はなちゃんが見た物をみんなで考えたが…良く判らない…そしてみち達の姿勢に俺達は感服した…月が、新しい姿を見せ始めている。
俺達ははなちゃんの証言をじっくりと考えてみると約束した岩井テレサに見送られて死霊屋敷に帰った。
さととまりあが乗って来た濃いグリーンのジャガーはまだ駐車場にあったが、俺達は暫くそっとしてあげようと言う事になった。
後日改めて感謝とお詫びに練馬を訪ねる事となった。
帰りの車中では誰もが無言で考え込んでしまった。
死霊屋敷に帰ってくると大学から帰って来ていた真鈴とジンコが俺達に質問攻めにしたが、騒ぎの元のはなちゃんが夜に皆が集まってから話す事にしようと言い、真鈴とジンコはじりじりと夜を待った。
トレーニングをして…今回は明石も参加して誰よりも入念に自分の体を苛めていた。
裁判所でのポールの戦い方の凄まじさを見てしまった明石は大いに驚愕したらしい。
俺ももっと頑張ればポールさんのレベルに追いつけるだろうか…とトレーニングで汗を流した明石は呟いた。
俺達は風呂に入り夕食を食べ、『ひだまり』ではなちゃんの事を心配していた喜朗おじや加奈、クラと凛もやって来て暖炉の間に集まった。
今日起こった事を…俺は改めてすべてが今日起こった事に内心驚きながらも状況を説明し、そしてはなちゃんが自分が見た物の事を話した。
はなちゃんの話を聞いてみんなが改めて沈黙した。
やがてジンコが口を開いた。
「はなちゃん、その…不思議な子供のような存在は「君達が選べるんだよ」と言う以外、本当に何も言わなかったの?
口で言わなくとも、例えばテレパシーのような感じで語り掛けたりとか…。」
「うんにゃジンコ、あの存在は何も言わなかったし頭の中に直接言葉を掛けてくることもしなかったじゃの。
ただの…。」
「ただ?」
ジンコの問いにはなちゃんはまた考え込んだ。
そして考えながら答えた。
「ただ、どんな言葉よりも雄弁に語りかけて来たと言うか…あの気持ちの良い海が見える草原の景色が全てを語っていたように思えるじゃの。
そして、あの存在が見ていた窓の外の風景。」
じっくり黙って考えこんでいた真鈴が誰にともなく呟いた。
「それは…荒れ狂う窓の外の風景のような世界か穏やかな海が見える平和極まりない世界かを選べると言う事で…良いのよね?」
俺たちも同意見だった。
喜朗がいささか戸惑った表情で言った。
「でもしかし、その平和な世界を選ぶために何をするかはその…不思議な子供のような存在は何も言わなかったんだろう?
一切具体的な事は…言わなかったと言う事だろう?」
「喜朗おじ、その通りじゃの。
それはわざわざ口で言わなくとも判るだろうと言う感じじゃったじゃの。
それにな…その場にいた子供たちはすべて理解しているような感じじゃったじゃの。
これは恐らく、恐らくじゃが…あの存在の呼びかけに答えた者だけが、何かの資格と言うか条件を満たした者だけが、あそこに…集められたのかも知れんじゃの…わらわはもしかしてその資格無しにあそこに紛れ込んでしまったのかも、無理やりに侵入してしまったのかも知れんじゃの。
あの存在はそれでもわらわを受け入れたのじゃが…子供たちは様々な時代の服を着ていたじゃの気が遠くなるような遠い昔の服から今の時代のような服、そしてもしやこの先の未来のような感じを覚える服装まで、そして世界中の様々な民の服装じゃった。
子供達はその時代その時代の粗末な服装や身分の高そうな豪華な服装までいろいろおったじゃの。」
圭子さんがため息をついた。
「それじゃはなちゃん、その不思議な存在が時空を飛び越えてあらゆる時代からあらゆる国から呼びかけに応じるその…資格みたいな物を持った子供達に…。」
「圭子、そうかも知れんじゃの。」
俺たちはまた混乱した。
「しかし、あの外道はその呼びかけに応じたある意味の有資格者だったと言う事よね?
