方がずっと良いと思った。
俺もトイレを済ましてレガシーを運転して死霊屋敷に戻った。
午前8時を過ぎて四郎や真鈴達は朝のトレーニングを終えて大学や『ひだまり」に出かけて行き、俺はユキに、今日遊びに行き、夜は『みーちゃん』に飲みに行くとメールを打った。
遅い朝食を食べている時にユキから返事のメールが来て、待ってるよ~!とハートマーク付きの返答が来た。
仮眠も充分過ぎるほどにとった俺は1人で朝のクロスカントリーをこなしてシャワーを浴び、ユキに会いに行った。
ユキの家に向かう途中、『ひだまり』の前を通ったが、もう開店していて大混雑だった。
真鈴とジンコは大学だが、スコルピオからフルメンバーで応援に来ているので大丈夫だろう。
しかし、ハロウィーンの売り上げだけで凄い金額になりそうだった。
俺はユキの家に行き、ドライブに出かけた。
今度は山を見たいとユキが言ったので少し足を延ばして高尾山近辺をドライブした。
紅葉には少し早かったが、山の木々は微かに色着き始めていて少しひんやりするが気持ちが良い空気だった。
ユキはお弁当を作って来てくれて、景色の良い所で2人で食べた。
ブラック企業で働いている時にはこんな幸せな時間を過ごせるなんて夢にも思わなかった。
今は命の危険があり、いつ死ぬか、いや、いつ殺されるか判らない事をしているが、優しい恋人も出来て頼りになる仲間も出来て俺は幸せだった。
俺はユキに今の幸せな気持ちを素直に伝えた。
やはりこういう事は言葉で伝えないと伝わらない。
ユキはそっと俺の手を握って体を寄せてくれた。
涙が出そうなくらい幸せだった。
そろそろ帰るかと言う事になり、ユキがハロウィーンの『ひだまり』に行って見たいと言うので途中寄り道して『ひだまり』に寄ったが、個室まで開放しているのに入店には時間が掛かると言う事で仕方なく隣の中華料理屋に行った。
ユキはハロウィーン制服姿の加奈達を見て満足したようだ。
加奈達も忙しい中で俺とユキを見るとはち切れんばかりの笑顔で手を振ってくれた。
加奈達が何人か外に出てユキのスマホで一緒に写メを撮ってくれた。
中華料理屋も平日の午後にしては結構混んでいて、俺はユキと別のお客と相席になった。
「いやあ、相乗効果って言うのかな!
おかげでうちもかなり売り上げが上がったよ!
感謝感謝だぜ!」
大将が俺達の席まで来て俺の肩を叩いて感謝してくれた。
その時相席になった男の客が俺に声を掛けた。
「あなた、『ひだまり』の関係者の方ですか?」
「え…ええ、まぁ、そうですけど…。」
男は懐から名刺を出した。
あるテレビ局のニュース部門の名刺だった。
「なんとか『ひだまり』に取材させてくれませんかねぇ~?
どうにもガードが固くて突撃取材も考えているんですけど…。」
男が下卑た笑顔を見せた。
その時の俺の頭に男の思念が流れて来た。
うわ、何だこいつ…。
元バラエティ番組を担当していたらしい男の、テレビだから何をしても大丈夫なんだよ!的な傲慢な思念が流れて来た。
昔テレビ番組のプロデューサーかなんかの役で肩にセーターの袖を掛けた嫌らしい男、こいつは実際に裏で女性の弱みに付け込んで犯罪を起こしていたが、そんな気色悪い奴を思い出して、俺は今食べている折角の大将が作ってくれた美味しい食事も腐っているような匂いがしてきて食欲が消え失せた。
「お宅もテレビに出たら宣伝になるじゃないですか。
テレビですよ、全国区になりますよ!」
俺は男の言葉を聞くのが嫌になって来た。
「いや、まぁ、『ひだまり』は今でも充分過ぎるほど繁盛していますから…。」
俺がそう答えると男の頭の中のどす黒い思念が吹き出してきた。
何だこいつ!テレビなんだぞ!テレビだぞ!田舎の喫茶店のくせに偉そうにしやがって!
あのマスターもそっけなくしやがって!忙しいと言ってもこっちはテレビなんだぞ!なめるんじゃねえよ!ひょっとしてあそこのウェイトレス全部女優に出来る程可愛いのばかりじゃんか、皆あのマスターの愛人か何かか?ちくしょう!絶対にそうだよ!俺もあんな可愛い子をとっかえひっかえして楽しみたいよ!それで独り占めしたいんだな!きっとそうだよ!ちきしょう!テレビなんだぞ!舐めるんじゃねえよ!
俺は男の気色悪い思念を何とか聞くまいと見まいと努めて、急いで食事を済ませた。
男の思念から、過去にバラエティ番組で無理な演出をして役者にけがをさせたり地方の店に迷惑を掛けたりして評判が悪くなりニュース局に廻された事が判った。
「ともかく俺達は今食事中ですし『ひだまり』の事はマスターに全部任せていますから。」
俺はそう言って食事を終えたユキを連れて店を出た。
何とか吐かなくて済んだ。
「なにあの人、感じ悪いわね~!」
ユキもあの男の気色悪い思念を感じたんだろうか、店を出た途端に顔をしかめた。
「ユキ、まあ、テレビとかにはああいうのが結構いるらしいよ。」
「そうなんだ…嫌な業界なのね…海外でも日本のテレビ取材する人って最悪って言ってた人を思い出したわなんか凄い偉そうなんですって『ひだまり』大丈夫かな?
