敵の士気を挫くには恐怖が最適
外郭陣地正面の戦いは激化していた。奇襲攻撃と斬首戦法によって領邦軍先遣隊を混乱させ、乱戦に持ち込むことで数的不利を覆しているのだが、それでも犠牲者をゼロにすることは出来なかった。どんなに苦心しても、注意を払っても死傷者は必ず出てしまう。
『暁』は優れた医療体制を保持しているし、陣地塹壕には必ず仮説の救護所が設置されて黄昏病院所属の医療員が待機している。
今回は決戦であることもあり、エレノアの弟で幹部であるロメオが待機していた。
「回復薬を惜しむなよ!どんどん使うんだ!ボスの許可は貰ってるからな!」
次々と運び込まれる負傷者を相手を前に、救護所はまさに野戦病院の様相を見せていた。
シャーリィの指示により、交易用の回復薬も大量に備蓄されて無制限の使用が許可されていた。
しかし、それでも限界がある。即死した者はどうにもならず、回復薬が間に合わない程の重傷者も出てしまった。
その事を悔やみながらも、ロメオは指示を飛ばしながら救護活動に専念していく。
「逃げる奴は追うな!向かってくる奴だけを相手にするんだ!」
指揮官であるダルラン筆頭従士を討ち取られ、更に幹部将校達が次々と討ち果たされていき先遣隊の指揮系統は崩壊。
更にエーリカ達は戦いの最中であるが敢えて残忍な方法で敵兵士を殺害し、それによって領邦軍兵士達の恐怖を叩き付けることで士気を、戦意を叩き折った。
これらはシャーリィの指示によるものであり、指揮系統が乱れ、そして恐怖が全体に伝播した瞬間。
「にっ、逃げろーーーっっ!!」
「こんなの聞いてないぞ!」
「なんで平民が歯向かうんだ!?こいつら、貴族が怖くないのか!?」
統制を失い、恐慌状態に陥った軍勢はほぼ例外無く同じ反応を示す。総崩れである。
「撃て!撃てーーーっっ!!」
「追うんじゃねぇぞ!撃ちまくれ!」
「怪我人に手を貸してやれ。死人が増えすぎるとお嬢が悲しむからな」
逃げ出す先遣隊に対して、『暁』部隊はその無防備な背中に銃撃を加えつつ負傷者を回収、陣地へと後退する。尚、多数の領邦軍兵士が負傷したまま戦地に取り残されていたが。
「負傷者は無用です。誰に喧嘩を売ったか、正しく理解させなさい。なにより、大切なものを奪おうとした領邦軍の兵士に手を差しのべる義理もありませんから」
「恨むんなら、シャーリィに喧嘩を撃った自分達のボスを恨むんだな」
予めシャーリィが出していた指示に従い、『暁』は捕虜を取らなかった。弾丸を節約するために、負傷者は全て銃剣や剣によって刺殺された。
この際、彼等の持っていた武器弾薬は可能な限り回収される。もちろん本隊が迫っているので、全てを回収することは出来なかったが。
本隊と先遣隊を分断していた煙幕が晴れた時、戦場には無数の死体が取り残されていた。中には敢えて残忍な状態にした死体もあり、兵士達の士気を下げる。
ただ、領邦軍にとって悪いことばかりではない。彼等を悩ませていた砲撃が止んだのだ。
「後方より入電!ライデン砲に異常発生!以後の砲撃は困難!」
電信員の報告を聞いて、シャーリィは飲んでいた紅茶の入ったティーカップを机の上に置く。
「やはり突貫工事の弊害が出ましたか」
「まあ、ライデン会長が保証した回数以上に撃てたんだから上出来じゃない?」
ライデン砲は急拵えの突貫工事で作られた急造品である。品質は劣悪で、信頼性はほぼ皆無。ライデン会長も途中で使えなくなると話していたが、カナリアの言うように当初の予定より多くの砲弾を領邦軍へ叩き込めた。
「ええ、十分な働きをしてくれました」
「お嬢様、敵本隊が前進。後退した敵先遣隊を吸収しながら陣地正面へ向かって参りますな」
「ここで迂回されたら面倒でしたが、馬鹿正直に真正面からの攻撃に固執してくれましたね」
「頭に血が登っているんだわ。予想外の展開、血生臭い戦場の空気が冷静な判断力を奪う。見事よ、シャーリィ」
「お母様に誉めていただけるとは光栄ですね。作戦を次の段階へ進めましょうか」
シャーリィはただちに次の作戦指示を下命。電信と伝令によって速やかに全軍へ通達された。
一方敗走した先遣隊の生存者を回収した領邦軍本隊は砲撃が止んだのを見て、作戦会議を開いていた。敵前で悠長なものであるが、まだまだ三千人弱の兵力を有している故の余裕であった。だが、実態は違った。
「ダルランが死んだ!?小間使の身から取り立ててやったと言うのに、あの役立たずめが!」
ハークネス伯爵の怒号が響き渡る。一千人の先遣隊は大敗し、指揮官であるダルラン筆頭従士をはじめとした将校の大半が戦死。
半数以上の兵士は無事であったが、敗走する際に武器を捨てた者が大半である。
更に言えば、『暁』の残忍な仕打ちと平民に反撃されたショックもありほとんどの兵士が戦えるような精神状態ではなかった。兵力の回復を果たせたわけではなく、逆に重荷として本隊の足を引っ張る事となったのだ。
「伯爵閣下、敵は小勢故に小癪な手を使っております。所詮は下賎な民兵による小賢しい戦法に他なりませぬ。
ここは奴等の術中に付き合うのではなく、兵力を分散して多方面より波状攻撃を仕掛け、一気に陣を突破することが肝要かと」
領邦軍所属にしては戦慣れした士官による提案が出された。軍議に参加している数名が耳を傾けたが。
「黙れ!男爵風情が小癪な献策をしおって!ワシの軍略にケチを付ける気か!」
献策した士官が男爵位であること、この献策を受け入れたら自分の作戦を否定することになる。自分の失敗を認めることとなると判断したハークネス伯爵は怒鳴り返した。
「滅相もありません!今重要なのは、敵に打ち勝つことである!このまま正面から攻撃しては、徒に兵力を失うだけです!」
「黙れ黙れ黙れーーーっっ!!貴様、ワシの失策を利用して昇進する腹積もりであろうが、そうはいかんぞ!貴様が公爵閣下と密議をしていたのを知らぬと思うてか!」
「何のお話を……!?」
だが、彼の言葉は続かなかった。ハークネス伯爵がサーベルを抜き放ち、そのまま斬り捨てたからだ。会議に参加していた貴族達は顔を強ばらせる。
「こちらが温情を与えていればイイ気になりおって!突撃だ!小賢しい下民共を真正面から踏み潰してやるのだ!良いな!」
献策した男爵については戦慣れていることから『暁』も警戒しており、マナミア率いる工作班による謀略でハークネス伯爵を陥れる算段を立てているとの偽情報を掴ませていたのだ。結果、頭に血が登っているハークネス伯爵は自らの手で勝利の道筋を消すこととなる。
ハークネス伯爵の逆鱗に触れることを恐れた門閥貴族達は直ぐ様命令に従い、真正面からの総攻撃を開始。全てはシャーリィの目論み通りとなったのである。