もし本当にそうならなぜあんな大それた恐ろしい事を仕出かす位に歪んでしまったのよ。」
真鈴が言うとまたみんなは考え込んでしまった。
ジンコがコーヒーを一口飲んでから真鈴に問いに答えようとした。
「真鈴、例えばピカソのゲルニカっていう絵があるじゃない?」
「おお、俺も知っているぞ。
スペイン内乱で民間の町に大々的に空爆したことをピカソが抗議の意味で描いた絵だな?」
「そうよ、ピカソは皆も知ってると思うけど人類史にその名を残すような天才画家よ。
彼が戦争が巻き起こす悲惨な情景を描いた傑作だと思うけどね、だけどもあの絵を見て何を描いたのかよく判らないと言う人もいるし、あの絵の解説を聞いてもね、いや、この絵は虐殺の喜びを描いている者だと言い張る変な人だって少数ながらいるのよ。
ちょっと信じられないけど…あの絵を見て万人が万人、戦争の悲惨さを、民間人に対する攻撃の醜悪さを感じると言う訳でも無いわ。
ピカソはその不思議な存在には遥か及ばない小さい存在だとしても人類の中で言えば凄い部類に入る人間なのよ。
そのピカソでもスペイン内乱をあの絵で終結させることは出来なかったし歪んだ反応をする人間だっているわ…ピカソよりもはるかに次元が高いと思われるその不思議な存在でも限界と言うものが有るんじゃないのかしら?
その平和な世界を実現させるためにはどうするのが良いか?それを理解したとしても中には歪んだ受け止め方をして暴走する人間もいたのかも知れないわね。」
俺ははなちゃんに尋ねた。
「はなちゃん、それは有り得るかも知れないのがはなちゃんが言っていた創始者を名乗った者が子供の頃にあそこにいたと言う事に繋がるかもね。
どこか歪んだ受け止め方をした者もごく少数はいたと…言う事なのかな?」
「彩斗、それは有り得るじゃの。
もう一つ感じたのはの。どうもあの不思議な存在は強制やこまごまとした指示が一切できないのかも知れぬの、いや、何かを強制や命令する事を自ら封印しているのか…。」
四郎がため息をついた。
「やれやれ、それはいささか中途半端じゃないか?
お前達がこういう世界を選べるが具体的に何をするのかはお前達が考えろと言う事か…。」
ジンコがまた考え込んだ。
そして顔を上げて言った。
「でも四郎、それは、自由意思を尊重すると言う事よ。
何かを指し示して、後は各々の自由意思に委ねると言う考えってさ、信仰の根源的な響きを感じるわ。
なにかこう…うまく言えないけれど…この星の事を人類に任せたと言う考えのような気も…。」
俺はジンコが言った自由意思と言う言葉で岩井テレサと同盟を組んだ時の事を思い出した。
私達は自由意思を尊重しますと、彼女はあの時に確かに言った。
そして自由意思を尊重するがゆえに痛い目に遭った事も有ったが数百年間組織を維持出来て来たのだとも。
真鈴が口を尖らせて言う。
「確かに四郎が言うように無責任のように思えるけどね。
でもどうなんだろう?
言葉って結構誤解を生みやすい物よね。
生活の細かい事をああしろこうしろといちいち決めた宗教なんて、正直に言って私は御免だわ。
現に大元が愛を優しさを説いた素敵な教えだった宗教なのに周りの人間が都合よく曲解して色々な問題を起こしているじゃないのよ。」
俺はいま世界で起こっている宗教がらみの悲惨な出来事を思い出した。
みちが会ったと言うナザレのイエスが嘆いた様に人間達が都合よく解釈をして大元の教えを捻じ曲げて世界に亀裂が走っている。
「確かに真鈴が言う通りだよね~!
服装からお箸の上げ下げ迄いちいち文句を言われて厳しく監視されるなんてまっぴらごめんだよ。
たとえ事件が起きなくともそれが平和な世界なんて俺は考えたくないよ。
気色悪い独裁政権と変わらないわ。
それに、今思い出したけど、みちがあの外道に2回目の出会いは不幸だったと、そして『目覚めたものには誘惑をしようとするものが現れる。あなたはそれにそそのかされて…歪められてしまった。』とも言っていたよ。」
ジンコが悲鳴のような声を上げた。
「ええ~!なによそれ!