なんか変な事言われそうで心配よ。」
「ユキ『ひだまり』は何も後ろ暗いことしてないから大丈夫だよ。
税金だってちゃんと払ってるしね。」
俺はユキの家に行き愛し合ってから、夜に『みーちゃん』に行き楽しく飲んだ。
ユキはスマホのハロウィーン制服姿の加奈達と撮った写メを客達に見せて凄く羨ましがられた。
やはりあのニュース映像で『ひだまり』ウエィトレス軍団は有名になったらしい。
そして『みーちゃん』が終わった後、ユキは俺のマンションに来て泊まった。
翌日は満ち足りた気分でユキを家まで送ってから死霊屋敷に戻った。
さぼってしまった朝のトレーニングをしようと準備をしていると四郎と明石が昨日はどうだった?とにやにやしながら尋ねて来た。
そうか、結構場所が離れると俺の思念も届かないんだろうな。
俺は少しほっとした。
俺の性生活が赤裸々に見られては叶わない。
なんとか思念が漏れないように訓練しよう。
「いや、おかげで充実した時間を過ごせたよ。
ありがとう。さて、クロスカントリーを済ませたら穴掘りを手伝うよ。」
「彩斗はやる気満々だな!
じゃあ、走ってきたら穴掘りを手伝ってくれよ。」
四郎と明石は笑顔で俺を見ていた。
その後クロスカントリーのコースを走りぬいた俺は四郎と明石と共に穴掘りに励んだ。
1日乾燥時間を置いたコンクリートは充分に固まっていた。
俺達は順調に穴掘りを進めた。
俺達は穴掘りと『ひだまり』の忙しいハロウィーンキャンペーンと多摩山中の悪鬼の見張りを続けた。
そして、やっと明日はハロウィーンキャンペーン最終日と言う時にそれは起こった。
『ひだまり』を終えてコーヒーを飲みに来た加奈達や応援のリリー達、その中でクラが顔を赤くして難しい顔をしていた。
「クラ、どうしたの?」
俺が尋ねるとクラがむっつりした顔を向けた。
今までクラのこんな顔を見た事が無かった。
「凛の…制服が盗まれちゃんったんですよ…。」
「え…。」
喜朗おじが難しい顔をしてクラのあとを続けた。
「うん、それがな…どうも昨日の夜遅くに誰かが『ひだまり』に忍び込んでな、クリーニングに出す制服の袋の中から凛の制服が一式盗まれたみたいなんだ。
ストッキングから何もかも一式、凛の制服だけが無いんだよ。
どうやら盗まれたとしか思えない。」
「チキショウ!どこかの下種野郎が凛の制服一式盗んで凛の匂いを嗅ぎながらあれやこれやしているに決まってますよ!」
クラの怒りの思念がふつふつと湧き上がっている。
俺にはクラの気持ちが痛いほど判る。
もしもユキの服を盗まれててどこかの下種野郎が…。
変態!
「なに!変態?嫌ぁああ!」
圭子さんと真鈴とジンコが顔をしかめて悲鳴を上げた。
リリーが腑に落ちない顔をしていた。
「それがねぇ、私達も2階に泊まっているんだけど…全然誰かが忍び込んだ事に気が付かなかったのよ…相当巧妙な奴よね~。」
巧妙な変態!
「しかしな、見事に凛の制服だけを盗んでいったんだよな…まぁ、例の映像で凛がパンティーもろ見えキックを披露してしまったからな~、凛のファンも出来たかもしれない…それにしてもあの大量の制服の中から凛の制服だけを選び出してな…かなり鼻が利く奴だな…。」
鼻が利く巧妙な変態!
「だけどね…人間業とは思えないわよ。
私達なら人間が忍び込んでも判るもんね。
怪盗並みに巧妙に気配を消す事が出来る悪鬼の可能性があるわね。」
怪盗並みに気配を消せて鼻が利く巧妙な変態でしかも悪鬼!
「チキショウ!
それなら探し出して討伐するべきですよ!
凛の夫として!
俺は絶対に許せませんよ!
見つけ出して八つ裂きにしてやるぅううう!」
唸るクラの横で凛が顔を俯けて凹んでいる。
クラほどでは無いにしても俺たちは同感だった。
怪盗並みに気配を消せて鼻が利く巧妙な変態でしかも悪鬼は何とかせねば。
キャンペーンが終わる明日は打ち上げパーティーをする予定だが翌日と翌々日の『ひだまり』定休日を使って、すぐに俺達は凛の制服泥棒の怪盗並みに気配を消せて鼻が利く巧妙な変態でしかも悪鬼らしい奴を俺達で探し出す事に決めた。
続く




