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吸血鬼ですが、何か? 第9部 深淵編  作者: とみなが けい
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自分自身の魂の深淵を覗き込む事の恐ろしさをさととまりあが話してくれた…俺は一人でいるのが怖くなり、ユキを誘った。

さとはゆっくりと話し始めた。


「彩斗さん、あなたは自分の事をどれだけ知っていると思う?

 大体の人は、この世に生きてきた殆どすべての人はね、自分自身の、心の奥底に隠されている自分自身の本当の姿なんて見た事は無いのよ。

 そしてね、見た事が無いにしても、自分の持つ本当の醜さは薄々は知っているのよ。」

「…。」

「隠しようが無いのよ自分にはね。

 例えば他人からあなたは素晴らしい人間だと言われたと褒められてもね、他人には伺い知れない自分の、他人には到底判らない自分の嘘、無意識にせよ自分が計算高い演技をした事などでさえ自分が一番知っているのよ。

 だから、本当の自分自身を知っている本人は戸惑って謙遜してしまう事なんてあるでしょう?

 悪事を犯して、それが絶対に誰にもばれないから大丈夫なんて思っている人もいるけどね、とんでもない事なのよ嘘が全く通用しない自分自身の魂を心を酷く汚してしまう事なのよ。

 自分で自分の魂を汚して見て見ぬ振りをしたり、何か勝手な理屈をひねりだして自分を誤魔化す事はとても危険な事なのよ。」

「…確かにその通りだと思います。

 意識するにせよしないにせよ、良い人を演じてしまった自分を恥ずかしく思ってしまったり。

 自分が知っている本当の自分の姿と他人から見た上っ面の自分の姿との違いを知っているから、戸惑ってしまうと思います。

 他人にばれないからと悪事を犯してしまうと自分の魂が破滅に近づく事も判りました。」


さととまりあが微笑んだ。

まりあが言った。


「彩斗さん、あなたがその事に気が付いていて助かったわ。

 ならば、判ると思うの。

 今までの人生で自分自身が誰にも気づかれなかったとしても悪事を犯してしまったり、いいえ、悪事を犯さなくとも、些細な嘘をついたり、醜い自分をよく見せるために演じてしまった事などね。

 自分自身がとっくに忘れ去ったと思うような悪事や醜い思念とかがね、一気に襲い掛かって来るのよ。

 目を背ける事も逃げる事も出来ずに襲い掛かって来るのよ。

 だって自分自身の本当の、真実の姿だから…。」

「…。」

「他人の心の深淵でさえ覗き込んだ者を再起不能にするほどの破壊力があるのよ…。

 ましてやそれが自分自身の真の姿だったとしたら…。

 どんなに目を瞑ろうが、どんなに耳を塞ごうが、どんなに必死に否定しようが逃れられないのよ、容赦無く心や魂に流れ込んでくるわ…自分自身のね。

 自分自身の心や魂を容赦無く叩き壊してしまうのよ。

 人間には、悪鬼でもとてもそれに耐えられないわ。」


さととまりあが言っている事はどんなに恐ろしい事よりも最悪に恐ろしい事なのが良く判った。

全く嘘が通用しない自分自身の醜い、とっくの昔に起きた忘れ去った、些細な悪い事が容赦無く流れ込んでくる。


「…でも、もしそうなったらどうすれば良いのですか?

 そうなったらとても逃げる事は出来ないでしょう?

 自分自身からは…誰も逃れられないじゃないですか。」


俺は途方に暮れた声を上げた。

さととまりあがじっと俺を見つめていた。


「彩斗さん、どこまで通用するか判らないけれど、寛容になるしか手が無いわね。

 寛容さで包み込んで、目を背けずに自分自身の醜さを認めて許して、許しを乞うて理解して愛するしか方法は無いわ。

 でもね、私は200年間それが出来た人を見た事は無いの…。

 全く嘘がつけないとても醜い姿の相手、自分自身に懺悔して許しを乞うてそして許して受け入れる事が出来た人を…私は見た事が無い。

 全ての人が破滅してしまったわ。

 それが出来るのは信仰で言う『完全な悟り』を成就させるほど難しい事かも知れないのよ。

 他人を赦す事さえ物凄いエネルギーを必要とするのよ、ましてや自分自身を赦すとなったら…」

「彩斗さん、だから自分の魂の、心の深淵には決して近づかないでね。

 好奇心は猫を殺すと言う言葉が有るわ。

 好奇心に負けずにそっと呼吸を整えながら、寛容な心を保ってそっとその場から離れる事よ。

 出来る限り目を逸らしてその場から立ち去る事ね。

 今の段階の彩斗さんでは…いえ、彩斗さんがどんなに高い存在になってもとてもとても難しい事だから。

 良い?決して自分の魂の深淵に近づいては駄目よ。」

「…。」


俺は言葉を無くし、微かに頷いてさととまりあにお礼を言って練馬の家を後にした。


自分自身の魂の深淵を覗き込んでしまう事…それは俺が今まで出会ったどんな悪鬼よりも恐ろしいものだと実感した。


俺は心虚ろにランドクルーザーを走らせた。

誰かにすがりたくてしょうがなかった。

俺はユキの家にランドクルーザーを走らせた。

誰かの胸に抱かれてじっと目を瞑っていたかった。


お昼少し前、ユキのアパートに着いた。


チャイムを押すとユキが戸惑いながらも笑顔で俺を迎え入れてくれた。


「彩斗、いきなりどうしたの?」

「ユキ、いきなりで申し訳ないけれど、今日は俺に付き合ってほしいんだけど…出来ればずっと夜まで…。」


ユキはじっと俯いた俺の顔を見つめた。


「いきなりね…。」

「うん…ごめんね…。」


ゆきはスマホを手に取って『みーちゃん』のママに電話をして今日はとても具合が悪くて休ませてもらうと告げた。

ユキはスマホの通話を切って俺に微笑んだ。


「やれやれ、彩斗のわがままは初めてだからね~!

 まあ、しょうがないわ。

 今日だけだからね。

 どうする?どこかに行く?」


俺は助手席にユキを乗せてどこか気が行くままに車を走らせたかった。

まだ見た事が無い風景をユキと一緒に見たかった。


「ユキ、ありがとう。

 どこか知らない風景が見たいんだよ。

 ドライブに付き合ってくれる?」


ユキが笑顔で俺を見つめた。


「天気も良いからそれはグッドアイディアね!

 私、着替えるから少し待ってね!」


笑顔のユキはいそいそと着替えて数分後には俺のランドクルーザーの助手席に座っていた。


「彩斗、今日はずっと一緒だからね!

 ううん、明日の夕方まで一緒でも良いんだよ~!

 うふふ、わたしを退屈させないでね~!」


ユキが笑顔で朗らかに言った。

その時にほんの微かにユキが今までの人生で寝た相手と俺のセックスを比べているビジョンが見えた。


一瞬息を止めた俺だが、寛容に寛容にと心の中で自分につぶやきながら、さととまりあから教わった呼吸法をしてエンジンを始動した。


俺と付き合う前のユキの人生に口を出す気はさらさらなかった。

それよりもいきなり訪ねて来た俺に一日空けて付き合ってくれるユキの優しさに感謝して甘える事に決めた。









続く



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