イエスキリストや釈迦だってさ、悪魔が誘惑に現れるんだよ~!」
明石が腑に落ちた顔になった。
「なるほど、真理に目覚めようとする人間には必ず悪魔が現れて誘惑しようとするな…宗教にはそう言うくだりは付き物だ。
あの創始者が子供の頃にあの場所にいたとすると…歪んだ受け止め方をしたのは創始者で誘惑に負けてそそのかされたのがあの外道だとしたら、あの不思議な存在は悪魔も生み出してしまうと言う事か…たとえその気がなくともな…もしや…イエスや釈迦もその場にいたのかも知れないな…そして誘惑に打ち勝った者が…そしてあの外道は誘惑に負けて思想が歪んだのか…。」
加奈がふ~んと唸った。
「なんかそれ、一つ間違えば迷惑な存在ですぅ~。」
凛が加奈を見て微笑んだ。
「加奈、要するにその不思議な存在って言うのは善も悪も含めた全ての根源みたいな物かも知れないわよ。」
「凛が言う通りかもしれぬじゃの!
確かにあの子供のような物はそういう事全てを超越しているような物を感じたじゃの!」
俺たちはまた考え込んでしまった。
どうにも手に負えるような事では無い。
圭子さんがため息をついた。
「善も悪もすべて私達に委ねると言う事かしら?
指し示すだけの事はして、そこの辿り着く方法は任せると言うような、あなた達が考えて行動しなさいと言うような…なんか話しが判り過ぎるそれこそ神様のようなお母さんみたいね。
私はとてもそう言うレベルには辿り着けないけどね…でも今日、みちはある意味で何も武器を使わずに…限りない慈愛で、その身を犠牲にして解決してくれたのよ…。
これはただ悪い奴を始末すると言う事の次元よりはるかに高い事だと思うのよ。
もっとも私達にはとても真似できない事だと思うけど…。」
はなちゃんが手を上げた。
「圭子が言う通りかも知れぬじゃの!
あの外道の子供殺しの奴は、あの時わらわが気が付く事は出来なかったのじゃが非常に思念が強い者だったと思うのじゃの!
ただ単に始末して終わりとはならなかったかも知れんじゃの。
あ奴が死んだ後、肉体の限界から解き放たれたらもっと強く手強い、日本で言えば荒神、他の国だと悪魔と呼ばれる存在になってもっと酷い災厄を引き起こしていたかも知れぬじゃの。
みちはその体を張って、みちの持つ愛の力であ奴を天に昇らせたじゃの。
もっともわらわ達はその真似などしたら命が幾つあっても足りないじゃの。」
なるほど、はなちゃんの言う通りかもしれない。
限りない慈愛と己の体さえ捧げても良いと言う覚悟があれば、悪鬼討伐のあとの心配も無く、理想的な終わりを迎えられると言う事か…俺達はかなり証拠を集めて慎重に探りを入れて質の悪い悪鬼だと、始末すると決めた時には問答無用で攻撃する。
これは俺達より遥かに強力な悪鬼相手では仕方が無い事だと思う。
残念だけどみち達の様にしていたら今頃全員死んでいるだろう、とても真似できる事では無い。
俺は仕方が無い事でこれからも悪鬼の討伐は続ける事に変わらないが、今日のみち達を見てどうしても乗り越えられない限界を感じて少しだけ寂しい思いがした。
俺達はいつかみち達のレベルになれるのだろうか…。
しかし今はより強くなり、他を犯し無辜な人達の命を奪う悪鬼を武力行使で排除するしか俺達に出来る事は無いのだ。
はなちゃんが手を上げて気になる事を言った。
「そしての、わらわがあの場所がこの星じゃないかも知れぬと思うのが…あの不思議な存在が指し示した月がの…青空に浮かぶ月じゃがの…今まで見た事も無く大きくての…そして月の模様も、今の月と全然違っておったじゃの。」
みちが練馬の屋敷で言った俺達に言葉を思い出した。
人知れず世界をさ迷うナザレのイエスが言った言葉。
あの月の姿が変わる時に再び姿を現すかも知れないと。
定期的に岩井テレサの月観測担当の教授と連絡を取っているジンコによると、月が今まで地球から見えなかった姿が0・3パ-セント、地球から観測されているとの事だった。
月は、徐々に俺達から見えなかった姿を現し始めていた。
続く