南部閥に不穏あり
『暁』が損害の補填や更なる戦力強化と技術革新に邁進している最中、抗争相手である『帝工グループ』の動きは非常に鈍いものであった。
下部組織であり汚れ仕事全般を実行していた掃除屋を失ったとしても相応の戦力は残されているし、何より八番街の工業力をフルに発揮すれば戦力の再編と更なる強化により『暁』を圧倒するのは容易いのである。
にもかかわらず、何故彼らは動かないのか。
「何故出荷予定の兵器を回さねばならないのだ?契約分を納品せねば、違約金を支払う羽目になってしまう。それは損失だ」
「所詮は最近頭角を現したばかりの新参者だ。それに奴等には八番街へ攻め込むことは出来ない」
「掃除屋の無能共の尻拭いを、何故我々がしなければならないのだ?」
『帝工グループ』の幹部達は事態を楽観視しており、かつ『暁』を過小評価していた。
確かに『暁』は『ライデン社』を取り込んで近代化を推し進めているようだが、『ライデン社』の技術は『帝工グループ』にもあるのだ。何より、彼らの大半は抗争に関心を払わない。
万が一『帝工グループ』が破れたとしても、それは工業王ブラッドマンの敗北であり自分達の立場は揺るがないと信じているのだ。
何故ならば、自分達抜きでは八番街を運営できないと確信している故である。
「八番街を制圧した際は、全ての運営をマーガレットさんに委ねます。私達には運用ノウハウがありません。
ならば、知識や技術を有する方に運営を委ねるのが最善策です」
だが彼らの思惑とはまるで違い、シャーリィは最初から八番街の現支配者層を一掃して運用を『ライデン社』に委ねることを決しているのだ。
突然丸投げされたマーガレットは頭痛を覚えたが、同時に帝都を中心とした各地の事業所の解体や撤退によって人員には充分すぎる程の余裕があり、しかも一時的に地位を失ってしまった優秀な役職者達の新たな配属先として八番街は魅力的だった。
「八番街を任せて貰えるのは嬉しいが、可能であるのか?」
「問題ありませんわ、お父様。旧態依然とした今の経営陣は邪魔になりますし、役職を失ってしまった社員達の配置先になりますわ。それに、人員も溢れていますからね」
『帝工グループ』に残された社員達の所在や救助については『暁』に任せている。
それに万が一失敗したとしても、各地から呼び寄せた社員達によってとんでもない数の余剰人員を抱えているのが実情である。
今はシャーリィの計らいでこれらの人員の衣食住を『暁』が用意してくれているが、いつまでも養って貰うのは『ライデン社』としての沽券に関わるし、マーガレット個人としてもこれ以上シャーリィに借りを作ってしまっては後が怖いと考えている。
「ふむ、八番街を手に入れたら先ずは工作機械のテコ入れと人員の再配置か。工員はどうするね?」
「その辺りはシャーリィさんと相談しますわ。工作員になる危険性がありますから。とは言え、ある程度はそのまま雇用するつもりです。もちろん、手当てを倍にしてね」
「羽振りの良さを見せ付ければ、大抵の人間は大人しくなるものであるな」
着々と準備を進めている『暁』。『帝工グループ』の動きは非常に緩やかではあるが、工業王個人は次なる手を打ち出していた。
「なんだと!?荷馬車が襲われて積み荷を奪われただと!?ふざけるな!あの絵と薬を揃えるのにどれだけの金が……いや、あの絵が無いと門閥貴族の奴等を言いなりに出来ないじゃないか!」
『帝工グループ』本社で怒号をあげたのは、ワイアット公爵家の跡取りであるザルカである。彼は門閥貴族の令嬢達と密かに相瀬を交わし、そして裸婦画を画かせて親である男爵や子爵を脅して金品をせびり、豪遊しているのだ。
その一部が偶然にも『暁』の襲撃を受けて奪われたのである。
「盗んだ犯人の目星はついておりますが、残念ながら我々に余力は無いのです」
ブラッドマンは残念そうに語るが、その目は野心で満ちていた。これまで散々配慮してきたのだ。そろそろ目の前の世間知らずな坊っちゃんを使う時が来た。
「その犯人は誰だ!?」
そんなブラッドマンの思惑に気付くこともなく声を荒げる彼を見て、ブラッドマンは内心ほくそ笑む。
「『暁』と名乗るゴロツキ共でございます。奴等は新参者でありながら生意気にも黄昏なる街を作り上げ、立て籠っております」
「新しい街を作るには、公爵家の許可が必要なはずだ!そんな話は聞いてないぞ!」
「ええ、どうやら領主であるガウェイン辺境伯を懐柔しているのだとか」
「あの生意気なガウェイン辺境伯か!身分も弁えず、ワイアット公爵家に楯突く奴じゃないか!そいつが賄賂を貰っているんだろ!貴族の風上にも置けない俗物が!」
完全に自分の事を棚にあげた発言だが、彼自身に自覚はない。ブラッドマンは『暁』と何かと邪魔なガウェイン辺境伯の対処を押し付けるべく、更に言葉を続ける。
「左様でございます。どうかザルカ様のお力で南部に正しき秩序を取り戻して頂きたく、伏してお願い申し上げます」
「言われるまでもないわ!南部はいずれ俺の土地になるんだ!俺の土地で勝手な真似を許すつもりもない!」
「流石はザルカ様、ご英断でございます。少ないですが、こちらをお納めします。賊の討伐にお役立て下されば幸いでございます」
「うむ、任せておけ」
金貨の詰まった小袋を受け取ったザルカはそのまま意気揚々と領内へ戻り、直ぐ様父を動かして自分の伝を使い『暁』討伐のための準備を急ピッチで開始した。
ブラッドマンから貰った資金の大半は豪遊費に消えたが、一部を門閥貴族達にばらまいた。
彼は一人で好き勝手にやっているわけではない。南部閥に属する他の貴族の子息と徒党を組んでいることもあり、準備そのものは一週間足らずで済ませてしまった。彼の声に応じた子息達が親を動かし、幾つかの下級貴族が討伐に参加する。そして最大の成果は、南部閥の有力貴族ハークネス伯爵家を動かすことに成功したことである。
直ちにハークネス伯爵家を中心に領邦軍を集めて、暁討伐部隊を編成するに至る。だが、密かに行うのではなく大々的に公表したことで暁は直ぐ様この動きを察知した。
「ハークネス伯爵家と言えば、南部でも有数の有力貴族。動員兵力は多いと想定されます。しかし、これを打ち破れば南部閥は大きく揺れるでしょう。ガウェイン辺境伯に連絡を。討伐軍はこちらで対処するので、事後の活躍に期待していると」
「御意のままに、お嬢様」
ガズウット元男爵に続き、二度目となる貴族との武力衝突に向けて備えを急ぐシャーリィ。彼女にとって相手が伯爵だろうが敵であるならば殲滅する対象となる。ただ、それだけだ。




