はなちゃんの話に俺達はショックを受けた…しかし、実は良い刺激になったのかも知れない。
俺達は言葉少なく、解散して眠る事にした。
翌朝のトレーニング。
明石と圭子さんも参加して汗を流した。
昨日から明石の自分の鍛え方が尋常でなかった。
400年以上戦い続けて今もワイバーン最強の戦闘力を持って、瞬時に的確な作戦を立てて俺達に的確な指示を出せる最高級に見える戦術家でもある明石が必死に自分を苛め、鍛えていた。
トレーニング後の朝食のあと、そろそろ仕上げに掛かっている工事を見ながらも明石は一見椅子に座っているようでもよく見ると椅子の座面と自分の尻の間に空間が見え、膝がプルプルと震えている。
俺は少し心配になって明石に声を掛けた。
「景行、少し自分を苛めすぎじゃないの?
体壊しちゃうよ…あ…。」
明石は俺を見てにやりとしてから脱力して椅子に腰を下ろした。
「彩斗、俺は悪鬼だからな。
心配ご無用だぞ。
なんかな、裁判所でもポールの戦いを見てな、俺は井の中の蛙状態で満足していたのかも知れないと思ってな。
ポールは実は800年生きて来たんだろう?
俺も後400年頑張ればあの境地に達する事が出来るかな?
なんて思ったりしてな。」
明石が煙草に火を点けると煙を吐き出した。
「それにな、何か昨日のはなちゃんの話を聞いてな。
俺なりに何か頑張るとするとこれ位しか思い浮かばなくてな。
…なあ、彩斗。
あの存在、見込みがある者を集めて未来の姿を指し示して『君達が選べるんだよ。』と言ったじゃないか。
あの存在がその後ほったらかしと言う事は無いんじゃないか…つまりさ、俺達全体のこの世界を…。」
「そうね、景行。
私達全体の世界をあの存在がじっと見つめている気がするわ。」
俺達が振り向くと圭子さんが立っていた。
よそ行きの少し改まった服装だった。
「あの存在が私達がこの星をより良い世界になるために助言と言うか助けのような事をして来ていた。
でも、この星の事は私達人類に委ねた。
その結果をどこかからじっと見守っている気がするわよ。」
「圭子さん、俺もそんな気持ちがしてきてたんです。
果たして俺達人類は今のこの地球をあの不思議な存在の眼鏡にかなった世界に出来ているのかな?って不安に思うんです。」
圭子さんが少し悲しそうな顔をした。
「彩斗、今のこの星の状況。
私だったら不合格ね。
全く不合格。
未だに薄汚い私利私欲を大層な言葉で隠して、もっともらしい理屈を並べてお互いに貪り合っているし、この星の他の生物たちを次々と絶滅に追いやっているし、この星を人間さえ住めない環境にしようとしているわ。
有限な地下資源を、後何年持つか判らないけど将来確実に枯渇する地下資源を食いつぶしながらも目の前の利益を追い求めて殺し合いを続けているわ。
地球を限界まで食い荒らしてその先どうなるのか…。
まるで金持ちのバカ息子が親の財産をバカな事に浪費して破産するような感じなのよ。
私だったらこの星を叩き壊して新しく一から始めるかも…。
あの存在が私ほど気が短くない事を祈るだけよ。」
圭子さんの顔を見て俺も全く同じ考えだった。
誰かがこの星を統べるために人類を作って文明と言う物を与えたとしたらこの現状を見て果たしてどう思うだろうか?
「ところで圭子、その格好でどこに出かけるんだい?」
明石が尋ねると圭子さんが今までの会話の暗さを振り切るように笑顔を浮かべた。
「リリーがスコルピオで合唱隊を作るって話があったじゃないのよ。
私なんかじゃ力が足りないかも知れないけど、コーチで呼ばれてるのよ。
帰りが遅くなるかもしれないから、司と忍が帰ってきたら面倒見てあげてね。」
そう言えば戦死したスコルピオの響の為に圭子さん達が歌った時に感動したリリーがそう言っていた事を思い出した。
「少しは、ほんの気休め程度かも知れないけど、この世界が美しくなるように祈りを込めて歌うわ。
その気持ちをスコルピオの皆にも伝えようと思っているわ。
司や忍達の為にもね。
歌が無いと人類は前に進めないし世界を変える事も出来ないのよ。
今私に出来ることはほんの少しでも世界を美しくする事よ。」
明石が笑顔になった。
勿論俺もだ。
圭子さんの言葉に少しだけ未来の希望が見えた気がした。
「圭子、さすがだな!
今はぐちぐち悩むよりも皆がそれぞれ最良と思われることに打ち込む事だ!
流石は俺の嫁さんだ!
惚れ直したぞ!」
「やだ~景行~!
彩斗がいるからここでチュー出来ないじゃないのよ~!
私ルージュも引いちゃったしね~!」
「お邪魔してごめんなさい。
ところで昨日、みち達が歌った歌は素敵でしたよね。
さととまりあも凄く綺麗な声をしていたし。」
俺が言うと圭子さんが弾けるような笑顔になった。
「あら!彩斗!
良い所に気が付いたわね!
落ち着いたら、さととまりあにもスコルピオ合唱隊のコーチを頼もうかしら!
あ!ねえ、さととまりあも私達の結婚式に招待しない?
まだ1か月くらいあるからみちの事が有ったけど、呼んでも失礼じゃないんじゃない?
世間一般だと喪中と言う事も有るかも知れないけれど、あの二人なら、みちだって喜んでくれるかも知れないしね。」
「圭子!ナイスアイディアだな!
どうだ彩斗!」
「そうだね景行、あの2人にも来て欲しいな!
圭子さん!グッドアイディアだよ!」
俺も大賛成だ。
勿論ワイバーンで反対する者などいないだろう。
はなちゃんを取り戻してくれた大恩人なのだから。
「圭子、車まで送るよ。」
明石が立ち上がり、圭子さんと手を繋いでガレージに行き、圭子さんが運転するレガシーが出て行くと口にルージュが付いた明石が戻って来た。
ははぁ、と俺は思ったが気が付かない振りをした。
「ところで四郎はどこに行ったんだろうな朝飯のあとで姿が見えないぞ。」
「そうだね景行、俺も姿を見ていないよ。」
俺はコーヒーのお代りを淹れにキッチンに行った。
勝手口のドアが開いて汗びっしょりの四郎が入って来た。
服は泥だらけでところどころ破れていた。
「四郎!どうしたのそんな格好でさ!」
「やれやれ、見られちまったな。
景行が厳しい鍛錬を始めたからな。
われもうかうかしてられないし、それに昨日のはなちゃんの話を聞いてな、われも自分が出来る限りな、自分の頑張れる分野で頑張ろうと思ってトレーニングをしていたんだ。
ジャグジーを使うぞ。」
四郎が風呂に行きかけて足を止めると俺に振り向いた。
「ちっと気恥ずかしいから皆に言うなよ。」
そう言って風呂に向かう四郎を見て、俺も後で個人トレーニングをしようと思った。
どうやらはなちゃんの話は俺達に良い刺激を与えてのかも知れない。
続く