俺は悪鬼の子供の家族を岩井テレサに預けた…ユキに知られてしまった。
「これからあなた達を俺が知っているある施設に連れて行きます。
決して怪しい施設では無いので安心してください。
そこなら、今あなた達が抱えている問題をすべて解決できるかもしれません。」
泣いている父親が顔を上げて俺を見て、それから息子である悪鬼の子供を見た。
やはり父親は悪鬼の子供がある程度人の心を読める事を知っているようだった。
そのおかげで何度か助かった事が俺の頭に流れて来た。
「パパ、大丈夫だよ。
この人達は悪い人じゃないよ。」
悪鬼の子供は俺を見つめて頷いた。
「よし、それじゃあなた達をそこへお連れします車に乗ってください。
たぶん奥さんとその子の弟さんがいると思うのですが、そこに行きましょう。」
俺は親子をランドクルーザーの後部席に座らせて、悪鬼の子供の道案内で母親と弟がいる所を案内してもらった。
暫くは走るとさびれた別荘街のような所に入った。
昔は裕福な人達が使っていたような大きな別荘が並んでいたが、今はすっかり人気が無く。
明らかに空き家のような家が目立った。
別荘地の外れに藪に覆われた家があった。
俺達が車を降りると親子は家の裏庭に入っていった。
裏庭の藪の中にブルーシートが屋根のように張ってあり、薄汚れたテントが張ってあった。
子供の家族は遠慮と用心のために家には入らずに裏庭で生活しているようだった。
これまた薄汚れた服装の奥さんと思われる女性が近くの川で洗ったらしい擦り切れて汚れが落ちない粗末な服を木の間に貼ったロープに干していた。
人目を避けるために夜中に父親と二人で周りに注意しながら音を立てないように静かに川の水で服を手洗いしているビジョンが見えた。
奥さんが俺達を見ると不安な顔になって立ち尽くした。
テントから3歳くらいの、悪鬼の弟らしい子供が顔を出して俺達を見ると走って母親の後ろに隠れて不安そうな顔で俺達を見つめていた。
父親が奥さんの方へ走って行き、俺達を指差して何か説明をしている。
俺の横に立っていた悪鬼の男の子が俺の手を握った。
最初少し驚いた俺だったが、俺は悪鬼の子供の手を握り返した。
不安そうな顔をして父親の説明を聞いていた奥さんが俺の方を見て何度もお辞儀をしていた。
どうやら納得したらしい。
俺達は細やかな荷物をまとめた家族を後部席に座らせて岩井テレサの施設に向かった。
惨めな放浪生活から逃れる事が出来るらしい事は判ったようだが、父親も奥さんもまだ緊張が解けずに表情が硬かった。
俺も家族に何と声を掛ければ良いか判らず、車内はぎこちない沈黙に包まれていた。
ユキが足元にあるコンビニの大きな袋を手に持つと後ろの家族に差し出した。
「あの…失礼じゃ無ければこれ…どうぞ食べてください。
お菓子と飲み物、全部食べても大丈夫ですよ。」
コンビニの袋を受け取った父親が袋の口を開けると中を覗き込んだ弟が笑顔になって、わぁ!凄い!と叫んだ。
「あの…宜しいのですか?」
父親がおずおずと尋ねた。
「どうぞどうぞ、遠慮せずに食べてください。」
俺が言うと家族連れがまた何度も頭を下げてお礼を言った。
ミラー越しに初めて俺は悪鬼の子供の笑顔を見た。
初めて無邪気な子供らしい無垢な笑顔を見た。
これからこの子は歳をとる事も無く父親や母親や、弟よりもその姿でずっと長く生き続けることを思い、俺は嬉しいながらも少し複雑な気持ちになった。
悪鬼の子供は弟の為にお菓子のパッケージを開いてあげていた。
そして、笑顔の弟がお菓子を口に入れて、美味しい!甘い!と喜びの声を上げた。
弟がお菓子を食べてから父親も母親も悪鬼の子供も初めは遠慮がちに、そしてやがてむしゃむしゃとお菓子を頬ばっている。
やはり家族全員がとてもお腹が空いていたんだろう。
ユキが小声で俺に言った。
「お腹空いていたんだね…彩斗、全部あげちゃったけど良いよね。」
俺はちらりとユキを見て笑顔で頷いた。
ひとしきりお菓子を食べた弟の目がとろんとして母親の膝の上で間を瞑った。
寝てしまったようだ。
「ぼく、お名前はなんて言うの?」
ユキが尋ねた。
「佐々木瑛人です。」
「そうなんだ!
私は神田由紀こっちが吉岡彩斗。
よろしくね。
英人君は何年生かな?
