通信技術の革命
皆さんごきげんよう、レイミ=アーキハクトです。黄昏攻防戦からしばらく時間が過ぎた頃、お姉さまは新たな策略を張り巡らせていて私も『オータムリゾート』の幹部としてリースさんのお手伝いをしながら日々を過ごしていました。
そんなある日、お姉さまと共有している水晶を使った呼び出しを受けました。
お姉さまからの呼び出しならば喜んで行くのですが、呼び出した相手はハヤト=ライデン会長でした。なにか用件があるみたいですね。
リースさんに断りを入れてすぐに黄昏へ赴き、先ずはお姉さまに挨拶をして工業地帯にある研究所へ足を運びました。
ハヤト=ライデン会長の根城とも言える場所であり、常に十数名の兵士達による警備が実施されています。
黄昏有数のセキュリティレベルを誇る場所ですが、相変わらず私だけは素通りできます。幹部達ですら厳重なチェックを受けているみたいですが……まあ、私を含めて皆さん慣れたものです。ちょっと気恥ずかしくもありますが。
「レイミ嬢、わざわざ呼び立てて済まないのである」
研究所内部でライデン会長が迎えてくれました。ここに応接室なんて気の利いた場所はありません。作業場があるだけですから、何とも味気ない。
「急な呼び出しに驚きましたよ。これで大した用件じゃなかったら酷いですよ」
「ふっ、決して無駄にはならないと確信しているのである。早速こちらを見てくれたまえ」
ライデン会長に促されて作業台の上に乗せられている物へ目を向けると、そこにあったのは……。
「これは……モールス信号のキー……まさか!」
「うむ!遂に我々は無線通信技術の確立に成功したのである!」
「凄いじゃないですか!それもこんなに短期間で!」
私がライデン会長に開発を促してまだ一年程度のはずですが……おや、立派なカイゼル髭を撫でながら困ったような顔をしていますね。
「いやぁ……実のところ、無線技術そのものは十年くらい前から基礎研究を始めていたのだよ。偉大な先人達が理論を作り上げてくれているから、後はそれに従って模範すれば簡単なのだがね。
その、優先順位を低くしていて研究が進んでいなかったのである」
「全くあなたは。近代文明に通信技術の革新は必須でしょうに」
「面目次第もないのである」
彼は実用性等より、自身の趣味を優先して技術革新を推し進めてきましたからね。帝国の歪な技術体系はその弊害と言えるでしょう。
「まあ良いです。これで通信手段に革命を起こせます。実用性は?」
「充分である。なにより帝国は日本と違って国土の大半が平地であり、山岳地帯は僅かなものである」
「遮蔽物が少ないから、電波の通りも良さそうですね」
「その通りである。後は中継点となる電波塔の数を増やせば、より広範囲に通信を正確に飛ばせる」
「既に幾つか建設しているのですか?」
「先ずはシャーリィ嬢に頼んで、大樹の頂上に設置させて貰った。いやはや、生きた心地がしなかったのである」
「それは……頑張りましたね」
シンボルでもある大樹は百メートルを越える高さを有します。帝国でもこれに勝る高さを持つ建造物はまだ存在していません。
「さて、今回君を招待した理由なのだが」
「これをお姉さまに売り込むから口利きをしろと言いたいのですね?」
「乱暴な言い方であるな、これは依頼である」
ふむ。
「お姉さまならば無線連絡の有用性を正しく認識されると思いますよ?わざわざ私が口利きをするまでもありません」
モールス信号なので専用の電信員の教育など課題は幾つもありますが、それでも現行の伝書鳩や走馬より遥かに早く情報のやり取りが可能になります。
当分の間、傍受などを心配する必要もありませんし。
「確かにシャーリィ嬢ならば理解してくれると確信しているが、やはり万全を期したい。ついでに言えば、電信網確立に『オータムリゾート』を巻き込みたいと言う下心もあるのだ」
「先ずはシェルドハーフェンで実証実験ですか。理解は出来ますが……まあ、不利益はありません。電信員の育成などのアフターサービスも考えているのですか?」
「抜かりはない。既に我が社の社員として二十名の育成を終えているからね、いつでも配置可能だ」
ふむ、抜かりはありませんね。ただ、人員を含めた運用面を完全に『ライデン社』が保持するのは少々危険ですね。
「もちろん技術面の支援も確約するのでしょうね?」
私もモールス信号は分かりますが、機材は分かりません。
「無論である。それに、技術面はあまり問題視していない。彼らはモールス信号を正しく理解しているのだから」
お姉さまが『帝国の未来』を読んで普及させたモールス信号は、主に猟兵の皆さんが鳥笛を使って伝達手段として利用しています。
もちろん多少の簡略化や独自の変化はあるでしょうが、それでも完全な素人が扱うよりは習熟も早いはず。
「分かりました。善は急げと言いますし、早速お願いしてみましょう」
私達はそのまま領主の館へ向かいました。広大な黄昏ですが、町の中を大型の馬車が巡回しているので移動が楽です。
前世で言う市内巡回バスのようなもので、黄昏の町がどんどん大きくなっていく過程でお姉さまに進言して採用されたシステムです。馬車の利用は無料で、これらの馬車は暁が運営管理しています。
当然赤字になりますが、それを上回る恩恵があります。ルートを自由に設定できるので、人の流れや土地の値段をある程度コントロール出来るのです。お姉さまはこの利点を正しく認識されましたし、それより先にマーサさんが飛び付きましたね。
領主の館へ着いた私達は、直ぐにセレスティンに案内されて執務室でお姉さまとお会いできました。
ライデン会長は少し緊張しながらも無線通信システムについて説明し、私も有用性を説明しました。
「採用します。必要な土地、資材、資金を融通しますので速やかな普及を実現してください」
「無論である!」
やはり理解された。良かった。ただ、お姉さまは更に一歩踏み込みました。
「ライデン会長、その無線についてですが小型化は可能ですか?最終的には個人が携帯できるサイズを目指していただきたいですが、先ずは車両に搭載できるレベルにまで小型化出来れば戦術の幅が広がります」
……さらりと近代戦の大前提である無線通信システム構想を練っていますね、流石はお姉さま。
「既に小型化の研究も進めている。今少し時間をもらえれば、モールス信号だけでなく直接言葉を交わせるようになる」
「それを聞けて安心しました。セレスティン」
「はっ、こちらを」
いつの間にか現れたセレスティンが金貨の詰まった小袋を、ライデン会長へ手渡しました。
「星金貨三枚分あります。それで足りますか?」
「金貨三百枚であるか!?充分である!必ずや期待に応えよう!」
日本円で三億円。現代日本と比べて経済規模や物価が遥かに低い帝国では、恐ろしい大金となります。未知の技術にここまで投資できる。相変わらずお姉さまは規格外ですね。