私達の友達にもあなたくらいの女の子がいるのよ。」
英人と自己紹介した悪鬼の子供は少し困ったような顔をした。
「僕は小学4年生だけど…今学校に行ってないから…。」
英人の返事にユキが慌てた。
「あら、御免なさい!
御免なさいね!
ああ、どうしよう、気が付かなかった!御免ね!」
「うん…大丈夫…また学校に行きたいな…。」
暫く気まずい空気が流れ、父親と奥さんが悲しそうな顔で英人の頭を撫でた。
その後、俺達は英人の家族から自己紹介をしてもらった。
やがて俺達のランドクルーザーは岩井テレサの施設の入り口の別荘街に差し掛かった。
「ここだよ。
あの山の上、もしかしたら中に学校みたいなものもあるかもね。
この中の施設だったら英人の体の事も皆知っているから大丈夫だからね。」
英人たち家族は山の上の方に広がる施設を見上げて少々呆気にとられた顔でいた。
ユキも家族連れと同じような表情を浮かべていた。
「なんか…凄い所ね…。」
ユキが呟いた。
俺達はゲートを通り、海が見えるテラス席に案内された。
英人の弟は遠くに広がる海を見てはしゃいだ声を上げていた。
やがて岩井テレサが施設の職員を連れてやって来た。
「彩斗君、話は聞いているわよ。
あら?こちらの人は?」
岩井テレサがユキを見た。
「あ、こちらは神田由紀さんです。
俺の…恋人です。」
「あらそうなの。
初めまして、私は岩井テレサと言います。
彩斗君には色々とお世話になっています。
どうぞよろしくお願いいたします。」
「あ、あの、神田由紀です。
は、初めまして、よろしくお願いします。」
やはり人間のユキにも岩井テレサの圧倒的なオーラが判るのだろうか、少し緊張した感じで挨拶を交わした。
岩井テレサは英人達に笑顔を向けた。
「彩斗君からお話が来ました。
あなた方が特殊な問題に困っている事も理解しています。
君の体に起きた事も私達は知っているわよ。
私も君と同じなの。
この施設には私と君と同じ人達が沢山いるのよ。
だから安心してね。
君と同じくらいの子供もいるのよ、小さいけど学校みたいなところもあるのよ。
君の事を怖がらない友達が何人もいるわよ。」
岩井テレサが英人の心を読んだのだろうか。
岩井テレサの顔を見上げていた英人はゆっくりと頷いてはにかんだ。
「そして私達はあなたたち家族が抱えている他の問題も解決できると思います。
どうぞ安心してください。
あなた達の辛い時間もきっと終わるわ。」
英人の父親と母親は新たに涙を流して岩井テレサにお礼を言ってお互いに抱きしめあった。
そして英人たち家族は職員の案内で施設の奥に連れられて行った。
「テレサさん、いきなりのお願いですみません。」
「いいえ、彩斗君、私達は同盟を組んだじゃないのよ。
それに、あなた達はとても全ての恩を返せないほど私達を助けてくれているわ。
お安い御用よ。
後は私たちに任せて。
英人達の家族が抱えている他の色々な問題も解決できるわ。」
「テレサさん、ありがとうございます。」
俺が改めて頭を下げると岩井テレサが笑顔で手を振った。
「水臭いわよ彩斗君。
あんたは辛い境遇の人を助けて将来起こるかも知れない悲劇を未然に防いでくれたのよ。
私達の方がお礼を言いたいわ。
お友達も一緒にカフェテリアにでもいって食事をして行って。
ユキさん、ここの食事は凄く美味しいのよ。
彩斗君、あなた達ワイバーンメンバーはいつでも私がごちそうする事にしてあるからね。」
岩井テレサがそう言ってユキにもどうぞゆっくりして行ってと笑顔で告げて去っていった。
岩井テレサの後ろ姿を見ながらユキが呟いた。
「…彩斗…なんか…今…凄い物を見ているのかな、私…。」
「うん、ユキ、いきなりで御免ね。
これから説明…。」
俺はいきなり涙が込み上げて来た。
なんだろう、涙が止まらない。
英人の家族の苦難が再び押し寄せて来て、今その苦労が終わりを告げたことが、そして、英人が俺にお礼を言っているイメージ流れて来た。
本当に英人が俺に対するお礼を思念で送っているのかも知れない。
そして、あの5月の晩に四郎を蘇らせた時からの色々な事が、この数か月に起きた色々な事が一気に俺に押し寄せて来た。
俺は嗚咽を漏らし肩を震わせて涙を流した。
ユキは無言で俺のすぐ横に椅子を寄せて俺の肩を抱いて俺の頭に頬を付けて頭を撫でてくれながら海を見つめていた。
いつまでもユキに抱かれて泣いていたかった。
続く




